第24話「オレは、貴女が好きです」
ようこそいらっしゃいました。
◇
「この世界は独りきりの――」
「人のお偉方が気づいてしまい――」
「私は『外』から――」
「この銃はね――」
璃月の目が揺れている。
『よすが』に戻り、閉店を待って強い決意で聞き始めた心霊の話だったが、どうリアクションして良いものかと戸惑っている。
「信じられませんか?」
窓際の席に対面で座っている心霊と璃月。
申し訳ないが薫風には先に家へ帰ってもらっている。だから今ここにいるのは二人だけだ。
「信じてはいます。心霊さんの言葉だから」
心霊の目元が優しく和らぐ。
誰かに信じてもらえる。些細なこと、ありふれたことなのにこんなにも嬉しい。
「ただ……信じているからこそどう受け止めて良いモノか……」
意識が『現実』を創り出す。
であるならばここにいる自分はなんだ?
「オレたちは――」
「幻ではありません」
先回りして応える心霊。強く、まっすぐな眼差しで。
「私たちがここを『現実』と表現するのは確かに存在しているからです。
見て・触れて・影響しあう心を持ち合わせている。
これのどこが幻でしょう」
心霊の手がテーブルの上で璃月の手に触れた。
「璃月くんは私に触れられる。
私も璃月くんに触れられる。
それが『現実』と言うモノです」
心霊の体温が璃月に流れ込んでくる。
少し硬い璃月の掌と。
少し柔らかな心霊の掌。
同じ人間でありながら異なる掌。
違うからこそ、安堵する。
「……ここから先は誰にも言っていない『真実』です。
聞きますか?」
璃月の喉が鳴った。
これ以上まだ秘密があるのか。受け止めきれるだろうか?
「……お願いします」
返答を聞き、心霊は一度目を閉じた。
これから話す内容は心霊の存在にも関わってくる。だから心霊の方にも思うところがあるのだ。
「……私たちの世界はね」
覚悟を決めて、ゆっくり瞼を開けながら。
「独りではなく沢山の【火光存在】の意識によって形成された『一つの現実』だと言われています」
「え……」
「何億人もいる人間、その全ての意識がたった『一つの現実』を創っているのです」
璃月が目をしばたたかせる。
何億、が、一つを?
でもそれは。
「あり得るんですか? 何億の意識がたった一方向に向くなんてことが?」
「そこなんですよねぇ」
若干空気が和らいだ。
いや、いつもの心霊に戻ったと言った方が正しいか。
グラスに注がれたアイスコーヒーをストローで一つ啜って喉を潤す。
「人が見る世界なんてそれぞれで違うモノです。
誰かが超現実的な思考をしていたら、別の誰かが退屈を吹き飛ばす非常識な世界を望む。
そう言うの、ザラにあるはずなんです。
なのに『一つの現実』は揺らがない。
壊れない。
変わらない。
消えない。
どう考えてもおかしいんです」
そして一言ズバリ口にする。
「誰かが固定でもしていなければ」
璃月が息を吞んだ。
だって、だってそれは……。
「まるで人の上に誰かがいるように聞こえますよね」
「え、ええ」
「私たちにとっても謎なのです。
それが人のためにそうしているのか、自分たちのためにそうしているのかも分からない。
常識をもってそうしているのか、邪悪な考えをもってそうしているのかも分からない。
不明瞭な要素が多すぎて今でも頭を捻りまくっています」
苦笑する、心霊。
でもどこか楽しそうでもあって。
ずっと心霊を見続けている璃月だからこそ気づける心霊のちょっとした心の内。
ああ、この人は恐ろしい『一つの現実』を楽しんでいるんだ。
そうか、そうなんだ。
不明瞭だと言うのなら恐れていたって仕方がないんだ。
「オレ、五分後には消えているかもしれないんですね」
「ハイ」
『現実』はとても恐ろしい。
想像よりもはるかに凶暴だ。
けれどそれは普通に暮らしていたって同じ。
明日には死ぬかもしれない。
命の灯は常に揺れていて、死は常にそばにあったのだ。
「でも消えないかもしれないんですね」
「そうです」
ならば。
懸命に活きるしかないではないか。
いま確かに存在する命の灯をもっともっとたぎらせ力強く輝かせられるように。
「私たちはここにいる。
消えずにいるのです。
だから、私は今、ここにいることを選んだのですよ」
そう言って微笑む心霊の心が眩い。
自分はこの人の隣にいたい。いられる人間でありたい。
「オレは、貴女が好きです」
「ん」
思わず喉が鳴った。
璃月の気持ちには気づいていたし伝えられてもいたけれど、改めて言われると恥ずかしい。と言うか驚いてしまった。
「『現実』が心霊さんを受け入れるように出来ているのは承知しました。
オレの気持ちもその一端なんでしょう。
けど、それでも好きです」
「ちょ、ちょっと待って」
「大好きです」
「待ってってば!」
キン――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!
「え?」
「え?」
二人して目を見開いた。見開いて、慌てて閉じる。
だって急になにかが輝いたから。
純黒の光が溢れたから。
「璃月くん? ポケット光っていますが!」
「違います中身が光っているんです!」
「なにいれてます⁉」
「えっと」
薄っすら目を開けてパンツ――ズボン――の右ポケットを探る。
探って握って外に出す。
「これ……」
ハマユミだ。
地威神社で小さな雑貨屋を始めた千秋のお店で買った小さなハマユミ。
それが、輝いている。
「な、なんで――」
そう呟いたのは璃月、ではなく。
「その形……小さいけれど……ううん確かに……」
「心霊さん?」
「どうして」
見覚えがあった。ハマユミの形に。今だから分かる……この黒光にだって覚えがあるじゃないか。
「……璃月くん、心を落ち着けて」
「落ち着いているつもりなんですが」
「えっと……私への気持ちを落ち着けて」
「あ、ああ、そっちですか」
しかし恋心を落ち着けるってどうやるのだ?
頭を捻って、別のことを考えてみようと思い至った。
「(別のこと、別のこと)」
心霊とは全く関係ない事柄を頭に浮かべる。
そうだ、怖いドラマを観た時のことでも――あ、その時心霊から貰ったペンダントを握りしめていた。
黒光・収まらず。
「(別のこと!)」
もうトイレで良いや。下品だけど。
やけになって男子トイレを思い浮かべてみた。
するとどうだろう?
「あ、静まった」
情けないやり方にげんなりしたが、結果オーライ、心霊に知られなきゃ問題ないだろうとおも――
「なに考えて落ち着きました?」
「秘密です」
「?」
今後また同じ現象が起きないとも限らないから詳細を聞いておきたかったが、なにやら恥ずかしそうだ。
「言い辛いならソッとしておきますが」
「そうしてください」
「どうして泣くんです?」
「秘密です」
「?」
第24話、お読みいただきありがとうございます。
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