第16話「なんだろ? 犬でもいんのかな?」
ようこそいらっしゃいました。
「なにかありましたか、心霊さん?」
帰りの電車内。
仕事から帰宅する多くの乗客。
遊びから帰宅する多くの乗客。
眠る人あればまだまだ元気な人もあり。
万が一にでも心霊が痴漢に遭わないよう座る彼女を守るように立つ璃月。
そんな彼が心霊の微妙な変化に気づいた。
「平静を装っていたのに気づいてくれるんですね」
なんとも複雑だが、なんとも嬉しい。
「実はですね、オバケっぽいのと遭遇しました」
「え? ホントに? どんなのでした?」
出来るなら会いたくない存在だが、ちょっとだけ興味もあるらしい。
「う~ん、なんと言えば良いのやら……」
「襲われたりしませんでしたか? 憑りつかれたり」
「それはなかったですね。
私には興味がないみたいでした」
やったことはなんだと言われれば、心霊より早くバグの発生に気づきやはり心霊より早く対処した、くらいだ。
「しかし非常に興味深い存在でした」
なにせ心霊と同じ処置を行ったのだから。
「ただもう『魅』には現れないと思います」
バグは――バグチップとなるほどに強力なバグは二・三ヶ月に一人現れれば多い方だ。同じ場所に現れた前例も今のところない。
「なんにせよ皆さんに被害がなくて良かったです」
「オレは心霊さんに被害がなくて良かったです」
「ふふ、ありがとう。
まあ? このまま璃月くんが送り狼になる可能性もありありですが」
「ありませんよ⁉」
賑やかな休日が過ぎていく。
精一杯楽しんで、なにか大きな事件が起こる前触れのようだった優しくも厳しい一日。
せめて平和が乱されることのなきように――
心霊は窓から見える星と月に願いをかけた。
◇
夏休みがやってくる。
今日璃月の通う高校では一学期の終業式が行われた。明日からは待ちに待った夏休みだ。精一杯楽しもうと思う。出来る限り心霊をデートに誘おうと思う。当然働くことだって忘れていない。しかしそれとて心霊と一緒にいられる大切な時間だ。働く理由が好きな人と一緒にいたいからに置き換わっている事実に少しは「ダメだなぁ」と思う気持ちもあるが、抑えられないので仕方ない。だからせめて仕事に支障をきたさないよう心掛けている。
「『よすが』に行く前に」
いつもの神社で願いをかけよう。恋愛にゆかりのある神社と神さまだから。
「この階段が結構長いんだよな」
社殿に行くには鳥居を潜って五百十段の階段を昇らなければならない。それが理由で年始以外はあまり参拝客がおらず、一方で運動部の練習に使われていたりする。今日も歩いて昇る璃月の横を中学校の陸上部員が息も切れ切れに走り昇っている。
「はぁ、着いた……あれ?」
時間をかけて昇りきった璃月。
その彼の目に意外な光景が映り込んだ。
いつもより人が多かったのだ。特に女性が。しかし参拝客ではないらしく参道の脇で一塊になっている。
「なんだろ? 犬でもいんのかな?」
気にはなる。が、目的を忘れてはいけないとまず璃月はお参りすることにした。
鈴を鳴らして、手を鳴らして、礼をして。
目を閉ざして心霊との未来に願いをかける。
「良し、終了」
では女性たちの目的を見に行こうとそちらに近づいて行った。
が、肝心の部分が女性たちの背で見えない。
「見て、微笑まれたわ!」
「見て、歩かれたわ!」
「見て、立たれたわ!」
なんて言葉は聴こえてくるのだが。
「(なんだ? 超可愛い赤ちゃんでもいるのかな?)」
正面からがダメなら横から、と思い回ってみると――
「建物?」
これまでは見られなかった小屋があった。いや、小屋よりは立派か。木組みでしっかりとした屋根がありおみくじをお受けする授与所にとても良く似ていた。
しかし授与所は別にある。まだ新しいから別のを建てる必要はないだろう。
では、この建物はなんだ?
なんとか確認出来ないかと裏に回ったりもう一度正面に行ったり横から割り込んでみようとしたのだが、強固。女性の壁、強固。璃月が入っていく隙なんてなかった。
「……しようがないか」
ならば仕方ない。帰ろうと思った。
一度バイトに行って、終わったらまた来ようと決めた。バイトが終わるのは夜だから女性陣も少なくなっているだろう。
「階段は厳しいけど、まあ良いさ」
結論から言うと、ムダだった。
閉まっていたからだ。
「な、ならば朝だ!」
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