2 羽ビンタはめちゃくちゃ痛かったらしい
「……おーきーてー」
「すぴー……」
熟睡している蝶っぽい謎の少女に近付き、得たばかりの人間の腕で軽くゆさゆさと揺すってみる。しかし、全くもって目覚める気配は無い。
「おーきーろー」
「すー……」
今度は力強く揺すってみる。しかし、全くもって目覚める気配は無い。鼻とかいう器官にくっついた鼻ちょうちんが、虚しく揺れるのみだ。
「……起きろっ!!!」
べチンッ!!!羽ビンタ!!!
「ほぎゃんぬ!」
オオムラサキの筋力による強烈な羽ビンタ(人間サイズ)を思いっきり顔面に直撃させられ、やっと蝶っぽい少女は目覚めた。
少女は、寝ぼけまなこを擦りながらゆっくりと起き上がった。……人間っぽい動きへの順応が早くない?
「……ん、だーれ?小さい人間?人間っぽい蝶?」
私の姿を見るなり、少女はそう私に聞いてきた。確かに、サイズ感を把握していない状態でお互いの姿を見たらそう認識するだろう。正解は大きい蝶で、蝶っぽい人間だよ、多分。
「……えっと、まずは自分の身体を見て」
少女の腕を軽く持ち、彼女の目の前に引っ張ってくる。
「ほえ?……これ、私の腕?」
「掴まれている感覚があるのなら、そうだと思うよ」
少女は自身の腕と私の姿を、交互に不思議そうな表情で見つめている。
「多分、私とキミはほぼほぼ似た姿になっていると思う。自分の姿が見られないから分かんないけど。……さて、キミのすぐ近くに横並びに倒れていて、同じような姿と羽を持っていた私は、一体誰だと思う?」
ちょっと悪戯を仕掛けるつもりで、少女の答えを促した。……少し、意地悪な問題だったかな?
少女は、しばし呆けた面をした。そして、答えに気付いた後はみるみる目を見開いていった。
「……もしかして、タテハっ!?」
「当たりー。やっぱり、キミがコムラだったんだね」
「タテハぁ〜〜〜〜っっっっ!!!!!!」
私がタテハと知るや否や、間髪入れず私に抱きついてきたコムラ。
「わっ!……もー、しょーがないなー!」
そう言って私もコムラを抱きしめ返す。呆れたような物言いをしつつも、ついつい口角が上がってしまう。
腕が人間のものになった事で、しっかりと抱きしめる事が出来るようになっている。
「本当に、また生まれ変わってもずっと一緒にいられるんだ……っ!嬉しいっ……!」
コムラは喜びのあまり、涙を流している。コムラの抱きしめる力が、一層強くなる。
「……ちょ、痛い痛い痛い!ストップストップ!」
★★★★★★★★★★★
「ぜー、ぜー……や、やっと解放された……き、筋力もそのまんまかあ……」
「ご、ごめん……」
全力のホールドからようやく解放され、必死に口呼吸で酸素を取り入れる。危うく、生き返った直後に再びすぐ死ぬところだった。
気門と気管による呼吸ではなく、口・鼻と肺による呼吸であるのが不思議な感覚だ。
「えっと……まず状況を整理しよっか?」
「そうだね、タテハ……」
今の私達は、体格から体の構造まで何もかもが変わってしまっているのだ。己の状況や身体能力を確認しなければ動くに動けない。
「えっと……私達の体は、なんでだか分からないけど人間っぽい体になっている。でも、羽と触覚はそのまま」
「足……今は、腕と足かな?これも6本あるよね」
蝶だった頃の身体とは全然違うけれど、完全に人間のそれという訳でもない。どっちつかずの状態だ。
「羽化した時みたいだね!」
「た、確かに構造の変わり具合はそんな感じだけど……明らかにサイズ感がおかしいじゃん!?」
身体の構造の変化は、それこそ幼虫→サナギ→成虫という大変身を経験しているため、一応何とか事態を飲み込めた……が、それを除いても、死んだと思ったら何故だか超絶巨大化、というとびきりの異常事態がある。
重力のかかり方や空気抵抗の軽さなど、こちらの違和感も半端ではない。
「あと、なぜか人間の言葉が話せて、知識もある程度ある……というか、知能も明らかに上がってる」
私とコムラは、何故だか人間の言葉で会話が出来ている。
というより、意思疎通をしようとした時に無意識的に取った手段が、「日本語を話して会話する」、だったのだ。
無意識のレベルから思考法が人間のそれに切り替わっている事も、実際に会話に必要な語彙を既に習得していた事も、この言語が「日本語」という分類を持つ言語だという知識がある事も……何だか不気味だ。
「変わった事もあるもんだよね〜」
「軽く流しすぎじゃない!?怖っ!?」
コムラは幼虫の頃からすっごく能天気だった。なので、私が付いてないと危なっかしくて見ていられない。なんか、この姿になっても私がいないと危なそうな気がする……気をつけなきゃなあ……
「……あ、そうだ!タテハ、この体、すっごく視力がいい!あと、耳もいい!」
「……確かに……」
視野が狭い事にばかり気を取られていたけど、視界の明瞭さは複眼とは比べ物にならないほど上昇している。体の大きさの変化にすぐ気が付けたのもこれのお陰だ。
距離感も、非常に把握しやすくなっている。正面視野も、悪い事ばかりではないようだ。
「あとね!さっき気が付いたんだけど、一番前の足も動くようになってるよ!」
「え?……うわ!ほんとだ!」
コムラが4本腕の上側の両腕を前に突き出して手の平を開閉してみせたので、私の上側の腕も動かそうとしてみると……何と、あっさりとその両腕が動いた。
そう。オオムラサキの6本足のうち、一番前の一対の足は退化していて使えないようになっている。しかし、私達の足(腕)は6本とも全て動くようになっていた。
思い返してみれば、私は前足が使えない物だと思い込んでいて中足でしか抱き返していなかったが、コムラは4本の腕をフルに使って抱き付いてきていた。
「思わぬ収穫だね……」
多分、コムラは細かい事を気にしないため、この部位は動かせないと思い込む事なく自然に動かす事が出来たのだろう。コムラの大雑把過ぎる性格も、たまには役に立つものだ。
……人間は6本足という訳でもないのに、関係ないはずの前足の機能も拡張されているのはよく分からないが……
「よっと……おっとと」
「あっ、立ってみるの?」
「うん、ずっと座ってるわけにもいかないし……わっ、危な……」
前足が動くようになったところで、新しくなった後ろ足を使っての起立に挑戦してみる。先程までは、ずっと座り込んだ姿勢で会話をしていたのだが……移動能力も確認しなくてはならない。
ちょうちょ史上初、二足歩行に挑戦!
