1 人間の手って他の生き物から見たら意外とキモいよね、でもいきなり暴言はひどいと思うよタテハちゃん!
「私達、そろそろ死ぬんだね……」
ある8月の蒸し暑い夏の日。
とある雑木林の奥底で、寿命を迎えた二匹のオオムラサキが、力なく草地に横たわっていた。
「あはは。でも、私達って、結構長く生きたほうじゃない?」
そう力なく返事を返すのは、幼虫の頃からずっと一緒にいた、幼馴染で大親友のコムラだ。樹液を探すのも、スズメバチを追い払うのも、縄張り争いをする時だって、ずっと一緒だった。
……一度だけ、喧嘩したこともある。自慢の羽を傷付けられたのは、後にも先にもコムラとの喧嘩の時だけだ。
「成虫になってから、三十回も朝陽が昇るのを見れたんだもんね」
オオムラサキは、蝶としては比較的長命な方の種類だった。十日足らずで死んでしまうような蝶も多いのに比べれば、随分長生きした方だろう。これ以上寿命の長い蝶は、寿命の大半を寝て過ごさなければならない種類がほとんどだ。
「樹液探しも、縄張り争いも。……今になって考えれば、すっごく楽しかったよね、タテハ」
「……そうだね」
私達は、オオムラサキとして生を受けたおかげで、とても強い翅の力も手に入れる事が出来た。大きく、丈夫で、力強く、美しい、私達の自慢の羽。これで相手を威嚇したり、叩きつけたり、吹き飛ばしたり、体当たりしたりして戦うのだ。
スズメバチにも、カブトやクワガタにだって負けやしない。クモの巣だって引きちぎれる。力と体格の両方に恵まれた私達は、まさしく森の王者だった。
……こんなに恵まれた蝶生に文句を言おうものなら、他の蝶達からは大ブーイングを受けるだろう。それほど、私達は強い蝶だったのだ。
「……ねえ、タテハ」
「……なあに?」
いつもお転婆だったコムラは、見る影もなく弱りきっていた。私自身も、もう羽を動かす力すら失っていた。いよいよ寿命が尽きるのだという実感が、否応なしに襲い掛かってきていた。
「……タテハ、私、寂しいから……触覚、繋いでても……いい……?」
そう言うと、コムラは弱々しく触覚をこちらに伸ばしてきた。もう、動く力すらなくなってしまったらしい。
「……いいよ」
私は、死に瀕している重い身体を引きずって、触覚が届く所までコムラに近付いた。残り少ない寿命が削れていくのが分かったが、知ったことか。
触覚の先を触れ合わせ、お互いの存在を確かめあう。
「……えへへ。ありがと」
「……私も、寂しかったし……」
「……タテハ。もし、私達が、生まれ変わっても……また、ずっと、一緒に居たいね」
「……私も、コムラと、ずっと一緒に居たい……」
「……えへへ」
「……あはは」
……こうして、二匹の蝶は、触覚を触れ合わせたまま、人知れずその長くて短い寿命を終えた。
『小さく、弱く、儚く、愚かな虫の身でありながら、なんと素晴らしい友愛なのでしょうか。どうか、この、健気で心優しい愛の者たちに、願わくば新たなる祝福を……』
★★★★★★★★★★★
「……う、うぅん……」
……意識がゆっくりと覚醒してきて、大地の冷たい感触が戻ってきた。……あれ?私達、さっき死んだはずじゃあ……
「……うー、うん……?……わっ、眩しっ!……」
何も見えなくなっていたのでそっと目蓋を開いたら、思わず眩しくて飛び上がってしまった。……あれ、目蓋……?そんなもの、私達にあったっけ……?
というか、身体の感覚も何だかおかしい。なぜ、私は、仰向けに飛び上がる事が出来たのだろうか……?
