第27話「良いか璃月、奇跡とはどうして起こると思う?」
いらっしゃいませ。
◇
「じいちゃん」
「ん?」
五日が過ぎて、うんっと悩んだけれど答えは出ずに。
自分一人では一週間経っても答えが出ない可能性がある。だから、
「ちょっと悩みがあってさ」
祖父である薫風に相談しようと思った。
もう璃月の通う学校は夏休みに入ったから午前中からの出勤だ。心霊はまだ『よすが』に到着していないから、二人きりだった。
「言ってみろ」
「ありがと。
えっと」
バカ正直に全て話す必要はない。と言うか話せる内容でもないから精一杯言葉を選んで話そうと思う。
「蛇一匹とハムスターが五匹いるとします。
弱いハムスター、強いハムスター、臆病なハムスター、勇気のあるハムスター、我関せずのハムスター、それぞれ個性があり、最も強いハムスターがリーダーです。リーダーは唯一ハムスターたちを食べようとする蛇に対抗出来るハムスターでしたが実力は伯仲。決着がつきません。
けれどもリーダーは病にかかり、自分を死なせる毒を持つハムスターになってしまいました。しかもその毒は仲間であり友だちでもある他の四匹を殺してしまう無慈悲で強力な毒でもありました。
蛇にも有効な毒だったからリーダーは蛇を倒そうとしますが、その間に四匹を死なせてしまう確率が高いことに気づきます。
では、ハムスターたちのとるべき行動とは?」
例えとして出した話だが、救いのない話だと思う。
リーダーを殺さなければ他の四匹が死ぬ。
だがリーダーを失えば蛇に食べられてしまう。
ハムスターたちに幸福な未来なんてないように見える。
「簡単じゃないか」
「え?」
お店のカーテンを開ける薫風。
エアコンの冷房が効いているから『よすが』の中は基本涼しいが、窓から差し込む夏の日差しを直接浴びると中々に暑い。
だが、陽光は心地良くもあった。
「よく言われるだろう、腐ったリンゴは排除すれば良いと」
では、リーダーを殺せと?
「いや、俺はこう思う。
腐ったリンゴが周りも腐らせると言うのなら、周りの正常なリンゴが腐ったリンゴを元に戻したりも出来るんじゃないか、とな」
「……え?」
そんなことあるわけがないじゃないか。と少しだけ口を丸く開けてしまう。ポカンとしたのだ。
「常識にとらわれる必要はないと言う話だ。
リーダーが毒を振りまくなら、他の四匹が治癒魔法でも放って治してしまえば良い」
「……いや~……」
確かにハムスターが魔法を使えないとは言ってないけれど、結構な奇跡的な話になってしまう。
「良いか璃月、奇跡とはどうして起こると思う?」
「奇跡……神さまの気まぐれ?」
「違うな。
人が願い、行動するからだ」
「行動」
言われてみるとそうだ。
なにもしていない人間に奇跡なんて降りてこない。精一杯行動して、それでもダメだった時に降りてくるから奇跡と呼ばれるのだ。
「お前がなにに悩んでいるのかは知らない。
だがな、さっきのような例を出してくるってことは完全に視界を狭めているってことだ。
リーダーを犠牲にしなくても良い道を精一杯模索しろ。
お前が動き尽くしなお諦めなければ、奇跡の一つも降ってくるだろうさ」
「う、うん!
ありがとうじいちゃん」
希望が輝いた気がした。
討つしかないと思っていた。討ってほしいとも言われた。
だけれど別の道だってあるのかも。
常識では考えられない奇跡の道が――
◇
「あっはっはっはっはっはっ」
約束した日から一週間。
地威神社にある『育ちの丘雑貨』を訪問し、五日目に祖父である薫風と話した内容を包み隠さず語って見せた。
その上で璃月は自分の出した答えを提示した。
――オレは誰も犠牲にしない奇跡の道を精一杯探るよ。
したら、心霊には笑われ、千秋を硬直させてしまった。言葉を失うとはこのことだ。
「薫風さんらしい考えですね。お見事です。
璃月くん、貴方の答えも」
いま璃月の表情は晴れ晴れとしたモノだ。
一週間前は苦虫を思いっきり嚙んだような表情だったのに。人間、希望が見えるとこうも生気に溢れるのか。
「……璃月のおじいさんをおれは知らないけれど」
こめかみを抑えながら、千秋。
「相当変わった人と言うか……孫に光を与えられる人なんだな」
「うん」
力強く頷く璃月。
薫風がそう言う人だから、璃月は祖父が大好きだ。
普段はぶっきらぼうで滅多に表情を変えない祖父だが、彼の発する言葉には力があり、勇気づけられる。
「……しまったな」
「?」
「おれは璃月に光をあげられなかった。まだまだだね」
「でも!」
少しだけ力を失い苦笑する千秋。本当に自分の未熟さに打ちのめされていた。こんな自分がよくぞまあ人に決断を迫るマネが出来たなと。
が、心霊の出した「でも!」に思わず顔を上げた。上げさせられた。
「お兄さんの言葉は私に光をくれます。
自らを卑下する必要はないのです。
人とはホラ、支え合って活きる存在なのですから。
気づかせあって頑張りましょう」
「心霊……」
また意外なことになった。
兄として妹である心霊を守ってあげなければと思っていた。それが当然なのだと。
けどどうだろう?
いま心霊の言葉で心に光が灯ってしまった。
もしかしたら心霊は自分が思っている以上に成長しているのではないか?
いつまでも守られているだけの妹ではないのではないか?
だとしたら――
「……支え合い、気づかせあって活きる……か」
だとしたら自分は、妹を一人前の女性として見るべきだ。
「心霊、璃月。
ありがとう」
「「!」」
千秋の顔は非常に整っている。
笑みは常に余裕に満ちていて、自信に溢れていて、王子さまのようだった。
なのにどうだ?
二人に見せたこの晴れやかで爽やかな笑顔は、まるで子供のそれだ。王子さまではない、太陽のようだ。
「お兄さん……そんな風に笑われるんですね」
妹である心霊にすら見せた覚えのない屈託ない笑顔。
意外なモノを見てしまった。
それがたまらなく嬉しい。
「え? おれ今どんな顔している?」
「とっっっっっても素敵な笑顔です。ね、璃月くん?」
「ハイ、そうですね」
「そ、そうか? 照れるな」
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