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第01話「私が逝く日までご一緒くださいな」

よろしくお願いします。

「ごめんなさい」


 羽が舞う。

 ひらりふわりと白羽(しらは)が舞う。


「貴方が()きた記録は私が持って逝きます」


 それが外部記憶装置でもある彼女の役目。


「だから」


 倒れる男には真紅の炎。

 見つめる彼女には透き通る涙。

 零れ落ちる涙は男を包む炎に触れて消えてゆく。


「貴方はせめて、ご家族の幸せを願ってお眠りください」


 これが世界唯一の存在である彼女の役目。

 白羽となって消えて逝く男に彼女は一度だけ、軽いキスを額に。

 これが最期。

 これで終わり。


☆――☆


 西暦二千二十五年、日本。


「ごきげんよう」


 この伝統ある高等学校にはお金持ちに分類される令嬢・令息が多く通っている。

 気品高く礼節を重んじる所作に彼女は少々無理をしながら挨拶を。


「ごきげんよう」


 うまく出来た。

 少々声が上ずったがまあ良いだろう。

 しかし。


「はぁ、疲れますね」


 陰に入り一人になった途端これである。


「この学校、まるでお城みたい。

 白いし尖っているし。

 けれどデジタル化の波はしっかりと来ているようですね」


 彼女が身を潜める講堂の床は滑り止めの処理がされた木で組まれている。だが、体育等必要に応じてラインが浮かび上がる仕様だ。

 風を取り込むための窓から中を覗くと男女のバスケ部が練習に励んでいる。


「皆さん運動部にもかかわらずスラッとした手足で。

 ……っち、滅べ」


 毒づいた。思わず出た言葉に「おっと」と口元に手を持っていく。


「まあ良いでしょう。

 私とて身長の半分以上が脚。素晴らしい。

 さて、折角の学校見学の日です。

 どうどうと見て周りますか」



「お名前はぁ?」

「トゥルース・心霊(みれい)と申しますお姉さま方。心霊とお呼びください。

 来年は絶対にこの高校に入りますのでお見知りおきくださいね」


 おっとりと名を聞かれたのでハキハキと応えてみた。

 椅子から腰を浮かせ、体を綺麗に折りながら。

 金細工のかんざしがさされた長く艶やかな黒髪が肩から落ちて胸元にかかる。

 その姿を見て令嬢たちは「ほぅ」と少しばかり見惚れてしまい。


「……あ、どうぞお座りになって。お茶にしましょう」

「ハイ」


 誰よりも早く正気に戻った一人の令嬢に着席を促され、心霊は美しい所作で椅子に座す。ティータイムを楽しむためにだ。校舎を歩いていたところ中庭での茶会に誘われたからだが、ちょうど良かった。


「ねえお姉さま方。

 私、実は人を探しているのですが、助力をお願いしても宜しいでしょうか?」

「もちろん。

 どんな人だい?」


 こちらは男みたいな言葉遣いだ。ハンサムで甘い声。夢で逢ったら甘えてみようと心に誓った。


「男性です。

 背が高く、黒髪の短髪、眼光鋭い文学青年。

 知人の想い人なのですが、本日彼女は病欠です。折角なので一つ鑑定しようかと。妙な男性だったら問題ですから」

「お友だち思いなのねぇ。

 うちの文学青年は皆さん文芸部に集まっているわよぉ」

「そうなのですね。ありがとうございます。

 ではこの一杯を頂いて――」


 まだまだ暖かい紅茶を一息に、けれど上品に飲み、ついでにスプーンに乗っている小さなケーキを口に運んで席を立つ。


「早速向かわせていただきますね」



「文芸部、と」


 部室棟に辿りつき、心霊はあっさりと場所を特定した。見学の女子たちが部室前に集まっていたからだ。どうやら文学青年はおモテになるらしい。


「少々待ちますか」




「放課後になってしまいましたね……」


 いつまで経っても女子たちが解散しなかったから下校時を狙ってみた。

 ターゲットである青年は一人きり。歩く姿は凛としていて華がある。が、冷たい印象を受けた。


「これは、感情欠落が始まっていますか」


 青年の横を早歩きで通り過ぎてみたが反応がない。


「それでは早速」


 心霊の真紅の目が何度か明滅する。すると青年が路地に入っていくではないか。その後を心霊も追う。仕事着である死装束に着がえた心霊が。任務対象が着られないから代わりに着ている。今日の気分は洋装だ。


「名も知らぬ方」


 誰にも見られぬほど深く路地裏に入ったところで声をかける。青年はピタリと立ち止まり――


「っと」


心霊が触れようとすると鞄をぶつけてきた。どうやら心霊の『侵入』に防衛機能が働いているようで。けれども強く振られた鞄は心霊の体をすり抜けた。否。鞄が触れた心霊の服と体が(あお)い粒子となったのだ。


「私の体はナノマシン群。傷つけることは出来ません。

 そしてこの銃が――」


 再びの目の明滅。心霊が髪にさしている金細工のかんざしが金のリボルバーに変化する。ただし本来シリンダーがある場所には透明なクリスタルが。紙の造花――真紅の死花(しか)を封じたクリスタルだ。


「【花銃(フィックス)】と申します」


 カチリ、ハンマーを起こし青年の胸に狙いをつけ、撃つ。


ガ―――――――――――――――――――――――――――――――ッ!


 するとどうだろう、銃弾が発射・命中したのでもないのに青年の体が真紅の炎に包まれたではないか。


「最期です。秘密をこっそり教えましょう。

 ここ『現実』はね、人の心が見ている空想の世界。たった(ひと)りの意識が創る『現実』と名づけられた『幻』。

 人のお偉方がそうと気づいて六十年。その困惑は伝播し人がバグを起こすようになりました。バグチップの仮想意識は多く積もれば『現実』を壊す矛となる。

『外』から来た私はバグチップをパージするデバイス。矛に対する盾です。

 バグチップとなってしまった貴方。

 速やかに、かつ安らかにお眠りください。

 真実とともに」


 涙が零れた。死する青年のための涙が。

 青年が倒れ込む。

 燃える体をそのままに。

 白羽となって消えて逝く体をそのままに。


「私には一つ(ゆる)されている行為があります。バグチップの記録を記憶すること。想い出は私が継ぎましょう」


 ゆっくりと、慈愛溢れるキスを青年の額に。これで記憶完了だ。


「ごめんなさい。

 私が逝く日までご一緒くださいな」

第01話、お読みいただきありがとうございます。

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