殺したいし死にたいし週末たい焼きが食べたい。
体が成長するに連れ、心が衰弱するに連れ。
いつからか私は、一つの欲求を持つようになった。
まるで思春期の少年少女が性を欲するように、十七歳の私は生を欲した。
生きることに貪欲ではなく、誰かの命が尽きる様を見たいと、興味のない歌手の話題やテストの話の裏で考えている。
幼い頃、野良猫を殺したことがある。
拾った水槽に閉じ込めたまま、プラスチックのスコップで掘った穴に埋めて、生き埋めにして殺した。
あの猫が本当に死んだのかどうか、終ぞ確かめなかったから、もしかすると運良く抜け出して生きていたかもしれないが、当時の私は自分の手で大好きな猫を殺した事が、とてつもなく幸せだった。
快感、とも違う。
ただ、その事実があるだけで幸せになれたのだ。人には理解されないだろうが。
その時初めて思った。
この目で、死ぬ瞬間が見たいと。
「私たい焼きって、絶対もっと具詰めて焼けると思うんだよ」
移動販売車で買ったたい焼きの頭に齧り付いて、彼女は言う。
「白いたい焼き! とかクロワッサンたい焼き! とか言う前に、頭から尻尾まで具の詰まったたい焼きを流行らせてほしいよね」
「よね、って言われても……私、甘いもの苦手なんだってば」
「たい焼きはクレープみたいに甘くないやつも市民権得てるよ?」
「それは少しそそられるわね……」
惣菜系たい焼き、ということだろうか。
惣菜と鯛焼きというワードが並んでしまっては、もうそれは焼き魚に使うべき言葉なのではないだろうか?
焼き鯛入りのたい焼き、みたいな商品も探せばありそうだ。最もたい焼きの皮と焼き魚を合わせたとしても、そこまで美味しくはないだろうが。
個人的には鯛茶漬けを皮に練り込んだたい焼きがあったら食べてみたい。
「週末そこに連れてってあげる! カレー味とかお好み焼き味とか、色々あるんだよ!」
「ふうん……」
こんな普通の会話と普通の思考をしながらも、頭の何処かでは目の前の彼女が今死ねばいいと。出来ることならば私がこの手で殺せたならと考えている。
誰と話していても起こる持病のような思考だ。
それを絶対に表に出さないように、私は息をする。
「週末の予定を立てるより先に、今日私達が殺し合える方法を考えてほしいんだけど」
彼女の前を除いて。
「あは、確かに。週末まで死ねない気でいたや」
「そんなだから、半年も生き延びちゃってるのよ……」
私たちは互いに同じ欲求に心を蝕まれている仲間、彼女が付けた名前をそのまま流用するなら『殺し合い隊』と言ったものだ。
クラスでは違う集団と絡んでいるし、お互いの共通点を探すとすれば帰宅部な事くらいしか思いつかないのだが、ある一件を経て邂逅した。
その一件を語ると長くなってしまうので、それは殺される時の走馬灯で振り返るとしよう。
「今日こそ良い方法を見つけましょ」
「あ! 今日授業中に一個思いついたのあるよ!」
「痛くなくて最後までお互いの姿を見れて、死体が綺麗なまま残って、出来ればゆっくり死ぬ方法?」
「今回のは妙案なの! 手首に針を刺して、ゆっくり失血死!」
「死のうとしてリストカットしても、ほとんどの人は死ねないのよ。それに動脈に針刺しても、失血死する前に血は止まるわ」
「えー……ダメかぁ」
「失血死は難しいわよ」
「難しいかぁ」
「難しいわ」
否定され終わると、悄気げてたい焼きを小さく齧った。
彼女の考える殺し方(殺され方)はいつも両極端だ。
死ねない方法か、死ねる代わりに大掛かりすぎる方法。
「そっちは何か考えついたー?」
「そうね……キスで窒息死、何てのはどうかしら?」
彼女の口元に付いた餡子を拭ってやりながら、その唇に触れて言った。
「ロマンチック!」
「あなた、そう言うの好きそうよね」
「ファーストキスで死ぬなんて素敵だよ!」
「ファーストキスを奪って殺すのも、悪くないわね」
この殺し方をするのなら、たい焼きを食べていない時にしたいが。最後に甘さが口に残るのは勘弁だ。
「けどさ、それって片方生き残るんじゃない? 片方死んじゃったら、キスが緩まっちゃうから」
