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第三章 9


 翌日、イザークとどんな顔を合わせたらいいのか、と陰鬱な気分で食堂に赴いたアンナだったが、到着してすぐに料理長から声をかけられた。

 どうやらイザークから「しばらく忙しくなるから、昼食は運ばなくていい」という指示があったらしく、アンナは心の底から安堵する。


(申し訳ないけれど、もう会わない方がいいかもしれない……)


 昨日ですら、あれだけイザークにされるがままだったのだ。これ以上彼と親しくなって、魔族だとばれてしまえば、今までの苦労が水の泡だ。


(今のわたしがしないといけないのは、討伐軍を止めて、魔族に対する誤解を解くこと……)


 だがアンナは、再び深いため息を零した。

 魔族と人間の作られた対立……それを証明するはずだった、過去の書物は既に回収されてしまっていた。かといって他の証拠を探している時間はない。


(……そもそもどうして、あの部屋にあったのかしら?)


 もしあの本の存在を知っていれば、件の文官だって、よそ者のアンナに掃除など依頼しなかったはずだ。つまり文官自身も、あの本が倉庫にあると知らなかったことになる。

 確かに管理の行き届いていない部屋だとは思ったが、国ぐるみの偽装をするのに、そんな中途半端なことをするだろうか。

 しかし悩んでいても、時間は待ってくれない。


(――仕方ない。当初の予定通り、まずは討伐軍を止めることに専念しよう!)


 ひとしきり考えを整理したアンナは、来たるべき日に備えて、まずは――食堂の手伝いに精を出すのだった。






 そしていよいよ、議会の日が訪れた。

 先輩書記官らの仕事を補佐しながら、アンナはこっそりと内部の様子を探る。煌びやかな装飾の議会場には、二十人ほどが着座できる大理石のテーブルが置かれ、艶やかに磨かれたマホガニー材の椅子がずらりと揃っていた。どれをとっても一級品だ。


(あれが、大臣たち……)


 ゆっくりと順に着座していく文官たちの中に、一際目立つ三人がいた。皆一様に恰幅がよく、宝石をあしらった派手な装いだ。彼らは仲良く談笑しながら、上座にあたる席へと腰を下ろした。やがて全員が揃うと、アンナたち下位の書記官は外へと閉め出される。

 すると隣にいた先輩書記官が、やれやれと息をついた。


「まったく。会議といっても、ただ話をするだけなのにな」

「そうなんですか?」

「おおよそは既に決定していることばかりだよ。ただ最終的な確認は大臣に取らないといけないから、形式的にって感じだな」

「そ、そうなんですね……」

「まあ、本当に大切なのは、この後のパーティーだし」


 パーティー? とアンナが首を傾げていると、先輩書記官がああ、と教えてくれる。


「会議が終わった後、夜にパーティーを開くんだよ。貴族同士の交流や懇親が目的で、一種の社交場的なもんだ」

「そ、それって、わたしたちも参加できますか⁉」

「参加というか、雑用だな。給仕とか、片付けとか」


 その言葉に、アンナは思わず拳を握り締めそうになった。 


(ここで上手く取り入ることが出来れば……!)


 待ちに待った、大臣たちと接触できるチャンスだ。

 隣に立つ先輩からの「でさ、今度の休みなんだけど、アンナちゃん良かったら……」という誘いを綺麗に聞き流しながら、アンナは運命の夜へと気合を入れなおすのであった。




――そして、パーティーは始まった。


 国王陛下はいつも通り、療養中のため欠席とのことだったが、大臣たちをはじめ、各部署の文官や上級書記官、騎士団の幹部にそれぞれの配偶者といった、名だたる貴族が集っていた。きらきらとした会場やドレスの様子に、アンナは思わず目を奪われる。

 だがすぐに料理長から呼びつけられ、大きな皿を手渡された。


「これ、真ん中に持って行って!」

「は、はい!」


 雑用、と言われていたように、アンナたちの仕事は実に多岐にわたった。大皿の肉料理を中央のテーブルへと運んでいると、客の一人に「飲み物は?」と呼びつけられる。アンナは近くのグラスをいくつか盆にのせると、急ぎそちらへ駆け寄った。


