表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/28

第二章 9


 だがアンナの恐れていた事態がついに訪れてしまった。


「アンナローザ様! 敵襲です!」


 血相を変えて転がり込んできたイアンと入れ違うように、アンナは全速力で王の間へと走った。廊下では人間と魔族たちの乱戦が繰り広げられており、トラッドたちが奮闘している。

 階段を駆け上がり、敵の手を交わしながら魔王のいる部屋に飛び込む。するとそこにはかろうじて逃げ込んだのか、多くの魔族が負傷し、横たわっていた。


(こんなに怪我人が……! 魔王陛下はどこ⁉)


 空の玉座を確認したアンナは、ひとまず近くで苦しんでいた魔族の傍にしゃがみこむ。斧による割創が痛々しく、思わず目をそむけたくなるのを堪えて必死に呼びかけた。

 だがその声をかき消すように、さらに大きな爆発音が城壁を揺らす。


「何……⁉」


 見れば分厚い扉は破壊され、中央に巨大な穴が開いていた。外にいた魔族たちも吹っ飛ばされてきたらしく、絨毯の上にランスロットやドルシュキアたちが伏している。


「ランスロットさん、ドルシュキアさん!」


 続けざまに放り込まれたのはトラッドだ。ふさふさの毛は血で固まり、見るも無残な状態になっている。やがてカチャ、と防具を揺らしながら、人間たちが王の間と足を踏み入れてきた。

 軍勢の最後に現れた姿に、アンナは悲愴な表情を滲ませる。


(勇者、さま……)


 アレクセイは周囲に転がる魔族を一瞥すると、静かに玉座に続く道を歩んでいく。その瞬間、室内の空気が一気に重くなり、途方もない威圧感がアンナを襲った。この感覚には覚えがある――魔王が現れたのだ。

 体が魔族であるアンナは、かろうじて顔を上げることが出来たが、どうやら普通の人間には耐えられない代物だったらしい。あれだけ勇んで来た兵士たちが、皆一様にうずくまり、ひれ伏すように浅い呼吸を繰り返している。

 だが勇者であるアレクセイには効かないのか、ひとり立ち続ける彼は玉座に向かって剣を構えた。


「魔王。これで終わりだ」


 そう言うと勇者は、魔王に向かって走り出す。止めなければ、とアンナは震える足を無理やり引き立てると、床に転がっていた剣を握り、勇者の進路を阻害するように、前に立ち塞がる。


(だめ、殺しては――)


 突然の闖入者に対して、勇者は反射的に剣を振るった。アンナは持っていた刀身で受け止めようとしたが、あまりの剣戟の重さに、すぐに弾け飛んでしまう。刃が掠り、アンナの手のひらに鮮血が走った。

 すると今までの魔族と違う感触に気づいたのだろう、勇者はすぐに足を止め、アンナの方を見る。やがて驚いたように目を見開いた。


「君は――アンナ……?」


 その瞬間、玉座から放たれた雷が、勇者とアンナを引き離すように二人の間を裂いた。勇者が一歩下がった隙に、茫然とするアンナの前に魔王が姿を現す。


「――大丈夫か、怪我は」


 言うなり魔王はアンナの手を取り、大きな両手で包み込んだ。ほわりと温かい感覚が伝わってきて、ひりつくような痛みが徐々に収束していく。


(魔王、陛下……)


 アンナは魔王が生きていることにほっとしながら、その様をぼんやりと眺めていた。だが端正な顔立ちが、ほんの鼻先にあることに気づいてしまい「もう大丈夫です!」と赤面しながら激しく首を振る。

 その光景を傍から見ていた勇者は、愕然としながら自分の手を握り締めていたが、やがてアンナに問いかけた。


「アンナ、君は……魔族だったのか」

「……黙っていてごめんなさい。でも、話を聞いてほしかっただけなんです」


 どうかお願いします、とアンナは深く頭を下げた。

 二人の会話を聞いていた魔王はわずかに眉を寄せており、勇者もまた戦意を喪失したらしく、はあとため息をつくと鞘に剣を収めた。





 城内は一時休戦となり、王の間には魔王と勇者、そしてアンナたち四天王だけが残された。傷ついた魔族と人間たちは大広間へと移動させられ、忙しさにぶち切れているアクセアの処置を受けているようだ。

 幸いランスロットたちも命に別条は無かったらしく、簡易な手当てだけで間に合った。だが先ほどまで戦っていた相手の親玉が目の前にいるとあって、剣呑な雰囲気を隠そうとはしない。