……その答えは、眩しさで白飛びしていた私の視界がハッキリし始めるのと同時に明らかになった。
「……何、これ?」
眩しさで反射的に顔を覆っていたため、最初に視界に映るのは自分自身の手となることになった。
そこに映っていたものは、肌色で、無毛で、平べったく、五本の指がある、いつも大怪獣のように思っていた、どこからどう見ても正真正銘、100%間違いない、完璧純然たる人間の手の平が映っていた。
「……キモーーーーーーーッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
★★★★★★★★★★★
「え、何!?何これーっ!?」
自身のつるつるの手に驚いたのも束の間、伸ばした足も視界に入って再びびっくり仰天する。勿論、その足も人間のほぼつるつるの足そのものだった。
「……き、き、気持ちわるぅー!!!」
自分の身体がどうやらこれっぽい、という事も忘れて私は散々に目に映ったそれを罵倒する。
いや、だって仕方ないじゃん……誰だって体表も体の構造も丸っきり別の生き物になったら気持ち悪いよ……
閑話休題。
「……よく見たら、森の木もすっごく小さく見える……」
少し落ち着いてきて、視界に入る木々が依然と比べてかなり小さく感じることに気が付いた。
勿論、自身の体長よりは当然大きくは感じるのだが……かつてのように、葉っぱ一枚ですら己の両翼に匹敵する、という事は無くなった。地面の草むらに至っては、自身の体長よりも遥かに高かったというのに、今や足の太さぐらいまで小さくなってしまっていた。
「やっぱり、この体……人間の、体だよね……」
つるつるで柔らかい、肌色の腕と足を見てそれを再確認する。こんな特徴的な体表の持ち主は、私が知る限り人間しかいない。体の大きさから考えても、自分の身体が人間のようになってしまったと考えるしかない。何故だか知らないけど人間の言葉も喋れてるし……
足から視線を外し、自身の下半身に視線を向かわせる。
「……なんで、『服』着てるんだろ?」
不思議な事に、死ぬ時も当然裸だった(ほとんどの虫は裸だ。)はずの私は、羽のような斑点模様のあしらわれたヒラヒラした『服』を着ていた。
これが人間が身に纏う繊維だという事は知っていたのだが、どうして私がそれを着ているのかが分からない。……探すのが面倒そうなので、あって困る訳ではないのだけれど。後から知ったのだが、これはワンピースと呼ばれる種類の服だったようだ。
「羽は……あるっぽい」
背中にすこし力を入れると、ゆっくり羽を開閉して風が起こる事が確認できた。視野が狭いので見る事は出来ないが。蝶時代の広い視野と比べると、強烈な違和感を感じる。人間の目は、頭部のほぼ正面に付いているからだ。
「触覚も……ある」
こっちは、直接目の前に垂らして確認する事が出来た。目のすぐそばからではなく、頭頂部あたりから生えているようだ。
まあ、目と一緒に前方に移動されていたら感覚器官が正面しかカバーできなくなっていたので、こっちは違和感よりもほっとする感情が勝った。
「腕は……4本、足と合わせて6本」
人間の腕は、2本しかなかったはずだ。蝶だった時の足の数6本が、そのまま維持されている。人間に元々存在しない器官である羽と触覚が生えただけ、という訳ではないのかな……?
「う、うーん……」
「うひゃっ!?」
私の横たわっている場所の左側から突然声がして、私は思わずそちら側に思いっきり振り向いた。……というか、首や身体をかなりひねれる事にも今気が付いた。気持ちわる!
「うーん、うるさーい……すぴー……」
そこには、こげ茶色に黄色と赤のメッシュが入った、メスのオオムラサキの羽のカラーリングそのまんまの髪を持ち、オオムラサキの羽をそのまま体長の倍以上、3メートル大にまで大きくしたような巨大な羽が生え、その羽に見劣りせぬ長い触覚を持ち、何より4本の腕を持つ、幼い人間の少女に似た何者かが倒れ……というか寝ていた。
死ぬ直前のコムラに、そっくりな体勢で。
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