第30話「ご一緒していただけますか?」
いらっしゃいませ。
「今度の仕事、キミ好みじゃないかな」
ビビレンツァの来訪を終え――ほぼ無理やりホテルに帰した――、千秋は心霊の表情を覗き込む。
「心霊は童話が好きな子だから。
良く読み聞かせてあげたものだ」
懐かしさに目を細める。うんと優しい光をたたえて。
「そうですねぇ。
バグであれなんであれ、精霊と表現されるにはそれなりの容姿を持っていないとですから、楽しみではあります」
「そっか。無理はしないようにね」
「あら? お兄さんは行かれないのですか?」
「おれは【水鞠装置】を引退した身だよ。
出来得る限りの援助はしたいが、バグチップであるおれが動くと『外』に察知されて消される心配もある。
大っぴらには活動出来ないんだ。
ごめんね」
「そうですか」
残念そうに。頭に耳があったならきっとたれてしまっただろう。
「代わりに璃月を連れていくと良い」
「え、確かに守ってくれるとは思いますが……璃月くんも男の子ですよ? そして私は女の子ですよ?」
兄が男の子との旅行を許可しちゃうんですか、と頭を傾ける。
「なあに、そうなったらなったで面白い――じゃなかった。
妹に恋愛面でも幸せになってもらいたいのさ」
「いま本音が聞こえた気がしますが。
まあ、そうですね。
璃月くん……夏休みとは言え来ていただけるでしょうか」
「来るさ。
璃月は心底心霊に惚れているからね」
かぁ、と頬が熱くなった。
心霊は璃月の想いを知っている。だが、改めて言われると照れてしまうようだ。
そんな妹を見て千秋はちょっとだけ複雑な気持ちになりながら、それでも本当に思っている。
――心霊に良い縁が来ますように――
と。
「さ、今日はもう遅い。
家まで送ろう」
「小さな司書の精霊図書館」
「ハイ。
そう地元では呼ばれているようです。
でですね、ご一緒に来ます――」
「?」
翌日の『よすが』にて璃月に事情を話し一緒に来るかどうか判断してもらおうとしたのだが、言葉途中で心霊が止まった。
璃月としては食い気味になってでも「行きます!」と言いたかった。が、途中で止まったと言うことは悩んでいるのだろうか? 事実顎に人差し指を一本あてて思案中のようだし。
「いけませんね、ちょっと言い方を変えます。
ご一緒していただけますか?」
「当然です!」
優し気に目を細められて誘われた。
これを断る男がいるか。
「あ、でもちゃんと相談しなきゃですね。
オレ、じいちゃんに旅行に行ってきて良いか聞いてきます。
今は更衣室かな」
「私も行きますよ。
ああ、璃月くんはご両親にもお伝えしないと」
「ですね」
「良いだろう。
どうせどこかで一週間、盆休みを取る予定だったしな。
お前たちの旅行に合わせよう」
「オールドワイズマンさんの件があって間もないのにすみません。
あと、ありがとうございます」
「ありがとじいちゃん」
心霊は思う。
薫風は優しい。優しすぎる。
でも良いのだろうか、優しさに甘えていて。
だって、私は……彼女を――
この暮らしがずっと続けと思う反面、いつかは話さないととも思っている。
例え薫風と、そして璃月と疎遠になるとしても、いつかは。
第30話、お読みいただきありがとうございます。
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