「――それで、話というのは」


 今にも魂が凍り付きそうな低音で告げられ、アンナは恐々と提案を始めた。


「ええと、その、わたしは、魔族と人間の争いを止めたいと、思っていまして……」


 途端にぎろりとアンナに視線が集中する。しかし怯むわけにはいかない、と必死に言葉を続けた。


「お、お互い、誤解しているところがあると思います。魔族は人を襲わないですし、人間だって、攻撃したくてしているわけでは、ないはずです」

「……先日といい今日といい、これだけの目に遭わせておいて『したいわけではない』ですか?」


 はあ、と呆れたようなランスロットの声が聞こえる。すると勇者がアンナを庇うように反論した。


「そうじゃない! たしかに傷つけたことは、申し訳ないと思っている……でも俺たちも、命令に従わなければ殺されてしまうんだ……」

「人間が人間を殺すのか? なんでだ?」

「まるで『屍の(カダーヴル・)軍隊(アルメ)』だな……愚かな」

「……俺も、そう思うよ」


 重い空気が蔓延し、誰ともなく嘆息を漏らす。

 やがて魔王が勇者を見つめ、静かに口を開いた。


「――我々は、無益な殺戮を好まない。お前たちが攻撃の手を止めれば、こちらも何もしないと誓おう」


 その言葉にアンナは勇者の返答を期待する。

 だが返って来た内容は、色よいものではなかった。



「その申し出は嬉しい。実際俺も、魔族は悪い奴じゃないって感じ始めていたから……ただ申し訳ないけれど、王国の人間の大部分は、魔族を恐ろしいものだと信じ込んでいる。俺が話をしたところで、すぐに偏見がなくなるとは思えない」


 たしかにアンナ自身、幼い時から魔族は恐ろしいものと教え込まれてきた。

 何十年、何百年にもわたる確執と偏見を、すぐに変えていくことは不可能だ。たとえ無理やり今の討伐軍を放棄したとしても、この魔族に対する潜在的な恐怖心がなくならない限り、また新たな魔族討伐軍が編成される、と容易に想像出来る。


「戦いを止めたい、という意見には賛成ですが……このままでは埒があきませんね」

「本当に申し訳ない……とりあえず今の侵攻を止めて、時間をかけて魔族のことを知ってもらうくらいしか……」

「ですがそうすると、貴方がたの命が危険なのでは?」


 ランスロットの言葉に、全員が再びうーむと頭を抱えた。考えを整理するように、アンナが腕を組んだまま尋ねる。


「あの、討伐軍に命令をしているのは誰なんですか?」

「書類上は国王となっているけど、実質は国の上層部連中かな」

「ということは、その偉い人たちを何とかすれば、進軍を止めることも出来て、さらに勇者さまたちも処分されずに済むのでは……」

「それはそうだけど……一体どうやって?」


 三度会議に暗雲が立ち込める。


「なんか面倒だなー。オレが行って、一発ぶんなぐって来ようか?」

「だ、ダメです! 暴力では何も解決しません!」


 ちえ、と口をとがらせるトラッドを宥め、アンナたちは思案に耽る。


(人間たちのところに行って、魔族は恐ろしくないと説明する? でも私が行ったところで信じてもらえるとは思えないし……勇者さまたちが勝手に戻ったら、それこそ命令違反で大変なことになるかも……)


 すると妙な沈黙を察して、アンナははたと顔を上げた。

 見ればランスロットやトラッド、ドルシュキアがじっとアンナの方を注目している。気のせいか魔王の目もこちらを向いているような気がして、何かまたしてしまった? ときょろきょろと周囲を見回した。


 だが特におかしなところはなく、アンナが首を傾げていると、トラッドがきょとんとした顔で言い放つ。


「ていうか、お前が行けばいいんじゃね?」

「え⁉ でもあの、ほら、わたしは、ま、魔族ですし⁉」

「だってお前、対人間への魅了体質持ちじゃん」


 対人間の魅了体質。

 最初何を言われたのか理解できなかったアンナは、その言葉を再生するのに随分時間がかかってしまった。


「……たしかに、アンナローザであれば多少変装して紛れ込めば、人とは見破られないでしょうし……上手く潜入して上層部とやらを篭絡出来れば、不可能ではありません」

「『黒き(シュヴァルツ・)花嫁(ニヴェースタ)』であれば、その程度簡単だろうが、……危険はないのか?」

「王宮に、討伐軍を辞めた知り合いがいる。事情を話せば書記官見習いとして、潜入することは出来ると思うけど……」


 何故かとんとん拍子に決まっていく作戦に、アンナは動揺を隠せずにいた。


「で、でもあの、わたし、人間を魅了するなんて、そんな力……」

「何言ってんだ。普段あれだけ『人間なんて、わたくしの美貌と魅力の前では豚以下よ!』ってやってたじゃねーか。余裕余裕」


 わははと豪快に笑いながら、トラッドがアンナの頭をわしわしと撫でる。その力にされるがままになりながら、アンナは心の中で絶叫した。


(そんなの知りませんけどー⁉)


 アンナローザさん、豚大好き説浮上。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければこちらの作品もお願いします!

旦那様、心の声がだだ漏れです!【書籍化&コミカライズ】

極悪非道な「氷の皇帝」と政略結婚! きつい言葉とは裏腹に、心の声は超甘々!?
心の読めるお姫様と、見た目は怖いのに内心では溺愛してくる皇帝陛下のお話です。

― 新着の感想 ―
[一言] 僕は豚肉より牛肉が好きです。 違う?そういうことじゃない?あっそう。 アンナちゃん、がんば!
[良い点] アンナローザさん、豚大好き説浮上。 確かに!(笑) 比喩に豚をよく使ってますもんね。 [一言] いつもwktkしつつ拝読しています! アンナちゃん頑張れ!
2020/03/15 12:02 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