星に願いを
俺には仲の良い幼馴染の女の子が居た。
その子は流星という名前で毎日のように一緒に登校し、高校にも一緒に通う事が決まっていた。
しかし登校初日の今日は俺が寝坊してしまい、彼女には先に登校してもらう事になった。
だけど今の俺は夜空を見上げながらその事を深く後悔している。
何故なら彼女は俺を待っていたせいで家を出るのが遅れ、その登校途中に暴走車に轢かれて命を落してしまったからだ。
俺はそれを入学式後に知らされ、自分の無力さに打ちひしがれた。
そしてキララの両親とも仲の良かった俺はその亡骸にも合わせてもらう事が出来た。
医者が言うには打ち所が悪く、本来なら骨折で済むような事故だったらしい。
だから見た目は生前と変わらず、今にも目を開けて話し掛けて来そうなほどに目立った傷が無い。
それでも呼吸も止まって唇は青褪めており、もう二度と目を覚まさないのだと彼女の体が語っている。
俺は目から涙が溢れて声も掛けてやれず、手を合わせてその場を離れるだけで精一杯だった。
そして今日は奇しくも流星群が見られる日で、キララはこれをとても楽しみにしていた。
名前が一緒で昔から流れ星が好きだったので今夜はずっと一緒に見る約束もしていたのに俺の横には誰も居ない。
こうなって初めてキララの存在がどれだけ大事だったのかを思い知り、胸を潰すような損失感で心が悲鳴を上げている。
そうしていると昔の思い出が頭に浮かび、あの時の言葉が鼓膜を震わせたように聞こえてきた。
『流れ星にお願いをするとね。願いを叶えてくれるんだよ。』
そんな都合の良い話がある筈が無いとその時は言ったが、気付くと流星群を見上げながら必死に願いを口にしていた。
あの時は俺が愚かだったのだと今なら思え、キララに謝るチャンスを下さいと本気で願っていた
「だからキララが死なない未来を下さい!」
こんな都合の良いお願いなんて神様だって叶えてくれないと分かっている。
だから俺の言葉に返される言葉はなく、光の筋が幾つも見えているけど一つ一つは僅かな時間で見えなくなる。
一般的には同じ願いを同じ流れ星に3度も言わなければならないが、こんなのは1度だって不可能に近い。
それでも俺は必死に願いを呟き、気付くと病院の屋上で眠ってしまっていた。
そして目を覚ますと俺は見覚えのある部屋の床で眠っており、驚きで体を起こした。
しかしまるで自分の体ではないように調子が悪く全身に怠さと痛みを感じる。
まるでインフルエンザにでも掛かったかのようで、動くだけでも辛く思い通りに立ち上がることも出来ない。
すると目の前に黒い制服を着た人物が現れ、俺の頭を撫でながら声を掛けてきた。
「おはようホロ。今日の調子はどうかな?」
「ワウ!」(キララ!!)
「今日は調子が良いみたいだね。でも、もう歳なんだから無理しちゃダメだよ。」
「ワウ!」(何を言ってるんだ!?)
しかし不意に伸ばした手を見て俺は自分の状況に気が付いた。
そこには毛むくじゃらの前足があり、その模様はキララの家で飼っている老犬のホロのものだ。
そして時計を見ると時間は朝の7時30分を指しており、もしこれが今朝の事だとしたら・・・。
「あ、電話だ。・・・うん。なら今日は先に行って待ってるね。・・・うん。遅刻しちゃダメだよ。」
このやり取りは俺が電話の向こうで聞いた会話と一緒のものだ。
それにキララは俺と通う高校の制服を着ており、理由は分からないがこれが今日の朝である事が分かる。
もしかすると俺が見ている都合の良い夢かもしれないが、それでもキララが死んだ姿は二度と見たくはない。
「ワウ!ワウ!」(行くな!キララ!)
「今日はすぐに帰って来るからね。」
「ワウ!ワウ!」(ダメだキララ!今行ったら二度と帰って来れなくなるぞ!!)
