第29話「『外』から来た女です」
ようこそいらっしゃいました。
「ええ。
まずはあたし自身のことをお伝えします。
あたしは【水鞠装置】をお助けする【飛梅衛星】。
『外』から来た女です」
目を細め、優しさに満ちた瞳になる。
暗さなど微塵も感じさせず大きな包容力を持つ目だ。
込められている思いは一つ――影ながらずっとお二人を見守っておりました。
自己紹介を確かに受け取った心霊と千秋は一度視線を交わし、改めてビビレンツァに目を向ける。
ビビレンツァは噓を言っていないか?
自分たちを騙している気配は?
二人に疑われている。ビビレンツァは心霊と千秋の視線を受け止めながら姿勢を崩さない。
いや、気持ちを崩さない。
二人を思い、これからも思い続けますと。
「うん、大丈夫そうだ」
「そうですね」
ビビレンツァに悪意はない。敵意もない。不快もない。
だから心霊と千秋の瞳も心の底から優しさに満ちた。
「疑ってごめんなさいビビレンツァさん」
「いいえ、当然の行動です」
一気に空気が和んだ。
これはそう、都会に出た人間が久方ぶりに同郷の者と出逢った、その時の感情にとても良く似ていたから。
懐かしく、照れながらもちょっとした特別な関係に綻ぶ心。
いま三人は屈託のない笑顔と信頼で結ばれたのだ。
「【飛梅衛星】であるキミがおれたちに接触してきたと言うことは、バグ関係だね?」
「そうです。
お手紙でも良かったのですが、第一歩は顔と顔を合わせるのが筋かと思いまして」
「そうだね。
その方が心も喜ぶよ」
【飛梅衛星】とは手鏡【矢瞳】で察知出来ない領域をカバーするためにこの『現実』に送られてきている人たちだ。
そう言った役割のため、自分は【水鞠装置】よりもずっと劣っている、と感じる人も少なくなく、ここで暮らすうちにやっぱり【水鞠装置】は自分よりも遥かに優れた存在なんだ、ああ、つまらないな、と少々傷つくレベルまで気を沈ませてしまうタイプもいる。
もちろん、そんなのどうってことないけど? と誇りをしっかりと持ち続けるタイプもいるのだが、正直全員が強い心の持ち主と言うわけではない。
中には誇りを保つためにうんと勉強して、うんと高慢になってしまう人も。
しかし、実際に【水鞠装置】と逢えば大抵のわだかまりは消え去る。朗らかで柔らかな心と真摯な想いを持つ人物が【水鞠装置】に選ばれるのだから。彼ら彼女らを知ることで、憎悪を向ける相手ではないのだと認識出来るのだから。
「実際にお逢いして、あたしも確信しました。
安らぎとくつろぎ。そして自分は落ちこぼれではないのだと。
ああでもどうでしょう?」
「「?」」
「胸がきゅ~~~~~~~~~~~~~~~~としめつけられるようなこの気恥ずかしさは?
なんだか自分を抑えることが難しくなってきそうです」
「さ、バグについてお話しましょうか」
明らかに乙女の顔になって来たビビレンツァ。
今にも千秋に対し甘い言葉を発しそうだったからそうなってしまう前に話を軌道修正しなければ。
「あん、義妹さんのイジワル」
「誰が義妹か」
お兄さんも楽しまない、と二人の横でくっくっと笑う千秋のお尻をつねる。妹の嫉妬が面白いらしい。
「痛い痛い。
ま、私的な感情は後で、まずはバグについて聞かせてほしいな」
「そうですか? 残念です……。
えっと、バグでしたね。
オーストラリアであたしが住んでいる街のすぐ近くに廃村があるのですが、そこに小さな図書館があります。村を廃棄から救うために建てられたものなのですが効果はとんと現れず村と一緒に廃棄されました。
それからは子供たちが遊び場として使っていたのですが、あ、あたしの息子も含みます。その子たちが皆そこで精霊を見たというのです」
「精霊」
重要なキーワードを口の中で転がす心霊。潤みの強い目が輝いて見える。どうやら心惹かれる言葉のようだ。
「ハイ。
それで、大人だけで見に行ったのです。ひょっとしたら精霊を語る誰かが子供たちを騙しているのではないかと思ったんです。
ですが行ってみればなんのことはない、ただの図書館でした。もちろん精霊なんて居らず、精霊を名乗る大人もいませんでした。
念のために警察に相談してみたのですがそちらも空振り。動いてもくれませんでした」
「まあ、精霊の正体を探ってくれ、と言って警察が動くわけないだろうね。子供の言葉を真に受けていたらキリがなくなる」
千秋の言葉に、神妙に頷き会話を続ける。
「ですのであたしたちは図書館にカメラを仕掛けて三日待ちました。その間にも子供たちはそこに遊びに行っていてそこで――」
「精霊と遊ぶ子供たちを見たのですね」
「ハイ」
相槌を打ちながらビビレンツァはバッグからあるものを取り出した。棒状のスマートフォンだ。起動させ、ホログラムウィンドウを表示、アプリの中からビデオを選択し再生スイッチを押して心霊たちに映像を観せる。映像の中では子供たちがはしゃいでいて、確かになにもないところに向かって話していたり一人で走り回っている姿が確認出来た。
「……子供は幽霊を見やすいと言うよね」
「その可能性も考えました。ですのでその……あたし自身あまり信じていないのですが、教会にいらっしゃるエクソシストの方に子供たちを看ていただきました。そうしたらそのエクソシストさん、悪魔が憑いていると言ってその場で浄化を始めました」
「浄化……ですか」
「聖水をかけて、ロザリオを掲げながら説教です。でも子供たちはケロリとしていて、すぐに飽きて教会を走り回ってしまって追い出されてしまい……」
「大人の割に我慢が足らないエクソシストだね」
早送りで映像をチェックする。奇妙な映像だがもちろん精霊などは映っていない。幽霊もだ。
「それで、今度はその村に住んでいた方々にお話を訊きに伺ったんです。あの村の図書館でなにか事故や事件が起きなかったかと」
「ふむ。捜査の基本、大事ですね」
映像を観ながらビビレンツァの声に耳を傾ける。数個の出来事を同時にこなすのは二人にとって朝飯前である。
「結論はなにもなし、でした。村人は年老いた人たちばかりでケンカもなく穏やかに過ごされていたそうです」
「悪霊の線は消えたか」
「ハイ」
だが、問題はそのままだ。
「それでも子供たちの奇行は残るわけだ。それで、バグではないかと思いおれたちに話を持ってきたんだね」
「そうです。あ、紅茶頂いても?」
「どうぞ」
話していて唇が乾いたのだろう。一つ唇を舐めて紅茶を口に含む。
心霊も日本茶を啜る。薄い茶色でほど良く苦味の効いたモノだ。舌がちょっとだけぴりっとしたが美味しい。
ビビレンツァはカップをテーブルに置いて、戸惑いながら口を開いて、
「その、本当はもっと早くお話出来れば良かったのですが……」
口ごもりながら静かに言葉を零す。
「息子が「いっちゃやだぁ」とごねまして」
「はは、親は大変だね」
「て言うかビビレンツァさんご結婚なされていたのですね」
じゃあどうして兄に手を出そうとしたとジト目を向ける。
「あ、あたし未亡人ってやつです」
「良いね、すごく好み――痛い痛いお尻をつねるな妹よ」
「それではビビレンツァさんは今すぐにでも息子さんのところにお戻りを。
私は準備を整えて向かいますので」
「え~」
「え~じゃない」
第29話、お読みいただきありがとうございます。
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