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第二章 8


 翌日、アンナは再び変装をして、城を抜け出していた。

 向かっているのは討伐軍がいるという野営地だ。


(もう一度だけ会って、ちゃんと話をしたい……)


 アンナの警告を無視し、勇者たちは魔族を襲った。だがアンナはどうしても、あの優しい彼がそんな恐ろしいことをするとは思いたくなかったのだ。

 ようやくたどり着いた野営地には、多くの兵士が駐屯していた。包帯や添え木をあてられている人も多く、先日の戦闘で人間側にも多くの被害が出たのだと分かる。息をひそめたアンナが彼らの動向を探っていると、一人の青年が森の方へ分け入って行くのが見えた。

 アンナは慌てて追いかけると、他の人間に聞こえないよう小声で背中に呼びかける。


「あの、勇者さま、ですよね」


 振り返った男は、以前森でアンナを助けてくれた紫目の彼だった。その顔にはいくつもの傷があり、勇者はアンナの姿を見つけると、驚いたように目を丸くする。


「君はあの時の! 良かった……心配していたんだよ」

「え、し、心配、ですか?」

「うん。実はここから北に行ったところに、魔族の村があるんだ。だから近づかないよう言おうとしたら、急にいなくなっちゃったから」


 その更に北にある魔王の城から来ました、などと言うわけにもいかず、アンナはそうなんですね、とぎこちなく笑って見せる。どうやら本当に、アンナのことをただの人間だと思っているようだ。


「そういえば、まだ名乗っていなかったね。俺はアレクセイ。君は?」

「あ、ええと、アンナ、と言います……」


 嘘ではないが、嘘をついているような罪悪感を抱えて、アンナは恐る恐る答える。それを聞いた勇者――アレクセイは、再び嬉しそうに微笑んだ。どう見ても悪い人には見えない、と感傷に浸りながらアンナは言葉を続ける。


「あの、勇者さま。先日お会いした時にも申し上げたのですが、……どうかこれ以上、魔族と戦うのを止めていただけないでしょうか」

「……アンナ?」

「進軍を止めてくださっていれば、こんな被害が出ることも無かったはずです! ……お願いですから、どうかこれ以上は……」


 するとアレクセイは苦しそうに眼を眇め、視線を落とすと、ただ一言だけ「すまない」と告げた。


「……勇者、さま?」

「……君の言いたいことは分かっていた。あのまま戦闘を開始すれば、被害が大きくなることも。でも、どうしても、出来なかった……」


 意外なことに勇者もまた、先立っての戦いを望んでいなかったという。どういうことですか、とアンナが問いただすと、アレクセイはようやく静かに語り始めた。





「――『勇者』というのは通称で、正式には『魔王討伐軍・特別隊長』という役職なんだ」


 魔王討伐軍。

 所属は国で、軍人として命令には順守しなければならない。国王や大臣らの威信を賭けた鳴り物入りの彼らは、魔王を討ち取るという厳命に従い、遠路はるばるここまで進軍を続けてきたのだという。


「当然魔王に辿り着くためには、他の魔族も倒し続けなければならない。でもそのうち……彼らが噂で聞くほど、悪い種族とは思えなくなっていて……」


 人間と同様、魔族たちも集団を形成して暮らしている。その村に討ち入るたび、討伐軍の面々は沈痛な気持ちになっていったそうだ。

 何故ならそこに住んでいるのは、容姿が違うだけの――人と変わらない存在だったから。親がいて、子どもがいて、ただ平和に暮らしている彼らを、その手にかけた。


「もちろん最初は油断してはならないと、心を無にして戦ってきた。でも……無抵抗の魔族の子どもに手をかけるたび、本当に俺のしていることは正しいのか、と疑問を持つようになったんだ」


