姉の虐待が酷いので家出してきた
「ねーちゃんの、ばかぁーーー!!」
オレは叫ぶと、コートを引っつかんで外に飛び出した。
今日は今年一番の寒さらしく、襟元から冷たい風が吹き込んできた。
ぶるりと身を震わせるが、オレはあの家に帰ろうとは思わなかった。
向かった先は、小学校からの親友の太一のところだった。今でも同じ高校に通っている。
太一は高校生だったがアパートに一人暮らししていて、姉と暮らすオレにとってはうらやましい限りだった。
太一は一人っ子らしく、姉がいるオレのことをうらやましがることがあったが、姉の実態を知ったらそんなことはいわなくなるだろう。
太一の部屋の前にたどりつき、インターホンをおすとピンポーンと軽快な音が鳴った。
ドアを開くと、太一がオレの姿をみて「どうしたんだ?」と聞いてきた。
「寒いから、とりあえずいれてくれないか」
「まあ、いいけど、ほら入れよ」
太一はオレ用のスリッパを用意してくれた。
こういった細かい気配りができるやつで、もしもこいつが女だったらまちがいなく惚れていただろう。
中に入ると、暖房がたかれ温かい空気につつまれ、ようやくオレは人心地つくことができた。
真っ赤に赤熱する石油ストーブの前で手をかざしていると、太一がコーヒーを入れてきてくれた。
「サンキュ」
「ん、いいよ。砂糖とミルクをたっぷりいれておいたからな」
何度かここに通っているうちに太一はオレの好みを完全に把握してくれていた。ねえちゃんとは大違いだ。
「それで、どうしたんだよ?」
ふーふーと息を吹きかけながらコーヒーを飲んでいると、太一が心配そうにこちらを見つめてきた。
「……家出してきた」
「家出!! なんでだよ?」
「もう、ねえちゃんには耐え切れないんだ!!」
オレが叫ぶと隣の部屋からドンと壁を叩く音がした。ごめんなさい、ちょっと興奮してただけなんです。
「お前のお姉さんって、確かあの可愛くてほわほわした感じの人だよな?」
「そうか、おまえにはそう見えているのか……」
外面のいい姉は、たいていの人から好意的にみられている。だが、家で二人きりになったときは、あれは豹変する。
「急に家出しようなんて思ったわけじゃないんだ。ずっと前からいやで、それで、今日我慢ができなくなってさ」
「そうなのか、例えばどんなことあったの?」
太一は心配そうしながらも、興味がありそうにこちらを見てきた。
「それじゃあ、ついこの前のことだけどさ……」
姉と一緒に買い物に行った帰り道なんだけど、冷たい風が吹いてきて思わずくしゃみしたんだ。
そんなオレを見て、姉が「寒いの?」って聞いてきたんだ。でも、オレは「寒くない」っていったんだ。なんか素直に言うのが悔しかったんだ。
そしたら、姉が急に後ろに回ってオレの首をマフラーで絞め始めたんだ!!
「それって、単純にマフラーかしてあげようとしただけなんじゃ……」
「ちがう!! ねえちゃんがあのちっこい体をつかって、オレの首にマフラーかけたあとぶら下がってきたんだ。首を絞めにきたにきまってるだろ」
「そ、そうなのか……」
太一は疑問を感じているのか、納得してない顔をしていた。
「疑っているのか? それじゃあ、別のときの話なんだけどさ」
あれは、ファミレスで外食しにいったときだった。
おれが選んだのはハンバーグだった。あっつい鉄板の上でハンバーグがじゅうじゅううまそうな音をたてててさ、ハンバーグの付け合せににんじんのグラッセがついてたんだよ。ほら、あの甘いやつ。昔は苦手だったんだけど、意外とうまいってことを知ってから好物になったんだ。
でさ、最後に食べようと思ってとっといたんだ。そしたら、あろうことか姉が横から箸をのばしてきて取っていったんだ!! 「にんじん苦手だったよねー」って満面の笑みをうかべながら、固まるオレを気にせずに全部くったんだ。わかるか、このときのオレの悔しさが!!