しかし起き上がっても動くだけで体中に痛みが走ってしまう。
それでなくてもこの体に慣れていないのにキララを止められる訳がない。
「ダメよホロちゃん。今日は大事な入学式なんだから。」
そして母親である燈子さんに捕まり簡単に抱き上げられてしまう。
そんな俺の頭をキララは優しく撫でて笑顔を向けると扉を開けて出かけて行ってしまった。
「キュ~ン・・・。」(どうしたら良いんだ・・・。)
ここから高校までは歩いて20分の距離にあり、事故が起きるのはその中間付近の交差点だと分かっている。
しかし場所が分かってもここから出られる方法が思い付かず、途方に暮れていた。
「あら、もしかしてトイレかしら。キララも学校に出かけたし、私達も出かける前にお散歩に言っておこうかしらね。」
「ワン!ワン!」(その通りです燈子さん!早く散歩に出かけましょう!)
「今日はやけに元気ね。いつもはもっとぐったりしているのに。」
そして急かしに急かし上げたが、出発したのはキララが出発して5分後の事だった。
既に半分の時間が経過しているので繋がれたリードを引いて燈子さんの足を1歩でも前に早く進ませる。
「ワン!ワン!」(急いでくれ!てかその手を離せ!)
このままでは間に合わない事を悟り、最終手段としてリードを握る手に噛み付いて牙を立てた。
既に歯の殆どを失っているが長い犬歯が1本だけ残っており、それが燈子さんの手にクリティカルヒットを与える。
「イタ!」
その痛みで手が引かれて最後の牙を失ってしまったが、代わりに自由を手に入れると痛む体に鞭を打って走り出した。
その後を燈子さんも追って来るが、サンダルで今の俺に追い付く事は不可能だ。
そして走って3分ほどで前方にキララの背中が見え始めた。
しかし既に事故の起きた交差点の手前まで来ており、向かいからは問題を起こした車が近付いていた。
このままではキララが信号で足を止めて居る時に車が突っ込み、頭をぶつけて死んでしまう。
「ウゥ!」(このままじゃ間に合わない!)
車の速度は早いとは言えないような速度をしている。
しかし赤信号が近付いているのに減速する様子はなく、既に僅かに蛇行運転を始めていた。
「危ないキララ!」
「え?優ちゃん!?」
するとここに来て何故か犬の声ではなく人の声が出た。
それでキララは振り返ってしまい迫っている危険から視線を逸らしてしまう。
(もしかして、あの時も同じ事が起きたのか!そういえば今朝の電話でもホロが何度も吠えていた気がする!)
そうなると俺の行動は余計な事だったのかもしれない。
キララの運動神経は良いとは言えないが、正面から向かって来る車に気付けないような頭の悪い人間ではない。
しかし俺の行動によってキララは後ろから轢かれ、そのせいで死んでしまう事になる。
それはつまり・・・アイツを殺したのはこの俺という事だ!
それでも死ぬなら一緒に・・・。
違う!もう1つだけ方法があるじゃないか!
俺は覚悟を胸に抱くと、悲鳴を上げる体と心臓に喝を入れた。
そして、目の前まで迫った車よりも僅かに早く到着すると・・・。
「どうしてここにホロが居るの!?ちょっと待って!」
「ガウ!」
俺はキララの上半身に飛び付くと制服のボタンを利用して素早くよじ登りその首に体を巻き付け尻尾に噛み付いた。
そして胴体部分で後頭部を覆った直後に車が衝突し、その体がボンネットに乗り上げて頭が勢い良くフロントガラスを強打する。
しかし間に俺が居るので衝撃は小さく、代わりにこちらの体には骨の折れる音が幾つも聞こえてくる。
それでも俺は咥えた尻尾を離す事はなく、キララの体はそのまま車の後方へと滑るように流れて言った。
「ク~ン・・・。」
俺はそこで全ての力を使い果たすと、尻尾を離して横たわった。
それでもキララは医者が言っていた通りに足の怪我をしたようで目に涙を浮かべて蹲っている。
それでも無事な事に変わりは無く、生きている事が凄く嬉しい。
既に体の自由は効かなくなり寒さを感じ始めているが、歩道では燈子さんが必死に救急車を呼んでくれている。
これならきっとキララは無事で居てくれるはずだ。
