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第三章 5


 三日目の昼。アンナは目の前に置かれた装飾品を前に固まっていた。


「……イザークさん、あの、これ……」

「どうした? な、何か、気に入らないところがあったか?」

「いえ、気にいるとかいらないとかではなく、……どうして突然、わたしにこんなものを……?」


 するとイザークは、困惑しているアンナから、視線をそらすようにして答えた。


「す、すまない。先日の介抱の礼にと思ったんだが、……やはり足りなかっただろうか」

「いや足りすぎてますよ⁉」


 思わず叫んでしまい、アンナははっと口をつぐんだ。

 礼、とイザークが称したのは、複数の金剛石をあしらった豪華なネックレスだった。中央には若草色のエメラルドが鎮座しており、その周囲を薄黄色の水晶が囲んでいる。

 アンナローザであれば見慣れたものだろうが、今のアンナではどこに着けていくのか、そもそも使う機会があるのかすら分からなかった。


「あれはただの偶然で、運んで下さったのも厨房のお二人ですし、わたしは本当に何もしていないので、……どうかお気になさらないでください」

「し、しかしだな……」

「お礼なら、ちゃんとご飯を食べて、元気になってくれたら十分です」


 その言葉に、イザークは小さく肩を落とすと「……分かった」と応じた。

 アンナの言葉通り、イザークの食事量は以前より格段に増えていた。肉や野菜もしっかり食べており、順調に回復に向かっているようだ。ちなみに昨日の失敗を踏まえたアンナは、ここに来るまでに先に軽食を終えている。

 静かな食事が進む中、イザークがようやく口を開いた。


「アンナさん、その、つかぬ事を伺うのだが」

「はい。何でしょう?」

「君はその――恋人は、いるのか」


 う、とアンナは胸を押さえた。何故か脳内に、怒り狂ったカラスの鳴き声が響き渡ったが、ぶんぶんと頭を振る。


「い、いません! 恋人なんて、とんでもない!」

「そ、そうか。しかし、あれだ、……食堂で多くの男から、連絡先をもらっていると聞いたんだが……」

「ぜ、全部燃やしました!」


 正確には燃やされたのだが。


 偉い人を骨抜きにしに来ているのに、他の男性との噂を流されてはたまらない、とアンナは必死に否定した。するとイザークは何故か安堵の表情を浮かべ、どこか落ち着かない様子で続ける。


「では、今は特に決まった相手はいないということか」

「もちろんです!」

「その、一緒に食事をしたり、出かけたりする相手もか? 友達、としてでも」


 イザークの質問に、はてとアンナは首を傾げる。生き返ってから、食事はいつもイアンが用意してくれていたし、勇者に会いに行った時以外は外出もしていない。


「いない……ですね」

「そ、そうか」

「ご一緒しているのは、イザークさんだけかもしれません」


 途端にイザークがげほ、と水を詰まらせた。慌てて立ち上がったアンナを、大丈夫だからとイザークが手で制す。


「じ、自分だけ、とは」

「仕事中は私語厳禁ですから。こうしてゆっくりお話しできるのは、今くらいです」

「そ、そういう意味か……」


 それきりイザークは黙り込んでしまった。何かまずいことを言ってしまったのか、と心配したアンナは、懸命に話題を探して尋ねてみる。


「イザークさんにはおられるんですか? その、仲のいいお友達とか」


 何の気なしに振った話題だったのだが、アンナのその言葉に、イザークはわずかに表情を陰らせた。


「……いや、いない。……いなくなった」

「いなく……?」


 だが会話の終わりを促すかのように、昼の始まりを告げる鐘が鳴り響いた。

 イザークはそれ以降何も発さず、アンナは「聞いてはならないことを聞いてしまった……?」と一人後悔の渦中に落とされていた。




 その夜、アンナは自室を抜け出し、王宮の角にある書庫に来ていた。仕事の時は何度も出入りしているが、夜に訪れるのは初めてだ。


(ここなら、昔の本が残っているはず……)


 こっそり拝借していた鍵を使い、音を立てないよう錠を回す。室内は灯りがなく、林立している本棚の列は、まるで厳かな神殿のようだ。

 昼間の雰囲気とはまるで違うその場所に、アンナはそろりと侵入した。念のため中から鍵をかけなおし、目星をつけていた棚に向かうと、窓から見られないよう、床にしゃがみ込んで本を開く。

 大国の歴史、人類と魔族など、それらしいタイトルの書目を引っ張り出してはページをめくる。だが十冊を超えたあたりで、さすがにおかしいとアンナは気づいた。


(どうして――『書かれていない』の?)


