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どうしてこうなった?
あたしは頭を抱えた。
目の前には人気のパティスリーの新作スイーツが所狭しと並べられ、その向こう側にはにこやかに微笑む悪役令嬢、マデリーン=ロッテンマイヤーがどーんと鎮座している。
小春日和の暖かい日で、庭園に用意されたテーブルには庭に咲き乱れている花と同じ模様の花が刺繍されたクロスが掛かっている。
なんでそんな事に気がついたのかと言うと、前にゲームで見たことがあるからだ。
『この庭園に咲くヴィオラと同じ花が刺繍されたクロスを用意しましたの。お気付きになって?これが上流階級の嗜みというものですわ。おーっほっほっほっほっ!』
って、言う高笑いを。
で、あたしはそのセリフを目の前で生で見られるんだと思って楽しみに待っていたんだけど、マデリーンは機嫌良さそうににこにこしてるだけで、高笑いなんて全然してくれそうにない。
そもそも、このお茶会は悪役令嬢のマデリーンとその取り巻きが、主人公であるあたしをよってたかって小馬鹿にするために開催されたお茶会だったはずなのよ!
だから、ほんとならこの場にいるのはあたしとマデリーンとその取り巻きたちだけのはずなのよ!
なのにどうして!?
どうして攻略対象のイケメンくんたちまで全員勢揃いしてるの!?
彼らがいたら、イジメお茶会なんて開催できっこないじゃない!
イジメお茶会が終わらないと、イベントが進まないじゃない!
なにがどうして!?
どうしてこうなったのよーーーーー!?
あたしが、王立魔法学園に入園したのは約半年前のこと。
小さな頃からこの世界に対して薄ぼんやりとした違和感を持ってたんだけど、それがなんなのかはいまいち分からなかった。
10歳になって受けた魔力検査で、自分が珍しい光魔法の属性の持ち主だって分かって、この不思議な感覚の由来はこれだったのかなって思ったんだけど、それもなぜかしっくり来なかった。
ところが、はじめての登園で学園の門を潜った時、あたしの身体を稲妻のように衝撃が走り抜けたの。
なぜなら、この場所は大好きだった乙女ゲーム『ラブマジック☆光の乙女とイケメンパラダイス』の舞台、アメジスト王立魔法学園だって気がついたからよ。
ーあたし、ラブマジの世界に転生したんだ。
そう気がついたら、今までの違和感が全てすとんと腑に落ちた。魔法の存在がいまいち信じられなかったり、なんでランプを灯したり井戸に水を汲みに行ったりしなくちゃいけないんだろうって思ってたのは、前世の記憶がぼんやりと残っていたからだったんだって。
何をするにも不便だしめんどくさいし、毎日の生活がわずらわしくて仕方なかったんだけど、実はここは大好きだったラブマジの世界。
しかも、あたしがヒロインなんだ。
そう気がつくと、世界が一気に薔薇色に輝き出した。
大きくて潤みがちな空色の瞳、さくらんぼのようなぷりぷりの唇、ほんのちょっと興奮しただけでピンクに染まる耳たぶ。
ふわふわとしたストロベリーブロンドの髪の毛は柔らかくてつやつやしてるし、小柄で華奢なわりには出るとこはしっかり出てるし。
自分で言うのもアレだけど、あたしはめちゃくちゃ可愛い。
でも、絶世の美女ってわけじゃない。
例えて言うなら、僕だけが気づいている磨けば光る原石的な可愛さって言うのかな?
でも、磨けば光るって気がついてて狙ってる男はたくさんいますよー的な可愛さなわけよ。
だって、主人公なんだよ?ヒロインなんだよ?
超絶かわいいしモッテモテに決まってる。
前世ではデブスで恋人もできず、乙女ゲームで攻略対象に愛を囁いてもらって満足するだけだったあたしが、今やこの世界のヒロイン!
こんな良いことが我が身に起こるなんて、神さまが本当にいるなら感謝してもしたりないくらい!
そんなこんなで、ドキドキの学園生活が始まったわけなんだけど、そこは勝手知ったるやり込んだ乙女ゲーム。
あたしは次々とイベントをこなして、予定より早い段階で全てのキャラとの友情イベを全部こなしたのよ。
でも、とんとん拍子だったのはそこまでだった。
なぜなら、悪役令嬢であるマデリーン=ロッテンマイヤーのイベントがひとつも発生しなかったから。
なぜか、マデリーンがあたしに全然絡んで来ないのよね。
だから、あたしはマナー違反を咎めさせるために彼女の周りを走り回ってみたり、目の前で大口開けてバカ笑いしたり、挙げ句の果てに上位の公爵令嬢の彼女に向かって「おはよう、マデリーンさま」とか気さくに挨拶してみたりしてみたんだけど、マデリーンったら「あらあらお元気ね」なんて笑うだけで、あたしのことなんか一切眼中にナシ!
昨日なんか先にあたしに気がついたマデリーンが「おはよう、フィオナさま」なーんてにこやかに声をかけてきて、なんかもう普通の同級生って感じの関係みたくなってるし。
こうなったからには、マデリーンに足を引っ掛けられたふりして転んでみたり、自分で教科書破いて誰かに破られたーみたいな顔してみたりしなきゃいけないのかなーとまで思い始めちゃったの。
でもさー、さすがにそんなことやりたくないわけよ。
だってあたしチキンだし、自分でも自覚あるけどめっちゃ頭弱いし。普通に考えたらそんな作戦、うまくいきっこないもん。
だからマデリーンには自発的にあたしのことをいじめてもらわなきゃいけなかったのよ。
そんなわけで、マデリーンからお茶会に招待された私は、思わず舞い上がったの。
キタキタキタキターって感じだったわ。
紅茶をぶっかけられても構わないように、何度も着まくって今じゃすっかりお気に入りから転落したワンピースを着て、『こんな下賤なもの食べられるわけないでしょ!』って罵られて踏みつけられる予定の差し入れクッキーを、お余りの小麦粉とちょっぴりの砂糖を水で練り上げてなんとかそれらしく焼き上げて、意気揚々とお茶会に参加したのよ。
イジメどんと来い! ばっちりいじめられてあげるわよー!
お余りの小麦粉と砂糖を水で無理矢理練り上げたクッキーは、カピカピに乾いて伸びない甘い餅のような感じでした。
不味くはないけど二度目を作ろうとは思わない、そんな味。