2月22日の合わせにゃんこ
僕 : 犬塚 走太 : 犬
私 : 猫屋 琥珀 : 猫
※このお話は、フィクションです。
※このお話は、若干不快になるような表現があります。
「あ~、私も猫飼いたいなぁ……」
クラスメイトの猫屋さんは、名字から受ける印象と違って、一度も猫を飼ったことがないという。
その理由は、生き物の世話をするのが大変ということや、猫みたいに飽きっぽい性格をしているといわれていること、ペット用品を揃えるのが財布的に無理といわれたこと、血統書付きは高いと両親から反対されていることなどなど。
そんな猫屋さんは、今日も仲の良い女子たちと共通の趣味である動物の萌え動画や萌え画像で萌えている。
僕は、きみのその姿を見て萌えている。
猫屋 琥珀さん。
ショートカットに整えた髪に、スレンダーな体。猫のように細いしなやかな手足はスポーツ万能で、反面、長続きしない性格を自覚していて、部活は所属していない。助っ人オンリー。
いつも明るく楽しそうな笑顔と、いたずらを思い付いたときの猫みたいな目がチャーミングな少女。
高校一年のころ、席が隣り合ったことがきっかけで、勉強を教えてほしいと言われ一緒に勉強したことで、ちょっと仲良くなったと思う。
そのときに見た、くるくると変わる多彩な表情に、僕は心を盗まれたんだ。
まさに泥棒猫だね。
それ以来、ずっと、恋人……は、無理でも、猫屋さんの望みを叶えるために猫になりたいと思っていた。
……うん。おかしいと、自分でも思う。
そこは、友達をちょっと越えたボーイフレンドあたりを目指すのが現実的だと。
ただ、僕は、自分の性格をきちんと把握している。
『陰キャオタ系ストーカー予備軍』
猫屋さんの友達の女子たちからそう呼ばれていて、全く否定できない。
だって、僕は猫屋さんを僕だけのものにしたい。
僕だけを見るようにするために、『監禁』したいと思っているから。
……さすがに、こんな危険思想なストーカー予備軍が、誰かを想うとかダメだと思う。
今日も今日とて、猫屋さんのかわいい姿をチラ見するだけで満足。そう、自分に言い聞かせて、帰宅する。
いつものように、なんとなくのネットサーフィン。
そこで、思いもよらないことを見つけた。
『2月22日22時22分22秒、《合わせにゃんこ》をして、その時間ににゃんこの間を通り抜ければ、にゃんこになれる』
「……はぁ? そんなわけないだろ?」
思わず口からこぼれる。
そう、これはネットの与太話。猫の日にちなんだ嘘だ。
……そう、分かっていたけど……。
「一匹確保」
時刻は夜22時。
夜の住宅地を徘徊するノラっぽい白猫に、ちゅー○を見せたら寄ってきたので、あっさり確保。
手を差し出すと、ペシッと猫パンチされたので、ちゅー○の封を切って中身を出してやると一心不乱にペロペロ。
食べ終わったら、ゴロゴロと鳴きながらすり寄ってきた。現金なやつめ。
白猫をだっこしながら深夜の住宅地を、明かりを点けずに徘徊する。
しばらくすると、黒猫を発見。宅配の人じゃない。
次の瞬間、おとなしくだっこされていた白猫は地面に降り立ち、四本の足を伸ばしてしっぽをぴーんと立てて毛も逆立てて、口を開いて牙を見せつつ、「うなぁ~~お~~」と肝を冷やすような唸り声をあげだした。
相対した黒猫もまた、同じように唸りをあげ、じりじりと距離を詰める。
時刻は、22時22分ジャスト。
図らずも、状況は整った。
双方、唸り声をあげながら間合いを図るその構図こそ、
『2月22日22時22分22秒の合わせにゃんこ』
そのものだった。
「い・ま・だーーーっ!」
なぜか叫びつつ、鏡合わせのように睨み合うにゃんこの間を通り抜けた。
