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2.その子は奇妙な子だった(後編)

 


 その子は奇妙な子だった。


 その子は突然、私達の次元に出現した。


 事故だった。


 それも私達が原因で起きた事故。


 空間トンネルを設置中に、次元の壁を突き破って別の時空間とつながってしまった。しかも運悪く、その崩壊点にその世界の自動車という移動手段に乗った高等知性体の家族を巻き込んでしまった。


 次元融合による崩壊の衝撃(しょうげき)で次元断層が生まれ、巻き込まれた親二人、子一人の生命体達は死傷していた。


 親二人の生命反応は停止。


 高次元とのリンクもすでに崩壊していた。


 これは死を意味する。


 ただ一人、その子だけは重傷を負いながらも、まだ生きていた。


 問題があった。


 私達の次元、私達の領域と事故でつながってしまった領域は物理法則が違っていた。


 こういうことは往々(おうおう)にしてある。


 しかし、普通なら「観測」だけで済ますその他の物理法則が支配する領域から、生命体を無理やりこの世界へと排出させてしまったのだ。


 できうる限りのことがなされた。


 事故は我々の責任だったからだ。


 その子はやっと一命(いちめい)を取り留め、小康状態(しょうこうじょうたい)まで回復したが、問題が発生した。


 この世界とその子が元から生きていた世界の物理法則のそれぞれの整合性(せいごうせい)が取れない部分が、影響を(およぼし)ぼし始めた。


 この子をこのままこの世界に置いておくだけでは生体活動が持たない。


 しかし、この子を元の世界に戻すだけでも逆の現象で同じく生体活動が持たない。


 我々は様々なシミュレーションを試みた。


 一つの解決策が見出された。


 今、この子はこの世界の物理法則に支配されたナノマシンで(おぎな)われている。


 この子の高次元体の破損部分でさえ、我々の4次元デバイス、5次元デバイスで(おぎな)っていた。


 我々はおそらく唯一(ゆいいつ)という解決手段をはじき出した。


 この子をこの子の住む物理法則の世界に戻し、少しづつこの子の生体物質や高次元体構成要素を、この子本来の世界のものに取り換えていく。


 いきなりは無理だ。生体活動が停止してしまう。高次元とのリンクさえ取り返しのつかないダメージを負うであろう。


 しかし、それはそれで様々な問題があった。


 まず、我々が少しづつその子の生体物質や高次元体構成要素を、この子本来の世界のものに取り換えていく拠点(きょてん)や処置施設が必要だった。


 その処置を行う施術者(せじゅつしゃ)も。


 安全な状態での全面取り換えに、その子の世界の数え方で約12年あまりを要する予測結果が出された。


 この子の年齢はその世界での数え方で5歳。今から推定約17歳までは、我々の管理下で安全に取り換え処置を行い続ける必要がある。


 それだけの拠点(きょてん)や処置施設、そして施術者(せじゅつしゃ)が必要とされた。 


 他の様々な世界と同じように、その世界の「観測」による詳細(しょうさい)膨大(ぼうだい)な情報はあった。


 この子がその世界で幼体であるということ。


 その世界では遺伝子提供者である両親という成体によって、生命活動の基本から補助が行われ、養育が行われ、情緒(じょうちょ)の反応形成も行われ、経済的基盤も両親の労働によって賄われる事等々。


 我々の文明とはまるで違うその様式に、この子をただ戻すだけではその世界の社会様式になじまない。ゆくゆくのその世界の成体としての社会的生活もままならない可能性が少なからず存在した。


 我々には責任がある。


 我々は苦渋(くじゅう)の決断を下した。


 もっとも我々の常識とその子の社会のその子が生きていた文化圏の常識の大きな違いに後で気が付いた時に、この判断は大きな間違いだったのでは無いかという思いも芽生(めば)えた。


 その子の父親の遺体は脳部分まで完全に破損していた。


 しかし、母親の遺体の脳部分は小損傷で済んでいた。


 我々は母親の記憶や人格的形成部分の抽出(ちゅうしゅつ)に成功した。


 もはや高次元部分とのリンクも切れていて、その子らの世界で言う魂とのつながりは失われている。


 生き返らすことは不可能だったが、疑似的なデバイスとして再生することは可能であった。


 我々は彼女から抽出(ちゅうしゅつ)された情報を元に、その子らの世界で言うアンドロイドのような存在を作り出した。


 母親代わりにその子を育て、養育し、経済基盤を提供し、生体活動を保持し、そして何より、その子の生体物質や高次元体構成要素を、この世界のものに取り換えていく処置を行い続ける存在として。

