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暗闇 はがれた 

掲載日:2021/05/26

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おお、こー坊。まだ起きていたのか。しかも、菓子なんぞ食べおって、ぶくぶく太るぞ。子供が起きているには、ちょっと遅すぎる時間じゃな。


 ――なに? どうして大人ばかり、夜遅くまで起きていていいのか?


 まあ、理由はいろいろあるが、大きいのは子供の育ちが悪くなる点じゃろな。

 こー坊くらいの歳は、背をはじめとしたいろいろなものが成長する。そしてその育ちは、睡眠によって促されるものじゃ。

 ゆえに小さいころから眠らないと、ちっこいまま。あるいは背は伸びても中身がついてこん。臓器が弱るかもしれんし、脳みそ足りないままになるかもしれん。

 じゃが、じいちゃんが聞いた理由の中には、また不思議なものがいくつかあってな。子供が夜更かしすると、まずいものに出くわす恐れがあるのじゃとか。

 こー坊も、その手の話が好きじゃったと思うからな。聞いてみんか?

 

 

 むかしむかし。とある百姓の子供が夜中にふと、目を覚ましたときのことじゃ。

 間仕切りのない一軒家で、自分の横では父と母が、布団代わりのわらをかぶって寝息を立てている。

 子供はもう一度まぶたを閉じるも、意識はなかなか遠のく気配を見せない。夏が近づいてきているせいか、寝苦しさも増してきて、ついまた目を開いてしまった。

 ごくりと唾を飲み込むと、思わず顔をしかめたくなる痛みが、のどから顔へ広がっていく。とてつもなくのどが渇いているようじゃった。

 

 水を飲もうと体を起こし、玄関横のかまどを振り返ったところで、子供は「おや?」と思う。

 いろりにいつも掛けている、鍋の下。そこにかすかじゃが赤く揺らめく、火の輪郭があったからじゃ。

 当時、火付けにはまだまだ手間がかかった。ゆえに、各家の者は火種を守るべく、火を使わないときは、その上から灰ともみ殻をかぶせていた。すると、その下にある火は半日ほど健在のままでいるという。

 朝と夕方、同じことを行い続けることで何十年、何百年と火を守り続けることができた。

 

 ――あれほどじかに、火をさらし続けていては消えてしまう……!

 

 察した子供は、反射的に遠くのいろりへ手を伸ばしかけるが、その指の影がほんの一瞬火と重なり、またずれたときには、火がすっかり消えてしまったんじゃ。

 大変なことになったと、子供は親を起こし事情を説明する。すぐにいろりのそばが改められたが、灰ともみ殻をどかしたそこには、ちゃんと火種が残っていたらしいんじゃ。

 

 ――自分は何かと見間違えたんだろうか。

 

 親は一度起きてしまったからにはと、すでに朝飯前の仕事の準備を始めてしまっている。子供はもう少し寝ていろといわれ、わらの中へ戻るも、横になりつつ自分の指先が気になって仕方がなかった。

 あのとき、自分は確かにいろりの火がついているのを見たはず。しかし、その証もいまや自分の瞳の中だけ。誰に聞いたところで、同意する声はもらえない。

 

 

 村の田畑は、収穫期を迎えていた。あとは年貢を納め終われば、通例の祭りが待っている。

 担当の村人たちが、数日をかけて領主のもとへ作物を運んでいくかたわら、残ったものは祭りの準備を手伝っていたんじゃ。

 子供は縄を結う仕事を仰せつかっていたものの、昨晩のことから、どうしても「火」に関して敏感になってしまう。

 いくつも燭台が用意され、そのうちの数台には、昼間にもかかわらず火が灯されている。

 いわゆる「おき火」という奴じゃ。何かしらの事情で種火が失われるようなことがあれば、すぐさま対応できるよう、あらかじめ用意しておく火。


 子供は家の中から、窓越しに「おき火」を。目を戻してはいろりを。手を動かしながら、何度も見やっておった。


 ――やはり、おかしい。


 いまは昼間。火をつけなくとも室内には十分な明かりが入り、家の中を見渡す分には問題がないはずじゃった。

 それが、昨晩の火を見たところ。いろりの鍋の下の部分が妙に暗い。あそこの部分だけ、夜が去りそこねているような、黒々とした闇がうずくまっていたんじゃ。

 子供は何度か、その闇に触れようとするも、できなかった。指はおろか、家にあるわらからクワに至るまで、そこへ何度差し入れようとも、闇が動く気配はみじんもなかったんじゃ。

