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第二章 4


 このまま進軍を続ければ、勇者率いる人間たちの命が危ない。そう考えたアンナは自室に戻ると、再びワードローブを広げていた。煌めく革のドレスたちから目を背けつつ、地味で目立たない服はないかと探す。


(危険だってことを、なんとか事前に知らせないと……)


 すると騒がしさを聞きつけたイアンが姿を現し、はてと首をかしげている。


「アンナローザ様? どうされましたか」

「あ、ええと、……人間たちが襲って来ているというから、その、近くの村に様子を見に行こうと思って! でもこんな格好だと目立ってしまうから、何かないかなーっと」


 イアンは黙したまま、取り乱すアンナを見つめていた。白々しかったかしら、と視線を泳がせるアンナだったが、やがてイアンがにっこりと微笑んだ。


「素晴らしい。まだ蘇られて日も浅いというのに、献身的に魔王陛下に尽くすその姿勢……このイアン、精一杯尽力させていただきます」


 そう言うとイアンはその場に跪くと、何事か呪文のようなものを唱え始める。するとアンナの足元に円形の紋様が浮かび上がった。見たことも無い文字や記号が並んでおり、絨毯の上だというのに白く発光している。


「え、なに、これ――」


 次の瞬間、魔法陣が浮かび上がり、アンナの全身は白い光に包まれた。天井に向かって消えたそれを目で追っていたアンナだったが、顔を下ろして鏡台に映る自身を見る。


 そこにいたのは、人間の姿そのままのアンナだった。

 もちろんアンナローザの体型や美貌は維持されたままだ。だが目立つ白銀の髪はただの茶色になり、ガーネットのような赤い瞳は平凡な緑色に変化していた。服も村の女性が着るようなシンプルなもので、これならアンナが魔族だと気づかれることもないだろう。


「アンナローザ様の外見は目立ちますからね。万一人間と遭遇した場合でも、気づかれることはないでしょう」

「す、すごい! ありがとうございます!」

「いえこの程度、執事なら出来て当然のことでございます」


 ふふ、と微笑みを絶やさないまま、イアンは「ついでに村までの道を繋げておきました」と、先ほどと似たような魔法陣を敷いた。

 未知の力を前に少し怖くなったアンナだったが、ここで恐れていては中身が人間であると気取られてしまうかも知れない、と勇気を出して円に向かって足を踏み出す。途端にふわりと青い光が立ちのぼり、移動の術式が稼働した。


「あの、色々とすみません。ここまでしていただいて……」

「我々執事は、主の役に立てることが本望ですから。……ですからどうか、私なぞに敬語をお使いにならないでください」

「そ、そう、ですよね」


 言われてみれば、自分の従者相手に敬語を使う主人はいなかろう。しまった、と思いつつアンナがイアンを覗き見ると、彼は光の向こうで頬を薔薇色に染め、恍惚とした表情を浮かべていた。


「はい。出来れば以前のように――『この豚、愚図、早くしなさいよ!』と」

「……」


 茫然とするアンナの心だけを残し、体は目的地である村へと瞬時に飛び立った。







(なんか最後に、とんでもない発言を聞いたような……)


 気を取り直して、アンナは村へと続く道を歩き始めた。すぐに数軒の住居が見え始め、広場で騒ぐ子どもたちの姿が目に飛び込んでくる。

 獣人の村と聞いていた通り、村人たちは皆獣の耳や尻尾を持っていた。トラッドのように獣の頭をしていたり、アンナたちのような人間の容姿に、犬のような耳が生えていたりと、外見は様々なようだ。

 やがて一人の子どもが突然走り出した。その先には両親だろうか、男性と女性らしき魔族の姿があり、子どもは嬉しそうに二人の間に入るとそれぞれの手を握る。

 その光景を見て、アンナは思わず生前の家族を思い出していた。


(お父さん、お母さん……元気にしてるかな……)


 結局花嫁姿も、孫を見せることも出来ずにアンナは死んでしまった。おまけに魔族の体で生き返ったなどと知ったら、きっと卒倒してしまうことだろう。

 アンナははあと切なげに息を零すと、そっと村に背を向けた。





(たしか、こっちの方角に……)


 村から少し南に下りた先に深い森があった。先ほどの会議で見た光景によると、この付近に討伐軍が野営地を張っていたはずだ。鬱蒼と茂る野草や入り組んだ倒木、わずかに流れている小川などを乗り越えながら、アンナは人間たちの姿を探す。


(とりあえず誰かに、これ以上進んだら危険だと伝えないと……)


