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第二章 7


「――アンナローザか」

「は、はい!」


 急ぎ返事をしたものの、アンナは震えが止まらない。


(もしかしたらここ、魔王陛下しか入ってはいけない所だった⁉)


 立ち上がろうにも緊張で動けない。すると魔王はアンナのいる窓辺に近寄ると、少し距離を空けて隣に座った。逃げられない、とアンナはこくりと息を吞む。

 だが魔王から投げかけられた言葉は、実に意外なものだった。


「――眠れないのか」

「え、……」

「気が合うな。私もだ」


 そう言うと魔王は、あろうことか眼を眇め、アンナに向かって微笑んだ。

 真正面からそれを見たアンナは、しばらくきょとんと瞬いていたが、急に恥ずかしくなり顔を伏せる。


(い、いま、……笑った……?)


 勇気を出して、そろそろと視線を上げる。魔王は少し振り向くようにして、窓の外の景色を眺めており、その横顔にアンナは目を奪われた。

 濃艶な黒髪は真っ直ぐに耳の傍を流れており、伏せがちな長い睫毛が頬に影を落とす。通った鼻筋は高く、薄い唇は綺麗に結ばれていた。静かに空を眺める瞳は黒々とし、まるで純粋な夜を封じ込めたかのようだ。

 鏡に映る自分の顔に慣れ、優れた顔面を持つ四天王とも接することで、ようやく美しさに対する耐性がついてきたと自負していたアンナでさえも、魔王のそれはもはや別次元のものに思える。

 その端麗な容姿に見惚れていたアンナだったが、やがてそっと口を開いた。


「陛下、あの……魔族は、人間と生きていくことは出来ないのでしょうか」

「……」

「べ、別に、人の味方をしたいとかではないんですが、その……また、今日のようにたくさんの人が傷つくのかと思うと……」


 アンナの言葉を黙って聞いていた魔王だったが、体の前で両手を組むと、何かを考えるように目を瞑った。やがて張りのある低音が返って来る。


「――人間は魔族を恐れている。それゆえに、無意味に殺戮する」

「……」

「私も無駄に血を流したいわけではない。だがこの国を、――同胞を守るためには仕方がないのだ」


 アンナはその答えに、反論することが出来なかった。落ち込んでしまったアンナに、魔王はそっと視線を向けていたが、ふと苦笑を浮かべる。


「お前は……少し変わったな」

「え……?」

「以前のお前は――大の人間嫌いで、何かがあればすぐに殺せと騒いでいたが」


 散々聞かされてきた物言いに、アンナは心臓が大きく拍打つのが分かった。


「あ、あの、それは……」

「秘術の後遺症なのだろう? 気にすることはない」


 その言葉に、アンナは心の中で安堵のため息をつく。思わず弛んだ顔を上げると、こちらを見つめていた魔王と目が合ってしまった。

 頬に朱を走らせ、すぐに視線をずらしたアンナだったが、どうしたことか魔王の注目は向いたままだ。


「あの、……陛下……?」

「――今のお前の隣は、何だか心地がいい」


 すると魔王は、アンナの腰に手を伸ばし、そのまま自身の腕の中に抱き寄せた。

 突然の行動に驚いたアンナは、しどろもどろになりながら必死に尋ねる。


「へ、陛下⁉ な、何をなさって……」

「何を、とは」

「だ、だって、腰に、手が、距離も近い、ですし」


 首から上を真っ赤に変貌させたアンナに対し、魔王はわずかに首を傾けると、平然とした口調で続けた。


「自分の婚約者を抱くのに、理由が必要か?」

「――ッ⁉」

(こ、婚約者ー⁉)


 アンナは赤くなった顔を、一瞬にして青くした。






 結局アンナは限界を超えてしまい、魔王の恩情で、その場は何とか解放してもらうことが出来た。

 翌日、開口一番にイアンに問いただすと、あっけらかんと認める。


「確かに、アンナローザ様と陛下には婚約の話がございます」

「……嘘……」

「ただあくまでも、両家の間だけで交わされている密約ですので、まだ正式という訳ではございませんし、公にもされておりません。ですがアンナローザ様は大層乗り気で、絶対に陛下から、プロポーズしていただくのだと息巻いておられました」

「……」

「仮にとは言え婚約者だと騒ぎ立て、付きまとい……一時は陛下から疎まれていた時期もありましたが……もしや、正式に陛下から求婚されたのですか?」

「ち、違います!」


 何故か拳を握りしめているイアンを前に、アンナは全力で首を振る。


(こ、婚約者って、……相手は魔族で、しかもその王様で、……おまけに、付きまとっていたって何⁉)


 頭を抱えて当惑しているとふとした拍子に、昨夜の恥ずかしい思い出がまざまざと蘇ってくる。それを振り払うように、アンナは一人苦悶の声をあげた。



 

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