 他の者に家の中を見せて尋ねても、特段おかしいところはないと、口をそろえて答えてくる始末。昨晩の件はみじんも伝えていないのだから、裏で合わせられている線もうすい。


 ――自分の目がおかしいのか?


 ごしごしと腕で目元を拭い、顔を何度も洗っても、やはり自分の視界は回復することはなかったんじゃ。



 二日後の夜。予定していた通り、祭りが催された。

 昨今の祭りに比べればささやかなものだが、人々はこの日のために用意したごちそうを、たらふく腹へ詰め込み、神へ感謝を捧げた。

 かの子供も、去年までならば心置きなく楽しむことができていたもの。それがあの、拭えない闇のことがどうにも頭をちらつき、皆とだべる間も、踊りに加わっている間も、ついつい気をやってしまう。

 他の人とは違う自分。わしらの多くはそのことに憧れながら、そこに「プラスの意味で」という言葉をのぞきがちになる。

 マイナスの意味。すなわち劣ることは、極端に嫌いがちじゃ。この子供に関しても、ほぼ同じ心持じゃったろう。



 そしてぼちぼち、酔いつぶれた者たちが、各家へ運び込まれ出す段になって。

 不意に吹いた強い風が、あちらこちらに置かれた燭台から、盛大に火の粉をまき散らした。人々の視線が、ほぼ一斉に火の粉の舞へと向く。

 火事を恐れておった。ほんの爪先に満たないほどの大きさでも、落ちる個所が悪ければ、木でできた家はたちまち燃え上がってしまうじゃろう。

 子供もそんな皆の動きにならったが、その目に自分の家の姿は映っておらんかった。


 厳密には、隠されたというべきか。

 あの風が吹いたとき、子供も我が家の方を見やった。火の粉は飛ばなかったその代わり、屋根のかやが風にざわついたとたん、あの開けたままの窓からぞわりと、「闇」が染み出してきたんじゃ。

 鍋の下にとどまり続けていた、いかなる光の下でも、見通せない黒。それが屋根や壁の揺れに合わせ、どんどん広がっていったんじゃ。

 ほどなく、家全体ばかりか周囲の家屋さえ闇に隠され、見えなくなっていたものの、周りの誰もその異状に同意してくれる者はいなかったらしい。

 

 その奇妙な症状は、夜が明けてからも同じことだった。玄関さえ隠れてしまった家に対し、入るのに壁へ何度もぶつかり、家の中でもつまずき、転ぶ姿を見て両親もようやく、ことの重さに気がついた。

 他の者に、子供がいう「闇」は見ることができなかったらしい。しかし、子供の目には我が家を包む闇が、時間とともにどんどん広がっていき、半月が過ぎるころには、村の中が完全に塗りつぶされていたらしい。

 範囲の外へ出れば、別人のように安定した足取りで、歩むことができる子供。しかし、自分の見る景色に嫌気が差したのか、彼は大人になってから出稼ぎに行ってな。手紙こそ送れど、二度と故郷の土を踏もうとはしなかったそうなんじゃ。


「あの日、自分は闇の『かさぶた』をはがしてしまった。ゆえにその傷が開き、闇が広がっていってしまったのだろう」


 そう語る彼は、晩年になると仕事を辞し、ひたすら家の中で過ごしたらしい。

 いわく、目をしっかり開いているのに、もう何も見ることができず、苦しいとな。

 そして彼が亡くなった後も、各地で散発的に同じような現象に出会ったという声があがったが、その被害はいずれも、夜中に起きた子供が受けたという。


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