第11話「……いえ、似ているだけでしょうね」
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「バナナボートでは……ないんですね」
どうやらここではジェットスキーが引っぱるのは縦に長いゴムボートのようだ。憧れの存在ではなかったのか落ち込む璃月。
「璃月くん、バナナにこだわるのは変態です」
「なぜに」
「さ、行きましょ行きましょ。
オオ、前の利用者さんぶっ飛ばされましたよ」
どうやら乗っていた六人全員が後方に落ちたようで。浮いてきた人たちをボートに乗っているスタッフたちが助けている。
さて、ジェットスキーが戻ってきた。次はいよいよ心霊たちの番だ。
スタッフから注意がいくつか言い渡され、ライフジャケットを着こみ、プールサイドに横づけされているゴムボートに跨った。体重の軽い心霊が前、璃月が後ろの順番で。
「スタートです、璃月くん」
「ハイ。心霊さんが落ちそうになったらオレが支えますんで」
「よろしくです」
ゆっくりとジェットスキーが動き始めた。まずは安全な速度で、次第にスピードは増していき、ゴムボートが波を立たせ始める。
「「お、おお?」」
しばらくしてゴムボートが水面を跳ね始めた。スピードがどんどん速くなっていく。水しぶきが顔に当たりまくって、風が体を後方に押し倒そうとしてくる。
「うひゃー速いです!」
「意外と! 怖いですね!」
とは言いつつも心霊も璃月もとても楽しそうだ。なぜなら超笑顔だから。
しかし。
「「オオ⁉」」
ゴムボートが波に乗り上げ大きく跳ねる。一度・二度と何度も跳ね、ジェットスキーがカーブした。当然ゴムボートも曲がって――まず心霊がぶっ飛んだ。
「心霊さん!」
思わず手を伸ばす璃月。
けれども片手では自分の体すら支えられずに璃月もぶっ飛んだ。
ジェットスキーとゴムボートが完全に去ったところでスタッフの乗ったボートがまず心霊に近づき救い上げ、ついで璃月に近づいてなにやら少し慌てる様子を見せた。璃月が浮いて来なかったからだ。
「足攣った……」
ライフジャケットはある。水深は二メートル。攣った足は左だけ。浮こうと思えば浮けるはずだが?
「なんだ? 体がいやに重いような?」
たった二メートルでは水圧もほとんどないだろう。なのにどうしてこうも苦しい?
「璃月くん?」
ボートの上では心霊も心配そうにしている。
すぐにスタッフの一人が潜り璃月の元へと向かった。
「大丈夫。おれに掴まって」
男性スタッフだ。璃月より頭一つ分背が高い。
璃月は言われた通りに彼の肩に手を置いて、スタッフは璃月の腰に手を回しプールの床を蹴ってひと息に浮上する。
「――はっ! はぁ……あ、ありがとうございます」
「いや。無事で良かったよ」
「……ん?」
「ん?」と言ったのは心霊だ。
なにか腑に落ちない顔をしているが?
「心霊さん?」
「あ、えっと」
ボートに昇った璃月も心霊の様子に気がついた。手はありがたくも璃月に差し出されているが、どこか心ここにあらずと言った感じだったから。
「失礼。昔馴染みに似た声を聞いたモノで」
璃月を助けた男性スタッフの声についてだ。
彼はキャップとゴーグルをしているから顔が見えない。上半身もスタッフお揃いのシャツを着ている。着ている水着もスタッフに支給されているモノだ。
どんな人物なのか今ひとつ分からない。
「……いえ、似ているだけでしょうね」
だって、『彼』は自分が世界からデリートしたのだから。
「気にせず遊びましょ。
今日は璃月くんとのデートの日ですから」
「デ……」
改めて言われると恥ずかしい。璃月、少しだけ頬を朱に染めた。
「璃月くん、私、海中プールに潜ってみたいです」
「あ、良いですね」
海中プールとは、砂や珊瑚、魚たちが放たれている海水のプールのことだ。
常に上からライトで照らされていてとても美しいと聞くが?
ボートからプールサイドに降りてスタッフに一礼し、二人は揃って海中プールに向かった。
こちらでは待ち時間はほとんどなく、空気をためておくためのヘルメットを階段状になっているプールサイドで渡されたので被り、二人は滑らないようそろりそろりと海水に没していく。
「わぁ。これは……なんと」
「見事ですね、心霊さん」
「ええ、ええ」
ライトに照らされる珊瑚、色鮮やかな魚たち、キラキラと輝く星砂。
どれもこれも普通の海中よりも美しく。
おまけに海水を通るライトの光は雲間から差し込み降り注ぐ太陽の光にも見える。いや、その比ではないかもだ。こちらの方がずっと美麗。人の手によって作られたモノであることは十分に承知している。だけれど見惚れずにはいられない。
それほどまでに目を奪われた。
ただし。
それは心霊の話。璃月はちょっとだけ違った。
彼が見惚れたのは――心霊だ。
大きなヘルメットを被っているのに、それがないかのように璃月には見えた。美しい光景をバックに背負った心霊。彼女の方がこの中で最も輝いている、そんな風に思えたから。
「……ああ」
小魚たちが心霊の持ったエサに寄っていっている。おや、イルカまで彼女のそばに。
人魚がいたならばこんな感じかと、暫しお伽の光景に見入ってしまった。
「ん?」
「――はっ」
一瞬、視線に気づかれたかと思った。思ったからすぐに璃月は心霊から目を離したのだが、
「璃月くん、扉がありますよ」
「え?」
どうやら気づかれてはいなかったらしい。
心霊が指さすのはプールの壁。そこにつけられている白い扉だ。
「開かれていますね璃月くん」
「行ってみます?」
「もちろんです」
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