「け、結構バランス難しっ……というか、ふ、腹部がなくて転bほげえ!!!」
ドシャ〜ン!!!!!
慣れていない体では受け身も取れず、盛大な大地へのキスをする事となった。お、思ったよりも痛い……!
「だ……大丈夫……?タテハ……」
私が付いてないと(キリッ……)って言った直後にこれだよ。ちくせう。恥ずかし!
自分自身の重量が大きく増していて空気抵抗が十分でなかった事に加え、巨大化した体格に対して草むらのサイズ感はあまりに相対的に小さすぎた。結果、衝撃吸収性能がほとんど発揮されずにダイレクトなダメージを受ける羽目になってしまった。
「土の味する〜」
「樹液によく混じってたよね……って、そんな事言ってる場合じゃないよ!?!?ホントに大丈夫!?!?」
転んだ原因は、大体分かった。歩行方式の大変化も、かなり大きいが……それよりも、後ろ足よりも後方に存在する長大な部位……腹部を私達は失った事により、重心が大きく移動していてバランスを取るのが困難になっていた。
二足歩行など、夢のまた夢という段階であった……
「はい。これからは、みじめに大地を這って生きていこうと、そう思いました」
「諦めが早いよ!?」
「冗談だよ。どの道、四足歩行向きの体じゃないし……物に掴まって歩く練習を繰り返せば、その内に支え無しでも歩けるようになるとは思う。でも……」
「……でも?」
「ころぶのこわい……」
「あ、あはは……」
歩行練習は、いったん凍結しよう……
「……よし!タテハ!最後に、飛べるかどうか試そうよ!」
「やだ……落っこちるのこわい……」
「落っこちるのを怖がる蝶初めて見たよ!?」
揚力なし・空気抵抗ほぼなしで垂直落下し地面に激突するという、ちょうちょ的には未曾有の体験がタテハのちょっとしたトラウマになってしまっていた……
「羽を振って風を起こす所だけ試そうよ!飛んでみるのは、その後でもいいからさ!」
「まあ、それなら……」
流石に、まともな移動手段を一つは確保しておきたいもんね……いくらなんでも、木々をつたって恐る恐る歩くだけでは移動速度が遅過ぎる。
★★★★★★★★★★★
「準備出来た?タテハ」
「大丈夫。そっちは?」
「私もだいじょーぶ!」
手ごろなエノキに掴まって立ち、後ろ向きに風を起こす準備をする。コムラは、同じエノキの反対側に掴まっている。これで、羽ばたきでバランスを崩す事はない。
「じゃあ、せーので行こっか!」
「了解」
「「3、2、1……せーのっ!」」
バサバサバサバサ!!!
バキバキバキバキ!!!
「……バキバキ?」
メリメリメリメリ、ドシャーン!!!
「「え……」」
二匹が羽ばたいた刹那、その体長の倍以上もある巨大な羽が爆風を生んだ。少女のひ弱そうな胸筋のどこから出たのか全くもって不可解な馬鹿力によって振るわれた羽は、秒間20往復という蝶時代を大きく上回るスピードで羽ばたいた。
先端速度じつにマッハ0.5、3メートル大の巨大な羽の羽ばたきによる爆風を持続的に受け続けた付近の木々は……当然耐えきれず、根を強く張っていた一部の木々を除いて軒並み倒れていった。
爆風でめくれ上がり土壌があらわになった大地と、枝葉をごっそり毟り取られたごく僅かな哀れな生き残りの木々だけがそこに残っていた。あと二匹から押された事で奇跡的に加わる力が釣り合った幸運なエノキ。
倒れて吹き飛んだ木々が周囲の木々に直撃し、あたり一帯の雑木林は完全に倒壊していた。
「「……クヌギおじーちゃあああああああああああん!!!」」
二匹が縄張りとして支配下に置き、樹液を啜っていたお世話になったクヌギも見事に根元からポッキリへし折れていた。
「「クヌギおじーちゃあああああああああああん!!!」」
二匹の蝶少女の悲鳴が雑木林に木霊していった。
少しでも『面白い』『続きが気になる』、『更新早くしろ』『エタるんじゃねえぞ……』と思っていただけたら、
この小説を『ブックマークに追加』したり、このページの下部にある評価欄【☆☆☆☆☆】から『評価ポイント』を入れていただけたりすると、飛び上がって喜びます。
ぜひ、ブックマークして、追いかけてくださいますと幸いです。