 ぱきり、と枯れた枝を踏む。するとその音に反応したのか、アンナの背後から嫌な唸り声が響いてきた。ぐるる、と喉を鳴らすその音に、アンナはその場から動けなくなる。どうやら人間よりも先に、野生の獣に見つかってしまったようだ。


(どうしよう、狼か、猪か……)


 不意に動いて、相手から襲われたらひとたまりもない。アンナは息を限界まで細くし、相手を刺激しないよう気を付けながら、体の向きを変えようと試みる。だが後ろを向くともいかないところで、突如ギャン、と短い鳴き声が上がった。

 思わず振り返ると、茂みの向こうで大きな獣が走り去っていくのが確認できた。と同時に、武器を構えて立つ青年の姿に目を奪われる。

 背は高く、暗い茶色の髪。鍛えられた手足には防具があり、青年はアンナの姿を見つけると慌てたように叫んだ。


「君、大丈夫⁉」

「あ、は、はい!」


 がさがさと腰丈ほどの茂みを乗り越えて、青年はすぐにアンナの元へと近づいてきた。改めて顔を見ると、人間にしては珍しい深紫色の目をしており、アンナは思わず見惚れてしまう。だがすぐに思い出したかのようにアンナは頭を下げた。


「す、すみません! 助けてくださりありがとうございました!」

「早く気づけて良かった。このあたりは狼が多いからさ」


 はは、と朗らかに笑う青年を前に、アンナは再度胸を撫でおろした。体は魔族のものとはいえ、今のアンナは何の力も使うことが出来ない。

 良かった、と安堵するアンナだったが、青年の手に深い傷が走っており、赤い血が滴っているのに気づく。


「あの、手に怪我を」

「ん? ああ、気にしなくていいよ。すぐに治るし」

「そ、そういう訳にはいきません!」


 ちょっと待っていてください、と言うと、アンナは急いで先ほどの小川へと戻った。両手で水をすくうと急ぎ戻り、青年の傷を洗い流す。次に着ていた服の裾を破くと、殺菌作用のある葉を挟んできつく傷口を縛った。

 その手際を驚くように見つめていた青年だったが、きちんと処置された手を掲げ見て、わあと嬉しそうに口を綻ばせる。


「……ありがとう。手慣れているんだね」

「わたしも昔大けがをしたことがあって、……その時にお父さんからこのやり方を教わったんです」

「そうなんだ。……うん、嬉しい」


 照れたように笑う青年に、アンナもつられたように顔を赤くする。この人なら大丈夫かも知れない、とアンナは恐る恐る尋ねた。


「あの、もしかして魔王討伐軍の方ですか?」

「うん。一応『勇者』をしてる」

(ゆ、勇者ーッ⁉)


 まさかの大当たりである。

 人間側のリーダーというからには、どれだけ屈強な兵士か、はたまた武骨な戦士かと思っていたが、目の前にいる彼からはそんな迫力は感じられなかった。

 たしかによく鍛えてはいるのだろう、がっしりとした体つきや、重なり合った傷痕は『勇者』の肩書にふさわしい。だが討伐軍のリーダーとして、魔族を忌み嫌い、殺したいと切望しているような恐ろしい空気は感じられなかった。


(こんな優しそうな人が勇者だなんて……でもこれなら、進軍を止めてもらえるかも!)


 アンナは先ほどの獣人の親子を思い出し、少しだけ呼吸を落ち着ける。


「あの勇者さま、お願いがあります! その、事情は言えないんですけど、……魔族たちがすごく怒っていて、このまま侵攻を続けていたら、みんな殺されてしまうかも知れないんです」

「……? えっと、それはどういう」

「と、とにかく! これ以上来てはダメなんです。お願いですから、何もせずに帰ってもらえませんか?」


 アンナのその言葉が本気だと察したのか、青年は何かを考えるように口をつぐんでいた。

 祈るような気持ちで青年を見つめていたアンナだったが、ふと違和感を覚えて視線を落とす。するとあろうことか、先ほどちぎった服の端がかすかに光を持ち始めていた。


(ど、どうしよう! 変装が……)


 破いたことで魔法の効果が切れ始めたのだろうか、薄汚れていた生地が少しずつ元の上質な羊毛に戻って行く。肩にかかっていた髪の端も白くなり始めたことに気づき、アンナは慌てて立ち上がった。


「そういうことなので、どうか! お願いします!」

「ま、待って! 君は一体――」

「ごめんなさい!」


 そう言うとアンナは青年を残し、脱兎の勢いでその場を立ち去った。嵐のようなその勢いに、青年は藪の奥を一人ぽかんと見つめるばかりだった。



 

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