「お待たせいたしました」

「うん、ありが……きみ、ここのメイド?」

「い、いえ、書記官の見習いで、お手伝いを」

「ふうん……ねえ、良かったら少し話を」

「ご、ごめんなさい! 仕事がありますので!」


 人が多い分、どこで魔族だと気づかれるか分からない。うっかりばれてしまえば、警備の騎士団によってこの場ですぐに処刑されるだろう、とアンナはそそくさとその場を離れた。

 飲み物の乗った盆を片手に、アンナはこっそりと標的の位置を確認する。


(大臣は……まだ談笑中みたい)


 すると背後から、また別の男性がアンナを呼び止めた。


「――失礼、いただいてもよろしいですか」

「あ、はい! どう、ぞ……」


 すぐに営業用の笑顔を浮かべて、アンナが愛想よく振り返る。するとそこにいたのは、十日ぶりに顔を合わせたイザークだった。

 思わず固まるアンナをよそに、イザークはひょいとグラスを取り上げる。


「――元気そうで、よかった」

「は、はい……」


 実は、あの夜のことをイザークが誰かに言うのではないか、とアンナはずっと不安を抱えていた。倉庫の一件は王宮内でもしばらく話題になっており、感づいたイザークがアンナを犯人だと告発してもおかしくはない、と思っていたからだ。

 だが不思議なことに、イザークは誰にもあの時のことを言っていないようだった。

 本当に気づいていないのか、それともアンナのことを庇ってなのか……その真偽は分からない。


「イザークさん、あの……」

「今日は浮かれた奴も多い。気をつけるように」


 おずおずと話しかけたアンナだったが、意外なほどあっさりとした様子で、イザークは雑踏の中へと戻っていった。

 やはり逃げたことが、彼を傷つけてしまったのだろうか。何故か沈痛な気持ちになったアンナだったが、ふるふると首を振る。


(……しっかりしないと。今は他にやるべきことがある……)


 やがて大臣の一人が、会話を終えて他に移動しようとしていた。それを見たアンナは、客人の合間を縫うようにして、さりげなく傍へと歩み寄る。


「閣下、失礼いたします。お飲み物はいかがですか?」

「おお、ちょうど喉が渇いていてね。いただこう」


 朗らかに笑う大臣の前に、発泡酒の入った細いグラスを差し出す。受け取り、ぐいと飲み干す大臣を見つめ、アンナは心の中で自分に活を入れた。


(や、やるしかない、出来るだけ、ええと……可愛く……色っぽく……)


 とりあえずアンナは、大臣をじっと上目づかいで見つめてみた。するとアンナの美貌に気づいたのか、大臣が一層笑みを深くする。よし、嫌がられてはいないと実感したアンナは、さらに小首を傾げて微笑んだ。


「よければお食事も運びましょうか。何かお好みはございますか?」

「いやいや、気を遣わなくて構わんよ。それより君は? その恰好を見る限り、新人の書記官かな?」

「はい。アンナと申します」


 ふうむ、と大臣は目を細めて、アンナを上から下までじっくりと眺めた。値踏みをするようなその視線に緊張しながら、アンナは大臣の結論を待つ。すると大臣は満足げにうなずくと、ちらりとパーティー会場の出入り口を目で示した。


「……実はね、私たちはゆっくり食事がとれないだろうからと、別のサロンに準備をさせているんだ。良ければそちらに、いくつか飲み物を運んでおいてもらえないかね」

「は、はい!」

(や、やったー!)


 アンナの魅了体質が、ついに開花したのだろうか。

 予想していたよりも早く相手の懐に入ることが出来る、とアンナは料理長の元へと急いだ。手早く飲み物の準備を整え、ワゴンを押しながら、大臣たちのサロンを訪ねる。すると会場から最も離れた、廊下の一番端の部屋へと通された。



 

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