 

 それが「母」だった。


 本当は偽物(にせもの)の「母」。


 この子の母親の記憶や情緒的(じょうちょてき)反応をある程度(ていど)は受け継いでいるものの、明らかに異なる者。


 養育環境はこの疑似的な「母」だけでは不安なので、現地の人間的なつながりで必要と思われることは、その子の(まわ)りにそれとなく(きず)き上げた。


 その子の友人、教師、近所の親切な人、その他諸々(もろもろ)


 残念ながらこの子の両親はそれぞれが事情により天涯孤独(てんがいこどく)の身であったらしい。


 親類縁者も明確に無い、そのお互いの孤独(こどく)が二人を結び付けたかのような夫婦。


 他の親類縁者は現存していない。


 うまく行けば親類縁者によるコミュニティで情緒(じょうちょ)反応の形成や後々の社会性の取得(しゅとく)一端(いったん)(にな)ってもらおうと期待していた我々の意図(いと)は初めから崩された。


 母も子もほぼゼロから人間関係を(きず)きあげるしか無かったが、早速、母に違和感を抱く人々が出始めた。


 (いた)(かた)ない。確かに違うのだから。


 反社会的な意味合いや異常人としては見られなかったのは幸いだったが、奇妙な、違和感のある、数奇な、変わっている、よくわからない人という評価はついて回った。


 経済的なものは合法的手段でまかなった。そこは何とかなった。


 ある意味で、こちらの世界で「ずる」と言えなくも無かったかもしれないが、株の売り買いの収益だけでもきちんと家計をまかない余裕もあった。


 むしろ情緒(じょうちょ)反応や社会常識の方を、この子に教えられるのかの方が大いに問題であった。


 それをわかっているとは言い(がた)い存在の母であったから。


 家は、人里離れた郊外(こうがい)にこじんまりとした一軒家(いっけんや)を建てた。


 見る人が見ればそれは他の次元につながっている宇宙船のようにも見えただろう。


 4次元や5次元が見れればの話しだが。


 「母」は複合体(ふくごうたい)だった。


 元はその子の母親の記憶や情緒(じょうちょ)反応から抽出(ちゅうしゅつ)した情報を元に、私達のテクノロジーで作り上げた疑似生命体。我々の意識も上乗せされていた。でないと、子への施術(せじゅつ)ができなかったので。


 ある意味で半分この世界の人で、半分我々の世界の意識の集合体で、それを疑似生命体に組み込んだもの。


 さらにこの世界の人々では理解できないかもしれないが、我々の意識とのリンクも保たれた状態にあった。


 われわれの複数の存在の意識の一部と意識を共有状態にあった。


 我々は自分の中で意識を分散して並列処理をできたし、同時に多数の存在達で意識を共有状態にもおけた。


 意識の一部だけで共有状態にもおけた。


 この機能を利用して、この「母」との意識の共有状態を我々の関係者複数で共有していた。


 「母」はそのような存在であった。


 「母」はその子の世話をし続けた。


 毎日、毎日。


 同時にその子が眠った後、数時間をかけてこの「家」という異次元の宇宙船のごとき施設で、少しづつその子の生体物質や高次元体構成要素を、この子の本来の世界の物理法則にのっとったものに取り換えていくために必要な施術をし続けた。


 この子の情緒(じょうちょ)反応の育成には色々不安があった。


 感情的条件反射が適切なのかどうか。少々、判断がつきかねた。


 そんな時は(めず)しく、無力感を感じた。


 やがて我々は、そして「母」は、こちらの世界の情緒(じょうちょ)反応に少しづつ適応していくようになった。


 同時に、我々の種族ではありえないような思考や感情をわずかながら示すようになった。


 この子の本当の母親の記憶や情緒(じょうちょ)反応のコピーでは無く、表向きの一種の演技(えんぎ)でも無く、ほんのりとだがこの世界の人類という種の一般的な反応を自ら示すようになっていった。


 この「母」である時の私達の情緒(じょうちょ)反応や行動は、いわば「混血」のような状態になっていった。


 同時に芽生(めば)えた思いもあった。


 この子への読み聞かせで、まだ幼いころに読んで聞かせた古典「かぐや姫」が思い出された。


 あの物語は、月の世界、天界である種の罪を犯した天人が、その(つぐな)いと必要な経験を得るために、しばらくの間「かぐや姫」として地上世界でおじいさんとおばあさんの元で暮らし、やがてその(つぐな)いの期間を終えたら月に(天界に)帰るというあらすじの物語であった。