……頭の冷静な部分は、明日の話題として、ネットの与太話に踊らされたと笑いながら話すことになるんだろうな、と思いつつ。
※※※
※※
※
気を、失っていたようだ。
気がつけば、冷たいアスファルトに横たわっていた。
立ち上がろうとする。……立った。四本の足で。
『(はぁっ? なんだこりゃ!?)』
半ばパニックになって声をあげれば、
『にゃあっ!?』
と、猫の鳴き声。
『(マジか……? 僕、猫になったのか……?)』
素直には喜べなかった。
というのも、猫目線になると見えてくるものがあって、その一つが、
『よう、小僧。ここはオレのなわばりだぜ? ケガしねぇうちに出ていきな』
体格の良い猫に凄まれる。
ようするに、この町は意外と野良猫が多くて、しかも縄張りがけっこう厳しく決まっているようだった。
しかも、言葉だけで立ち去るのを要求するならまだしも、
『死ねやぁーーっ!』
問答無用で襲いかかってくるものもいて、夜が明けるまで逃げ続ける羽目になった。
夜が明けたら、今度は、カラスや散歩中の犬に追いかけ回される。
休む間もなく、くたくたになりながら逃げ回り、気付けは夕暮れ時。
カアカアと鳴くカラスを恨めしげに見やり、ふらふらとあてもなくさ迷い歩く。
野生の厳しさを刻み付けられながら、安息の地を求めてただひたすらに歩き続けた。
……僕、このまま、死ぬのかな?
そう、思った時。
「あれ~? きみ、どうしたの?」
ひょいと誰かに抱き上げられ、
「ボロボロだね……。かわいそうに」
汚れるのも構わずに、敗走に敗走を重ねて乱れた毛を撫でてくれる。
「よく見ると、きみ、かわいいね」
誰かと思えば、猫屋さんだった……。
「かわいいかわいい。んー、ちゅっ」
えっ? マジですか? こちとらストーカー予備軍の変態男子ですよ? いや今は猫か? じゃなくて、薄汚いノラですよ? そんなんしたら猫屋さんが汚れてしまうアーーーーッ!?
にゃんっ!!
アニメの煙が出るような音が、猫の鳴き声に置き換わった変な音が鳴り響き、
「………………犬塚くん?」
「………………猫屋さん?」
驚いてまんまるに見開かれた猫屋さんの目が、獲物を見つけた猫みたいに細められて、
「えっ? 犬塚くん猫だったの? てゆうか変身したの? 猫に変身できるの? 今日休みだったのは猫になってたからなの? 猫になったら意外とかわいいね犬塚くん! 今も大型犬みたいでかわいいけど!」
「……えっ? ……えっ?」
「よかったら、あそこの山海バーガーでホットドッグ食べながらお話しよーよ」
「……えっ? あ、うん」
僕の手を引きながら、なにげに最安値のメニューを提示するあたり、懐事情がうかがえそうな台詞をはく猫屋さん。
「せっかくだから、おごるよ」
幸いにも、持ち物は昨夜徘徊中の時のまま。
スマホはあったので、スマホ払いで。
「ほんと? やた、ありがと~!」
ニコニコ満面の笑顔で手を握ってくる猫屋さん。
……ああ、もうこの手は一生洗わない……。
「いらっしゃいませー!」
「アルコール消毒しなくちゃね、犬塚くん!」
「………………ああ、そうだね」
手の温もりは、速攻で消えてなくなった。
「…… 、 」
二人がけの席で、アクリル板越しに向き合いながらホットドッグをムシャムシャやりつつ、小声で囁いてくる猫屋さん。
すぐ後ろを通った男の店員がチッ! と舌打ちしたものの、全然気にならなかった。
その日から、元気で気まぐれな猫さんみたいな少女に連れ回される、大型犬のような少年の姿がよく見られるようになったとさ。
おしまい。
※このお話は、フィクションです。
※合わせにゃんこなどという都市伝説は存在しません。