プロローグ fast
ある平原―――――
魔王軍最強戦力四災害の一人、アイリス・フリージアが率いる部隊は、予想外の裏切りによりかなり追い込まれていた。
「この騒ぎは何事だ」
遠距離からの魔法攻撃で野営をしていた俺らは目を覚ました。俺は急いで、外を見るとそこには数千の人影が見えていた。
「襲撃だろうね・・・恐らく、この襲撃は魔王のものだ。かなりの数の魔族が動員されているしね」
振り返ると、美しい青い髪を揺らし、蒼い目で戦場を俯瞰する姉であり、師であり、たった一人の家族でもある魔王軍最強戦力が立っている。
姉さんの言う通り確かに、遠目にもかなりの数の魔族がいるのが見える・・・。
「同じ魔王軍なのに何で・・・」
「さあね・・・でも、きっと狙いは私だろうね・・・バベッジ、部隊を引き上げるんだ。少し、優秀なやつを引き抜いたら、残りは撤退押させろ。ルノアを頼むよ・・・」
いつの間にか、後ろにいたドワーフのバベッジが立っていた。
「良いのか?」
「ああ」
言っていることが処理しきれなくて・・・否、認めたくなくて姉さんの会話に口を挟む。動機が強くなっていく。
「おい待ってくれよ。師匠何言ってんだよ」
「君はここに残るんだ」
案の定の答えに、さらに動機が強くなる。あんな大群にこんな少人数で残って勝てるはずがない。それに姉さんが、倒されれば俺らだって殺されるはずなのに。
「何言ってるんだよ・・・師匠!」
「君が行っても無駄だ」
心臓が耳元にあるんじゃないのかというほどに自分の鼓動の音がうるさいと感じる。
それを振り払うように、吠える。
「そんなことはない。俺は、軍団長なら倒せるぐらい強くなった」
「それはおごりだ・・・君の力では、軍団長に善戦することは可能でも倒せはしない」
「だからって、一人じゃ無理だ!」
「安心しろ・・・弟の命を守るのは姉の役目だ」
「ふざけんな!!!何自己満足に死のうとしてんだよ!!!・・・行かないでくれよ」
結局最後に出てきたのは、悲鳴と言って差し支えない嘆願だった。
姉さんは、そんな俺を見て少し笑い
「ごめん」
そこで後ろから嘔気な衝撃を受け、意識は途絶えた。
目を開けると、バベッジの背中の上だった。
「バベッジ、あれからどのぐらいたった?」
「1時間くらいだ・・・言っておくが戻ろうなんて考えてくれるなよ」
「バベッジ」
「何だ?」
「無理な相談だ」
一瞬で、氷結魔法を発動させる。
「なぁ!?」
「俺を背中に背負った状態のあんたには躱せない・・・心配しなくてもすぐに溶ける」
そう言って、俺はバベッジの制止を振り切って戦場に戻って行った。
金属と金属がぶつかり合う嫌な音が戦場に響く。血の匂いが、気分を悪くさせる。
敵と味方の悲鳴が、自分の行動の危険さを教えてくる。それでもこいつらを突破しなきゃ、姉さんのもとにはたどり着けない。
あまり時間をかけると、包囲されてしまう。
「停まれ、小僧」
瞬間、本能が警鐘を鳴らした。右に思いっきりとんだ。さっき、自分がいたところには銀の剣が刺さっている。
振り向くとそこには、炎のような赤い瞳が俺を射抜き威嚇する鬼族がいた。
「紅蓮・・・どういうつもりだ!?」
「おかしなことを聞くな。俺は、お前を通さないためにここにいるんだ。お前こそこんなところに何をしに来たんだ」
「決まってるだろ、自分の納得する道を選びに来たんだよ!!!」
氷の剣を作り、紅蓮に突っ込む。通常の人間よりもはるかに高度な身体強化魔法によって底上げされた俺の一歩は、爆発的な加速を以って紅蓮との距離を詰める。しかし、紅蓮は、いともたやすく受け止める。
鍔迫り合いになって、俺は力任せに紅蓮の剣を押し返す。しかし、少し押したと思えば、紅蓮はそれ以上の力で押し返してきた。
仕方なく距離を取って、剣を打ち合うが、致命打を与えられない。というか、遊ばれている。
ただ、ただ時間だけが過ぎていく。焦りだけがたまっていき、俺の動きは次第にぶれていく。故に均衡は崩れた。不意に、強力な一撃が俺を襲う。上段からの一撃だ。
とっさにガードしたが、肩を浅く切られた。それを見て、紅蓮は俺に猛攻をかけてくる。
殺意と闘気のこもった一撃が、俺の腹部を裂く。血が噴き出し、激痛が走るが、倒れるほどではなく、好都合にその一撃で紅蓮にも隙ができた。
「うおぉぉぉ!!」
渾身の力を振り絞って、紅蓮の脇腹を貫く。ガムシャラに剣をふるった結果、胸を狙ったが、腹部に痛みが走って逸れてしまったのだ。
どちらも傷を負い、距離を取る。
俺の身体強化はもう切れる。腹部の痛みに顔をしかめつつ、俺は両手で剣を振るう。
対して、紅蓮は片手で俺の剣を受け止める。
脇腹を貫かれたってのに、平然と戦いやがって。経験値の差・・・どんだけ戦に慣れてるんだ。そろそろ身体強化魔法が切れる。
そうなる前に、せめて紅蓮だけは退けないと。そう判断し、俺はある決断をする。
「倒せないなら、せめて・・・「しかし、姉の優しさを受け取れんとはな。度し難い」」
「優しさだと・・・どういうことだ?」
「分からないのか、私をここに置きお前の足止めを頼んだのはお前の姉だ」
「な・・・にをいって」
ゾクッ―――――――。
背筋に冷たいものが走る。次の瞬間、圧倒的な重圧に俺は押しつぶされていた。これは、殺気ではない、純粋な存在感だけだ。なのにもかかわらず、生物として、人間として、命あるものとして、逃げろと本能が警鐘を鳴らす。
「一足遅かったな・・・ルノア」
振り向くと、案の定魔王が立っている。そして、その手には血まみれの姉さんの体を引きずっていた・・・瞬間、目の前が赤く染まる。
「ああああああああああ」
怒りが、一時的に恐怖を忘れさせる。俺は、貯めていた全魔力を総動員して身体強化を発動し魔王に肉薄する。
しかし、振り下ろした俺の剣は、指一本で止められていた。魔王が、手のひらをこちらに向ける。
「さらばだ・・・ルノア・フリージア。『ダークライ』」
瞬間、俺の視界は真っ黒に染まり意識が途切れた。
「ここは何処だ」
目を覚ますと、知らない天井だった。