 月に帰る時、(けがれ)れを(はら)い、天人である記憶を取り戻すという薬を(むか)えに来た天人らから手渡され飲む事を要求される。


 でも「かぐや姫」はその薬を飲む事を躊躇(ちゅうちょ)する。


 飲めば・・・今、抱いているこのおじいさんとおばあさんへの思いも失ってしまう。


 超然(ちょうぜん)とした天人としての意識しか残らなくなってしまう。


 別れも悲しいとも思わなくなる。


 それが怖くて、飲むことをためらう。


 結局、「かぐや姫」はその薬を飲み、超然(ちょうぜん)とした面持(おもも)ちでおじいさんやおばあさんを振り返る事もなく、月に(むか)えに来た天人達共々帰ってしまうのだが、その光景がまるで「母」としての自分自身の事のようにも重なって思えた。


 この役目が終わった時、「母」は解体される。


 素粒子(そりゅうし)にまで分解されるだろう。


 データは残される。


 もし本当に必要になったら、再度そのデータを元に再構成されるだろう。


 意識の部分的共有状態だった異なる世界の私達は、その共有時の記憶は意識の片隅(かたすみ)に持ちながらも、決してこの世界で抱いたような思いを抱くことも無ければ、そのことへの理解すら持たなくなるであろう。


 この意識と思考、感情と情緒(じょうちょ)反応は、今、この時「母」である時だけのものだった。


 やがて、時がやって来た。


 この世界、そしてこの子の住む文化圏での成人と呼べる社会的意義を持つ年齢は18歳からだった。


 ちょうど学業もひと段落を終えるこの時まで、すでにこの子の物理法則にのっとった物質や高次元体に取り換えていくために必要な施術(せじゅつ)変換を終えていたこの子に対して「母」である私達は滞在期間(たいざいきかん)を約一年程延長していた。


 これ以上は過干渉や介入になる。もう潮時(しおどき)と言うのが結論だった。


 後は学業を続けるにしろ、社会人として社会に出るにしろ、あるいは自分の道の可能性を様々探求するにせよ、あの子の本当の両親が残せたかも知れぬ財産を最大限に見積もって考慮し、ある程度(ていど)以上の必要な財産を残し、この生活空間の拠点(きょてん)である家も残し、後々の処理を終え。


 「母」は消えることにした。


 この世界から。


 この「家」の時空間構造もこの世界のものとして元に戻した。


 もはや4次元や5次元が見えるものが見てもここは普通の「家」だ。


 最後に手紙と通帳、その他のものをテーブルの上に置き、あの子が学校に行っている間に消えることにした。


 ふと、思う。


 私達は・・・「母」は、あの子の実の母、実の両親を(うば)った(がわ)だ。


 この世界の人のような思考や感情は持っていなかったが、私達の落ち度であり、(つぐな)えるだけ(つぐな)って正常化に(つと)めねばならないという意識はあった。


 だが、新たに獲得(かくとく)した感性の部分が痛む。


 母の資格の無いものが「母」のふりをした。


 許されざる罪。


 この(いつわ)りの「母」は、あの子をこの世界で普通に生きていけるだけの存在になる場を用意することが出来たのだろうか?


 必要なものを最低限でも与えることが出来たのだろうか?


 あの子は、これから大丈夫なのだろうか?


 この痛む思いと、幸せになって欲しいという感情に嘘は無いと信じたい。


 それともこの思いは、しょせん、母親の記憶や人格的形成部分の抽出(ちゅうしゅつ)部分のデッドコピーに過ぎないのだろうか?


 母の資格の無い者が「母」のふりをしているだけのとても「醜悪(しゅうあく)」なものでしか無いのだろうか?


 ああ、でも、最後に思うのは・・・あの子の幸せだけなのだ。


 ただ、それだけ。


 「どうかあなたが本当の意味で幸せに生きていけますように」。


 それ以外の思いの何も残らない。

 

 この「母」を。


 どうか許して欲しい。


 許されざる偽物(にせもの)であった「母」を。


 そして・・・どうか、どうか、幸せに。


 幸せになって欲しい。


 その願いだけ。




 そして・・・「母」は消えた。



 世界から。



 永遠に・・・。




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