「んー……その通りね。そもそもキスしてたら死ぬ様が目視出来ないから、この案はダメね」
というか、窒息死はかなり苦しい死に方何じゃないだろうか。
苦しいのは嫌だ、痛いのも嫌だけど、同じくらいに。
「そう言えばさ、昨日帰り途中に瀕死のコウモリを拾ったの」
「コウモリ? 私コウモリって見た事ないのよね」
「夕方とか結構飛んでるよ? 鳥だと思ってるだけだよ」
「コウモリは鳥じゃあないのよね? 哺乳類? なのかしら」
「コウモリは鳥以外で唯一飛べる生き物だけど、鳥じゃないよ、哺乳類のコウモリ目」
彼女は本来、私とは違って殺人衝動や人が死ぬ所を見たいなどと言う欲求があるタイプの人間ではない。
ただ生き物が大好きなのだ。
どんな生き物も等しく大好きだけれど、何も愛していないのが彼女。
まるで好きな小説を読み耽るように、大好きな生き物を知り尽くしたいらしい。
生態から、死に体まで。
「流石、生き物には詳しいわね……それで? 瀕死のコウモリがどうしたの?」
そんな彼女が私に殺されてもいいと思っているのは、知れる事の限界に達したくないから、だ。
罪を犯さないため人間に興味を向けるのを避けてきた彼女は、私という相互被験体を手に入れて初めて殺人衝動を持ったらしい。
「そのコウモリのお腹を開いてみたんだけどね、内臓の形がハムスターそっくりだったの」
……本当は綺麗に死にたい私と違って、ぐちゃぐちゃに解剖して殺したいのだろう。
「けどコウモリの方が筋肉が凄かったよ、流石は空を飛ぶだけあるね」
「コウモリって確かネズミくらい病気持ってるんじゃなかった? あんまり危ない事しないでよ、私が殺せなくなるじゃない」
「一応少しエタノールで洗ってから解剖したから平気だと思うけど……勝手に死んだらごめん!」
「無水エタノールを飲んで急性アルコール中毒……だと意識が飛んじゃうわね」
「死に様を見るって、難しいなー本当」
まだ生きている生き物を、エタノールで洗って解剖する彼女の異質さに慄くわけでもないが。
私はここまで残酷にはなれないだろう。
そこが根本の違いでもあるのだが、彼女と私が歪んだ理由はほぼ真逆と言っていい。
「死ぬまで意識を保つ死に方なんて、道具のない私達にはなかなか出来ないわよねぇ」
私はなるべくしてなったというか、劣悪な家庭環境のせいでこんなふうに育ってしまったのだと自分で理解している。
暴力を伴う教育という名の八つ当たりのせいだ。
だが彼女の家庭は、むしろこの上ない程幸せなものだ。
つまり先天的なサイコパス。
「なんだかんだ、今日は死ねなそうだね」
「そうみたいね、明日こそ殺せたらいいけど」
私が彼女を被験体に選んだ要因の一つに、妬みや嫉みも混じっているのだろうか。
もしもマトモに育てられたら、私は今頃どんな人間だったのか考えないわけじゃない。そもそも私は欲求を抑えられないだけで普通に生きていきたいのだから。
彼女とは違って。
「この調子から週末のたい焼き屋デートも決行できるかな?」
「さぁ、出来なかったら良いのだけどね」
例えばこの子の隣に居続けるなんて展開も、或いはあるのかもしれない。
それはまぁ、偶然毎日殺害方法が決まらなかった場合の最悪だ。
「もしこのまま死に方が決まらなかったら、医療従事者になるしかないわよね」
「いっそお医者さん目指すとか? いっぱい人が死ぬのも見れるし」
「馬鹿な私達には無理よ」
人の死ぬ瞬間をこの目に収めたい。
その欲求だけは消える事は無いだろう。
だから、私たちは殺し合うのだ。
「さて、今日は早めに帰りましょ。珍しくお父さんが家に居ないのよ」
「今のお父さんは別に殴ったりしないんでしょ? 居ても早く帰ってあげなよー」
「嫌よ、去年まで他人だった人と仲良くするなんて。殺してしまいたくなるわ」
「そういうとこだけ、普通だねー」
「別にいいじゃない。さ、帰りましょう。また明日殺せたら殺し合いましょ」
「うん! 明日こそ死のうね!」
そう別れを告げて、私たちは帰路に着く。
明日彼女を殺す方法を考えながら。