 当然襲ってくる魔族も数多くいた。

 だがそれは、アレクセイたちの理不尽な暴力に対する抵抗や、家族を守るためのものであって、決して快楽や遊びのために人間を殺す魔族はいなかったのだ。

 それを聞いていたアンナは、膝に置いていた手をきつく握りしめる。


「それなら、どうして……」

「……俺たちは、国からの命令に背くことは出来ない。下手をすれば家族もろとも、反逆軍として処罰されてしまうからね。それに……次の『勇者』のためには、俺が魔王を倒さないと……」

「次の……勇者?」

「うん。……実は俺、二人目の勇者なんだ」


 勇者、というものは単に強い人間を指す言葉ではない。

 生まれつき高い身体能力と魔法耐性を持つ人間を集め、厳しい研鑽と訓練を重ねさせる。さらに王国が開発した薬を投与し、超人的な体力と回復力、優れた武力を持つ人間として作り出されたのが『勇者』の正体だ、とアレクセイは告げた。


「一人目はまだ正式に隊長職に就いたわけじゃなかった。でも魔族を討伐している最中、自ら命を絶ったんだ――おそらく、何の非もない魔族を殺し続けることに、心が先に死んでしまったのだろうね」

「……」

「その代わりとして選ばれたのが俺。……魔族を殺すことに、迷いがないわけじゃない。でも俺が戦わなければ、仲間たちが――次の『勇者』にさせられてしまう」


 自分が死んでも、第三、第四の勇者は生まれ続けるだろう。ならばこの手で、魔王を討ち取ると決めたんだ、とアレクセイは続ける。

 それを聞いたアンナは、ただ沈痛な思いを飲み込んでいた。


(そんな理由があったなんて……でも、……)


 アレクセイの言い分も理解は出来る。だがそのために罪もない魔族と魔王を倒す、というのはあまりに暴論だ。しかしここで紛議を交わしても、なんの解決にもならない。


「すみません、わたし、少し誤解していました……」

「いや、人間の中にも分かってくれる人がいて嬉しかったよ」


 疑いを持たないアレクセイの視線がつらくなり、アンナはそっと立ち上がった。するとアレクセイがその手を掴み、「待って」と力を込める。


「近くに魔族がいないとも限らない。俺と一緒に行こう」

「え、だ、大丈夫です! わたし……」

「その、……心配なんだ、君が」


 途端に語尾が弱まったアレクセイの様子に、アンナはきょとんと彼の方を見た。アレクセイの顔は何故か赤くなっており、慌てたように懐に入れていた布を取り出す。それは以前アンナが服を破って作った、包帯代わりのものだった。


「勇者の俺は、回復が異常に早いからと、……怪我をしても、手当しなくていいと指示されているんだ。仲間たちも、命令には逆らえないし……。だからあの時、君が巻いてくれたこれが……本当に、すごく嬉しくて……ずっと、忘れられなかったんだ」

「勇者、さま……」

「突然ごめん、でもずっと……もう一度会いたいと、思っていたから……」


 アンナは勇者が言わんとしている意味を察し、つられるように顔を赤らめた。もちろん、嬉しくないわけではない。


(でも、私は……)


 人として出会っていたなら、違う道もあったのかも知れない。だが心は別として、今のアンナは魔族だ。彼の気持ちを受け取ることは出来ない。


「ごめん、なさい……」


 そう言うとアンナは、そっと握られていた手を解いた。

 アレクセイは追うこともせず、ただ離れていくアンナの背中だけを見送っていた。





 城に戻って来たアンナは、アレクセイの言葉を思い出してため息を零した。


(魔族は人を殺したくない。でも戦わなければ一方的にやられてしまう。それを見た人間は魔族を恐れ、さらに戦いを挑む。するとまた被害は増えて……今の勇者さまだけなら、分かってもらえるかも知れないけれど、そうすればまた新しい勇者が生み出される……)


 どうしたらこの諍いを止めることが出来るのか。

 アンナは胸に置いていた手を握り締め、再び深い嘆息を漏らした。



 

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