第32話『ようこそようこそ』
いらっしゃいませ。
「う~ん、廃村ってちょっと怖いですねぇ」
二十分ほど歩いて辿り着いた村はいわゆる田舎の村で、大半の面積を田畑が埋めていた。トマトやキュウリが生っていたがどれも手入れをされておらずもはや質は悪く。
件の図書館は村の中心にある小学校と併設されているらしい。校舎はもう見えている。となると、あのとんがり帽子の屋根がその図書館なのだろう。
「貴重な図書があったら持って帰りましょう。私、本好きです」
「良いんですか?」
勝手に持ち出すことになるが。
「置いていかれているのです。捨てたのでしょう」
「あ、捨てられたモノ拾っても良いですもんね」
「ですです。再利用再利用」
そうして話している内に図書館に着いた。妖精の家を想像して作られたのか全て木材で出来ていて屋根を除きその形は丸かった。凝った作りだ。子供たちがここを秘密基地にする理由もなんとなく分かる。
「心霊さん、オレが先に」
「ハイ」
三段ある階段を昇る璃月。ドアノブに手をかけ、ゆっくりと開けた。蝶番が悲鳴を上げて開いたドアの向こうから古い紙の臭いが漂ってくる。
注意深く中を確認する。三階建ての校舎と同じくらいの高さがあったから三階あるのかと思っていたが中は空洞で、壁にびっしりと本棚があった。本も結構な数が残っている。人の気配はなし。
「大丈夫です心霊さん」
中から顔を出して手招き。心霊はそれを見て階段を昇って中へインする。だが入って一歩、そこでふと足を止めた。
『ようこそようこそ』
「「――⁉」」
そんな声が聞こえてきたからだ。
「心霊さん」
「ええ。
ドコのどなたでしょう?」
『ぼくらはリィンリィン。本の精霊。この図書館の司書』
少年のようにも少女のようにも聴こえる声。それが図書館全体から聴こえてくるではないか。
「姿を見せてくださいますか?」
『良いよー』
その言葉を合図に壁の棚に置かれていた本が独りでに浮いた。
ビクッと体を揺らす心霊と璃月の前で、本たちは勝手に開いてゆく。
『こんにちはー』
その本の上に、左目に真っ赤な花を咲かせる薄い緑色の服を着た小人がちょこんと乗っている。彼らの数凡そ百。つまり百冊だ。
「心霊さん……視えています?」
「もちろん。だからちょっと頬をつねらせてください」
「痛い! 夢じゃない!」
『くすくす、クスクス』
笑われてしまった。
心霊は苦笑しつつ改めて彼らを見る。
どの精霊からも白い光が放たれていて、澱んだ色はなかった。
と言うか……可愛い。
なにこの生物、触りたい。そんな衝動を心霊は堪えて平静を装う。
「貴方がたは子供たちになにをしているのでしょう?」
『ここに残された図書は「不幸な結末」を迎えた物語ばかり。
子供たちは読み終わると泣いちゃって……。
だからぼくたちは登場人物の仮装をして物語の「最後から」演じてストーリーをハッピーエンドで終わらせるのさ』
なるほど。あまり良くない話だ。
心霊の感覚では子供に読ませる本には喜怒哀楽があっても良いと思うのだ。実体験をもって成長してくれるのが一番だが、本からだって色々学べるモノがあるはずだから。
まあ、どんな感情を学ぼうと読み終わった後「この本に出会えて良かった」と笑顔で思ってもらえるのが最良だろうけれど。
「……ま、今は良いでしょう。論争する気はありませんし。
えっと、貴方がたの姿は大人には見えないのでしょうか?」
『そうでもないよ。夢を持つ人には見えるかな』
心霊と璃月は大人と子供の中間だ。いま彼らが見えるのはかろうじて子供だからだろうか? それとも夢を持っているからだろうか?
「では、キミたちって悪さはしないんだね?」
『しないしない。信じて信じて』
心霊が感じる精霊の気配に変化はない。本当に悪意はない。
「う~ん。まいりましたね。ビビレンツァさんにどう報告したら良いものか」
「バグ……ではないんですか?」
「いえ、百パーセントバグです」
「ええ?」
「しかし……」
こんな形のバグは初めてだ。
「人が人に影響を及ぼすのは分かっています。
そもそもそうやってバグは発生するのですから。
ですが、本がバグを起こすなんて……」
考えられる可能性としては、バグの範囲が広がっているのか?
人から人へではなく人から人が生み出したモノへ。
そうなってくると――
「私の手に負えるでしょうか……」
不安になってくる。
「心霊さん」
「ん?」
璃月が優しく心霊の手に触れた。いや、指に。
恥ずかしいのか遠慮しているのか、小指に小指が絡む程度の触れ方だ。
「独りでなんとかしようとしないでください」
「……そうですね」
今は二人いるのだから。
心霊の表情が思わず緩む。和んだと言うべきか?
璃月の温度が僅かながらに伝わってくる、それだけで安心してしまったことに心霊は自分で驚き、心を落ち着けるのに成功したのだ。
「まずは、澱んだ音の根っこを見つけましょう。
リィンリィンさん」
『なぁに?』
「貴方がた、誰かと会っていたりしますか?」
『子供たちと』
「あ、そうでした」
聞き方がまずかったか。
ではどう聞くのが正解だろう?
怪しい人はいなかったか? いや、精霊たちが一番怪しい。
誰かになにかを吹き込まれたか? いや、心霊たちが一番怪しい。
「……ご自分がバグだとは認識していますか?」
『してるよぉ』
「おや、していましたか」
しかしこの精霊、リィンリィンたちを撃ってもしかたないだろう。本たちに影響を与えているなにかを見つけなければ今後も増えていくだけだろうから。
「心霊さん、すぐに答えを出す必要はないと思います。
ビビレンツァさんはしばらく子供たちを近づけないとおっしゃっていましたし、誰かが接触して来るのを待つって言う手も」
「……ですね。数日の滞在は覚悟の上で来ていますし、ゆっくりいきますか」
「あ、オレこの辺回って寝られるとこないか見てきます」
「いえ、ここで寝ましょう」
ゆったりと本を読んでもらうためだろう、いくつかあるソファの一つを指さしながら。
「ここでですか?」
「幸いソファにはホコリ除けのカバーがかけられています。取れば横にくらいはなれるでしょう。
リィンリィンさん、良いでしょうか?」
『良いよ良いよ、大歓迎~』
「――だそうですし」
「分かりました」
ここで寝るのには理由がある。澱んだなにかがこの村にあるのなら少しでも清い気配を持つリィンリィンの傍にいる方が良いと思ったのだ。子供たちが無事なのもこの図書館のおかげかもしれない。
心霊と璃月は図書館内を調べて人間の司書用だろう小さな台所とトイレ、簡易シャワーがまだ動くことを確認した。なぜ水やガスが止められていないのかは分からなかったからビビレンツァに電話して聞いてみた。
『子供たちが遊びに行くので再開してもらったのです』
と言うことらしい。
心霊は本棚から一冊本を抜き出し、ソファに腰を下ろす。
ここに残されている本は全て不幸な結末を迎えたモノばかりだと言う。きっと必要ないと残されたのだろう。本たちにとっては可哀想な話だ。
「さて、ではこの物語をハッピーエンドに変えてもらえるでしょうか?」
『良いよー』
先ほど思った内容に加え、内心、バッドエンドにも作者はなにかしらのメッセージを残しているだろうとは思うのだけれど、一度二度子供たちと同じ経験をしてみようと思った。
第32話、お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。