そして最後に感じたのはキララの暖かい手の感触だったが、俺の意識はそこでブツリと切れてしまった。
きっと命が尽きた事でこの都合の良い夢も終了したのだろう。
俺は五月蠅く鳴り響いているスマホの着信で目を覚ますと、冷え切ってしまった体を動かし電話に出た。
「・・・どうしたの母さん?」
『どうしたのじゃないでしょ!今何処に居るの!?』
そういえばキララの通夜は今日の夜には行われると聞いたのでそれに出席しなかった事を怒っているのだろう。
あの冷たく表情のない顔を見るのは心が磨り潰されるようで辛いが、このままでは二度と見れなくなってしまう。
お別れの言葉も送っていないのに、ここままでは更に後悔が増えるばかりだ。
『キララちゃんまで外に連れ出して!ご両親が心配してるのよ!』
「なんだって?」
『キララちゃんは足を怪我して今日は大事を取って入院してるのに知らないとは言わせないわよ!』
「え?マジで知らないんだけど!」
「ん~優ちゃんうるさい~!」
『やっぱり一緒に居るじゃない!早く病室に戻しなさい!聞いてるの!?』
母さんの声はしっかり聞こえているけど、今の俺の頭は1人の事で埋め尽くされている。
何故か俺の傍には足にギブスを付けたキララが横になっており、ちゃんと息をして寝言まで言っている。
それは俺が星に願った通りの姿で、ここがまだ夢の中としか思えない光景だ。
不安に感じて頬を抓っても目が覚めず、代わりにキララの頬を摘まむと驚いて目を覚ました。
「痛い!痛い!何するんだよ優ちゃん!」
「いや、これが夢かと思って。」
「それなら自分の頬っぺたで試してよ~!」
「・・・。」
「どうしたの?なんだか泣きそうな顔してるよ。」
「・・・何でもない。・・・お前が傍に居るのが嬉しいだけだ。」
「え!何!?もしかしてこのタイミングで告白なの!?ちょっと心の準備くらいさせてよ!」
するとキララは髪を整えて座り直すと凄い嬉しそうな顔で見詰めてきた。
そういえば付き合いが長くて傍に居る事が当然いなっていたので、大切だとか好きとかは言った事が無い。
もしかするとこれは夢の続きかもしれないが、今を逃すと再び後悔をしてしまうかもしれない。
それに次のチャンスがいつ来るかも分からないので空を彩る流れ星に視線を移すと心の中だけでお願いを呟いた。
(俺がキララを幸せに出来ますように。)
そして視線を前に戻すと、キララは俺の事を待ってくれていた。
考えてみるとコイツの事をいつも待たせてばかりだった気がする。
「キララ。」
「はい。」
「大人になったら結婚しよう。」
「はい・・・って!付き合うのを飛び超えて結婚の話になるの!?どうしたの優ちゃん!?やっぱり今日は変だよ!」
「その・・・答えを聞かせてほしいんだけど。」
俺は恥ずかしくて視線を逸らしてしまったが、すぐにキララの手が伸びて無理矢理に前を向かされてしまった。
しかしその視線の先には彼女の顔が目前まで迫っていて、唇に柔らかい感触が伝わってくる。
そして今は視界いっぱいにキララの顔が映し出されており、次第に状況が分かると顔や耳が赤くなって心臓の鼓動が激しく高鳴り始めた。
すると少ししてキララの閉じられた瞳が開いて星空をバックに俺を映し出すと今までの中で最高の笑顔を見せてくれる。
「これが答えじゃダメかな。でも優ちゃんは私で良いの?」
「キララが良い!お前じゃないとダメなんだ!だからもう何処にも行かないでくれ!」
「うん。私はずっと優ちゃんと一緒に居るね。」
「ああ。俺も今度から寝坊はしないから。」
「・・・それはちょっと無理な気がする。」
するとこのムードの中でキララは自然な流れのように俺をディスって来るが、今までの事があるから信じてもらえないのは当たり前だ。
これから少しずつでも改善して5分前行動を心掛けていくしかない。
「でもね。優ちゃんは今日も来てくれてたよ。車に轢かれる前にね、声が聞こえた気がするの。」
「それは・・・。」
「でね、振り向いたらホロが居てね。私を助けてくれたんだよ。でもね・・・代わりにホロがね・・・。」
そう言ってキララは最後まで言えずに泣き出してしまったが、何となく想像は付く。