 裏表紙に記載されている年代は、以前見たものとほぼ同時期だ。だがどの本を見ても「魔族は恐ろしい存在」「原始の時代から争いを続けてきた」など、魔族を批判する内容しか書かれていない。


(最近のものなら分かるけれど、どうして一冊もないの?)


『――これは偽造されていますね』


 突然降って湧いた声に、アンナは思わず悲鳴を上げそうになった。だがここで騒いでは危険だと、両手で口をふさぎ必死に押し堪える。そのまま目だけを動かすと、アンナの前をしゅるりと白い何かが横切った。


「――ッ⁉」

『落ち着きなさい。私です、ランスロットです』


 え、と涙目になったアンナは声の先を見る。するとそこには一匹の白蛇がいた。鱗に覆われた全長は長く、目は綺麗な青色だ。


「ランスロット、さん……?」

『まったく、今更驚く姿でもないでしょうに』


 どうやら魔王同様、変身してアンナの様子を見に来てくれたようだ。ようやく心臓が落ち着いてきたアンナは、先ほどランスロットが口にした意味を問い直す。


「あの、偽造ってどういうことですか?」

『表紙と中の綴り糸が違います。年号の書かれた表紙部分は古い時代のものですが、本文はそれより後に書かれたものでしょう』

「つまり、元のページは捨てられて、違う内容に差し替えられている……?」


 アンナの言葉に、蛇スロットがこくりとうなずいた。


『このままでは都合の悪い何かがあった……ということでしょう。まったく、人間ときたらあり得ませんね。書物という、過去の貴重な文献を破壊するなんて』


 たしかに魔王も言っていた。――人間でそれを知るものはいないだろう、と。


(つまり本で残っていなければ、正しい歴史は永遠に失われてしまう……?)


 アンナが何かを掴みかけていたその時、突然書庫の鍵が回る音がした。とっさにアンナは蛇スロットを抱き上げ、使われていない棚の奥へと身を潜める。

 すると背の高い人影が、静かに中に入って来た。


『――ッ⁉』


(こんな時間に、一体誰が……)


 息を堪え、そっと相手の動向を探る。

 どうやら本を手にしているようだが、暗がりで作業しているため顔は分からない。もう少し、と目を眇めて身を乗り出した時、先ほどアンナが本を引き出していた棚で、ぱたん、と本が倒れた。


「誰だ!」


 突如鋭い男の声が飛び、アンナは身を震わせた。ここで見つかってしまえば、すべてが台無しになってしまう。だが男はアンナたちの隠れている方へと、少しずつ近づいて来るではないか。


(どうしよう、逃げないと、でも入り口は一か所しかないし……)


 するとアンナに抱きしめられていた蛇スロットが、しゅるりと抜け出てきたかと思うと、アンナに向けて冷静に告げた。


『(私があれの気を引きます。貴女はその隙に逃げなさい)』

「(で、でも、ランスロットさんだって危ないですよ!)」

『(いいのです。――少しは男に格好をつけさせなさい)』


 アンナが言い返す暇もなく、蛇スロットはするすると男に向かって行った。

 次の瞬間、「へ、蛇だー!」という野太いわめき声が書庫内に響き渡り、絨毯の上をどたんばたんと逃げ回る音が続く。その隙をついてアンナは身をかがめたまま、本棚の裏を通って入口へと駆け抜けた。

 扉から出る一瞬、蛇スロットの様子をうかがうと、真っ赤な舌をちらつかせて相手を威嚇しており、アンナは「すごい」と心の中でつぶやく。

 その時、わずかに見えた男の正体にアンナは愕然とした。


(……あれは、)


 それはアンナに最初に仕事を教えてくれた、年嵩の文官だった。



 

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