第33話「言葉? いえこれは……寒気、でしょうか」
ようこそいらっしゃいました。
心霊と璃月は何冊か読み続け、精霊リィンリィンの舞台は深夜0時まで続いた。
深夜二時。
心霊はゆっくりとソファから体を起こした。トイレではない。この時間帯に子供たちは訪れないだろうと思ったからだ。精霊たちも今は静かに眠りについている。調べるなら今だ。
音が鳴らないようにドアを開けて、外へ。
そこで見た光景は――
「これは……」
見えたのは、小さな角を生やしたリスに似た生き物の大群。どれも右の黒い目を図書館に向けている。左の目には――いや目があるはずのところには、真っ赤な花が咲いていた。
心霊が近づいてみると動物たちは後ずさりして近づこうとしない。
新種発見。それだけなら大喜びしたところだがそうはなれなかった。なぜならこの動物たちが澱んだ気配を放っていたから。
「バグチップ……リスにまで影響が」
少し大きな石を持って、投げた。動物たちは一斉に逃げ出してしまった。だがこれで良い。
「良し、そのままねぐらまで案内してくださいな」
動物たちを追って森に入った心霊はそれを見つけた。
動物たちの左目に咲く花にとても良く似た花の群生を。夜の光を受けて妖しく、奇妙に、神秘にほのかに輝く花たちだ。
彼らはそこに溜まった蜜を舐めていた。
「バグを起こした花の蜜を介してバグチップとなったのですね」
人を襲う様子はないが良く見てみると動物の骨がある。リス――ではない。鳥と、中型の生物の骨か。
「なるほど……」
花粉を吸い込まないように鼻を押さえる心霊。蜜からだけではなく花粉も危ういと思ったからだ。
その上で花に触れてみる。
「毒、ではないようですね。
ではこの骨たちは……誰かに殺された?」
まさかバグチップとなったリスたちによって食べられたのだろうか?
いや、それはないか。
動物たちは遊びで動物は殺さない。
する生物がいるとするなら――人間だ。
「璃月くん」
「うはっ」
森の木の影から妙な声がした。
「あ、やっぱりいらっしゃいましたか」
恐る恐る顔を出して、苦笑いを浮かべる璃月。
「気づかれていましたか」
「私が図書館を出る際に身じろぎされましたから起こしてしまったんじゃないかって。
ごめんなさいね」
「構いませんよ。むしろ出かけるなら誘って欲しかったです」
「……ひょっとしてちょっぴり怒っていたりします?」
なんとなく、棘があるような。
「ハイ。夜に一人で出歩いてはいけません。特にこう言う場所の時は」
「……ですね、ごめんなさい」
改めて、謝罪を一つ。
申し訳なさと一緒に心配してくれていたことに嬉しさもあった。だから。
「ありがとうございます」
「?
なにがですか?」
「いえいえこちらのお話ですので。
ところで璃月くん、この骨になってしまった子たちのお墓を作るの、手伝っていただけますか?」
「骨……え、全部?」
「全部」
五十匹くらいいそうだ。骨だけになかなか骨の折れる作業になりそうだが、しかし良いかと思う。
心霊がこう言う優しさを持つ女性であることは承知の上で恋したのだから。
もしかしたら人によっては「めんどくさい」と感じてしまうかもだが、それすらも楽しいと思う。
「……これが恋か」
「え?」
「いえ、こちらの話です」
「?」
「さ、墓を作りましょう」
「ふぅ、この子で最後です、璃月くん」
スコップがあるわけでもないから落ちていた手近な木の枝を拾って地道に土を掘っては埋めるといった作業を繰り返した。
手首はもうくたくたに疲れている。土で汚れてもいる。
けれどなんとか最後の骨まで埋め終えて、一つ一つに小さな花を添えていく。
例の花ではなくもっとずっと小さな黄色い花だ。
「これでうかばれますかね?」
「どうでしょう。私たちの自己満足で終わるかもですが、良いんじゃないですか? こう言うのも」
「……ですね」
二人が墓を掘っている間、ずっとリスたちは二人を見続けていた。
なにをしているのだろうこの人間たちは?
と言う顔で。
「心霊さん、このリスたちは……バグチップですよね?」
「ハイ。
花にリスに本。
ひょっとしたら、いえ高い確率でここ周辺の生物・無生物の多くが影響を受けています。
よっぽど大元のバグチップが強力なのでしょう」
とすると。
「この子たちをデリートしてもまた生まれるだけ。
根っこにいるバグチップを先になんとかします。
とは言えこれ以上の寝不足はお肌の大敵。戻って寝ましょうか」
『おかえりおかえり』
「おや」
図書館に戻ってみると、深夜だと言うのに起きた精霊リィンリィンが元気良く出迎えてくれた。
心霊は独り暮らしだ。だから「おかえり」と言われる体験が最近はとんとなく。
「……ふ」
心霊の唇が綻ぶ。いや顔全体に子供のような笑みが広がった。
精霊たちが清い理由が分かった。精霊たちの性格にあてられた子供たちはハッピーになったのだろう。
その影響を受けて精霊たちは浄化されたのだ。
「心霊さん?」
「素晴らしいですね、世界と言うモノは」
◇
翌朝、八時。
「う……ん」
窓から差し込む朝日を浴びて心霊は目を覚ました。
「……璃月くん?」
――は、もう起きているようだ。彼が眠っていたはずのソファは空だった。
耳を澄ませると「いっちに、さんし」と言う声が聞こえてくる。
心霊は起き上がるとまず乱れていた服を整えて顔を洗い髪を直し、外に出た。
「璃月くん、おはようございます」
「あ、心霊さん。おはようございます」
体操をしていた璃月が振り返り、挨拶を返す。
「朝から精が出ますね」
「本当は少しランニングでもしたいんですけど、ここだと迷う可能性があるので」
「立派な心掛けですね。
私はボンヤリしていたいです」
「でも心霊さん、バイトに遅刻したことはないんですよね」
「明確にやる事柄がある場合はちゃんとしますよ」
えっへんと胸をはる。
その様子がおかしかったのか璃月に笑われてしまった。
「ああいえ、可愛かったので」
「……朝からからかわないでください」
思わず璃月に対し背を向けて顔を隠す。きっと赤くなっているだろうから。
その様子もますます可愛い。
からかうのが璃月の癖になりそうだ。
「癖にしたらぶっ叩きますよ?」
「ご、ごめんなさい」
本気で怒られてしまった。
「……はぁ、食事にしましょ。
持ってきた材料がもつのは数日。それまでに解決出来なければ一度街に戻らな――」
痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの
痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの
痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いのもう全部わたしを奪い尽くせば良いのに!
「「――⁉」」
怖気。冷気。狂気。
色々な負の感情を織り交ぜたような感情が突如二人を襲ってきた。
「なんだ⁉」
「言葉? いえこれは……寒気、でしょうか」
それも感じた経験のない寒気だ。
首筋はもちろん背筋にも走る圧倒的ななにか。
恐ろしい、怖い。
心臓――いや、心を直接犯されるような。
「……璃月くん、動けますか?」
自分の体を大切そうに抱きしめる、心霊。
「動けは、しますが……」
「近づくのはイヤ、ですか」
「……ハイ」
「私もです。ですが……」
これは間違いなくバグチップの叫び。
それでなくとも見過ごせない叫び、誰かのSOSに思う。
「方角は恐らくここよりさらに西。
行かなければ。誰かが助けを必要としています」
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