あの時の事故でアイツはきっと死んでしまったのだ。
夢か真実かは分からないが、もしかすると夢では無かったのかもしれない。
俺は泣いてしがみ付いて来るキララを抱き締めると冷えた体を温めるように泣き止むまで背中を擦ってやる。
その後、俺は母さんから雷と拳骨を落され、キララの両親からは苦笑いを向けられた。
そして先程の事を報告するとしっかりとした頷きと共に了承を貰えた
「私はてっきりとっくに付き合っているのかと思ってたわ。」
「まあ、君の事は昔から知っているし、娘はこんな性格だ。変な男に唆されないようにしっかりと守ってやってくれ。」
「ウチの子も親として言わせてもらうと結構微妙ですけどね。どちらかと言えばキララちゃんの方がずっと良い子よ。家事は出来るし優しくて気立ても良くて美人だし。ウチの子が嫌になったらいつでも言ってね。」
これが実の母親の言う事かと叫びたいが、母さんは俺の事をしっかりと理解しているので否定のしようがない。
これからは改善していくつもりだけど、三日坊主にならないように注意が必要だ。
そして、次の日には検査結果も良好ということでキララは無事に退院する事が出来た。
しかしキララを家に送って中に入ってもホロの姿はなく、いつも寝ていた場所には穴が開いた様な喪失感を感じる。
アイツとは子犬の時からの付き合いでここに来た時には良い遊び相手だったが、意外と居なくなると寂しさを感じる。
キララも言葉にはしないが、視線が何処となく彷徨っているので無意識にホロの事を探しているのだろう。
そんな状態が数日続き、半月ほど過ぎたころのことだ。
「優ちゃん。今日も来てたのね。」
「お邪魔してます燈子さん。」
「私が居ないからってキララに手を出してないでしょうね。」
「だ、出してませんよ。」
「だ、出されてないよ?」
「怪しいわね~。・・・まあ、今日からはお目付け役が帰って来たから大丈夫ね。」
燈子さんはニヤケながら俺を見ているが本当に何もしていないので大丈夫だ。
今は人が見ていない所でキスをするくらいなのでセーフと言っても良いだろう。
そして、微妙な返答をして恥ずかしそうにしていたキララだが、燈子さんの後半の言葉に顔を上げて勢い良く立ち上がった。
「退院できたの!?」
「ええ。もう大丈夫だからって言ってもらえたわ。10歳を過ぎてるから危険な手術だったけど、奇跡が幾つも重なったみたいだってお医者さんも驚いてたわ。」
「え?それってもしかして。」
すると開いている扉を潜り現れたのは俺が死んだと思っていた飼い犬のホロだ。
まだ片足にはギブスを装着し、尻尾は無くなっているけど一目見れば間違えるはずがない。
「なあ、もしかしてキララが落ち込んでたのは無事に帰って来るか分からないからなのか?」
「そうだよ。それにあの夜の流れ星に一生懸命お願いしたの。ホロが無事に家に帰って来ますようにって。」
「私やお父さんもお願いしたのよ。それに獣医師の先生や獣看護師の子達もお願いしてくれたの。」
「他にも知り合いのたくさんの人がお願いしてくれたんだから。それに昔教えてあげたでしょ。流れ星は願いを叶えてくれるんだって。」
「そうだな。本当にその通りだよ。」
「うん!」
キララは帰って来たホロの抱き締めるとその頭を優しく撫でて笑顔を浮かべた。
それにホロも応えて頭を擦り付け、ぎこちない動きで体を寄せている。
もしかするとあの夜に星へと願いを捧げたのは俺だけでは無かったのかもしれない。
主のキララの言葉を信じてこの家で待ち続けていたホロも星を見上げて帰りをずっと待っていたはずだ。
そしてその願いもまたあの夜の流れ星は叶えてくれたと思った方が辻褄が合う。
それに結果や過程はどうあれ、コイツも俺と一緒でキララに帰って来て欲しかったということだ。
いまだにあの時の事が何だったのかは分からないけど1つだけ分かっている事がある。
それは今回の事で泣いた者は1人も居ないという事だ。
俺は遅くなったがあの日の流れ星にお礼の言葉をおくると完全に笑顔を取り戻した輪の中へと加わり喜びを分かち合った。
定番過ぎる内容だったかもしれませんが楽しんで頂けたなら幸いです。