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第02話「これが風流と言うモノでしょうか、素敵」

よろしくお願いします。


「ふぅ」


 心霊(みれい)の柔らかく淡いピンクの色をした唇から白いお猪口(ちょこ)が離れる。小さなお猪口には冷えた日本酒が注がれていたのだがそれはもう心霊の口に入り、喉を通り、胃に落ち着いていた。


「少し辛口ですね。でも喉を通りやすい。とても良いお酒です」


 上機嫌だ。心霊の気分は体にも現れていて縁側に座る足が自然と前に後ろにと揺れている。


「小さいながらも美しく咲く夜桜。

 夜桜を照らす半ば雲に隠れた白い満月。

 満月を映し出す鯉の泳ぐ透き通る池。

 そして寝巻姿の私。淑やかにお酒を嗜む私。

 これが風流と言うモノでしょうか、素敵」


 誰に言うでもなく、ただ一人で呟く。

 無理もあるまい。ここは心霊の自宅であるからして。

 心霊は世界中に活動拠点となる家を持っているが現在は日本に滞在中だ。

 この書院造りの屋敷は一人で住むには少々大きいが風流を好む心霊にとってとても魅力的に感じられた。だから衝動買いを後悔などしていない。


「ええ、していませんとも」


 本当だ。

『外』からの来訪者である心霊には潤沢な資金がある。パトロンから与えられている活動資金のはずだがお叱りを受けないので本当に後悔などしていない。

 とっくりを持ち上げ、中身である日本酒をお猪口に注ぎ入れる。


「あら、もう終わり」


 ちょうど一杯分で空になった。瓶を開ければまだあるが――


「今日はこの辺でやめておきますか。

 酔えないとは言え、飲み過ぎてしまうのは宜しくありませんね」


 そう言うと一息に飲み干して、プラプラとさせていた足を床についた。しっかりとした足取りで台所に向かうととっくりとお猪口を洗い、歯磨きを。


「良し、もういい時間ですし寝るとしましょう」


 時刻は午後十一時少し過ぎ。

 仏間に移ると布団を敷いて、電気を消す。

 掛け布団をめくって横になると、


「おやすみなさい」


やはり一人呟き、静かに目を閉じた。



「う……ん」


 障子から入り込んでくる朝日の優しい光を目に受けて、心霊は布団の中で身を捩る。

 春とは言え朝は少しだけ寒い。

 だから少しだけ布団が恋しいが、起きねばなるまい。

 今日も今日とて『仕事』があるのだから。

 布団から顔を出して枕元に置いてある時計を見る。午前八時。『仕事』は十時からだからまだ余裕があるにはある。

 しかし。


「……朝食に……しましょうか」


 ぼんやりする頭で呟き、じょじょに覚醒する思考で布団をたたみ、台所へ。ここに至るともう目も冴えていて心霊はテキパキと朝食の準備を終えた。

 お盆をコタツまで運び、中身を零さないように全ての食器などをお盆からコタツの上に移動させる。一人なのだからお盆に乗せたままでも良いような気がしないでもないが、心霊が手間を惜しむことはない。


「いただきます」


 きちんと手を合わせて。

 箸を取り、まずは味噌汁を一口。

 今日の朝食はご飯に味噌汁、卵焼き、焼き魚四種、漬物三種、リンゴと牛乳だ。

 心霊はこれらをたっぷり一時間かけていただく。その頃にはもう九時だ。出かける準備をして職場に着くのが九時四十分と言うところか。


「ごちそうさまでした」


 米粒一つ残さず丁寧に食し、再び手を合わせる。

 お盆に食器などを乗せると台所まで運びそれらを洗い終えると身支度を。

 歯を磨き、髪を整え、持ち物を確かめて玄関へと向かう。


「さて、行ってきます」

第02話、お読みいただきありがとうございます。

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