オレの叫び声で、また隣の人からドンドンと叩かれた。今度は2拍子だったな。
「それ、キライなもの食べてあげようとしてあげただけなんじゃ……」
「そんなわけあるか!! ねえちゃんはいつも、好き嫌いするなっていっているんだぞ。でも、なんだかんだで、オレのキライなものは食べてくれるけどな」
太一の目つきがなんだかかわいそうなものを見るような目になってきたぞ。なぜだ。
「しょうがないな、とっておきの話をしてやろう」
この前風邪をひいたんだ。ああ、そうそれ、学校休んだときだよ。
でさ、38度ぐらいの熱でそこまでひどいもんじゃなかったんだ。ただ、頭痛がひどくて、部屋でじっと寝ていたんだ。
家族も出かけて家が静かになって、ようやく寝られると思ったんだ。
でも、大学にいったはずの姉が、なぜか帰ってきたんだ。手にコンビニの袋さげて、プリンとかゼリーとかたくさんいれてさ。「なにかほしいのなーい?」って聞いてくるもんだから、「なにもない」って言ったんだ。あのときは、とにかく静かにしてくれれば良かった。
それで、姉が諦めて部屋からでていくと思ったのに、ずっと部屋の中で本よんでいたりして、ときどき「大丈夫?」って聞いてくるんだ。
返事をしたりしてかまうのがいけないと思って、寝ているフリをした。
そしたら、ふとんが持ち上げられて、なにをするつもりだって警戒したらさ。姉が布団の中に入ってきたんだ。体をぴたっと密着してきてさ。
こっちは熱がでて暑いっていうのに「早く良くなってね。ほら、これであったかいでしょ」って耳元でささやいてきたんだ。わかるか、このときのオレの気持ちが!!
オレの魂の叫びに隣の住人が今度は3拍子で壁に向かってビートを刻んできた。すげーな、ドラマーか。
一方で、目の前の太一といえば、黙ったまま半眼でオレをじっと見ていた。
なんだ、この反応は、どうしたんだ、我が親友よ。
そのとき、外から誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。
「のぶくーん、どこー」
窓から外を眺めると、姉が大声でオレのことを探しているようだった。姉は急いでオレのことを追って来たみたいで、コートもマフラーもしていなかった。
「おい、行かなくていいのか?」
「せっかく家出してきたんだから、いくわけないだろ。このままほっとくよ」
しばらく、窓から姉の様子を見ていると、別の場所を探しにいったようで、安心した。
「なあ、今日寒いよな」
「ああ、そうだな」
「ねえちゃん、あんな寒そうな格好で大丈夫かな?」
「そうだな、寒そうだったな」
「風邪とかひいたりしないかな?」
「おまえほっとくっていってただろ」
「でもさ、ねえちゃん……」
オレが言いかけたところで、太一が立ち上がった。
「さっさといってこい!!」
太一の大声に反応して、隣の部屋から5拍子のリズ
ムが鳴った。
「そんな……、かくまってくれるんじゃないのかよぉ」
「うるせえ、死ね!!」
太一に部屋を追い出されたオレは仕方なく、姉を探しにいった。
近所の空き地にいた姉を見つけると、笑顔でオレに走りよってきた。
「寒いだろ、ほら」
鼻の頭を赤くした姉に、オレのきていたコートをかけてやった。
「ごめんね、なんかお姉ちゃん、のぶくんのこと怒らせちゃったみたい」
「もういいよ。ほら、帰るよ」
いつものように手をさしだすと、姉がうれしそうにオレの手をにぎった。
歩き出すと空から白いものがちらつき始めた。
「あ、雪だ」
「積もったら一緒に雪だるまつくろうね~」
姉が雪を見上げながら楽しそうにくるくると踊っていた。
「やだよ、寒いじゃん」
「えー、つくろうよー、ねえねえ。一人でやってもつまんないし」
駄々をこねる姉を見て、ため息をつきながらしょうがないなとうなずいてやった。
後日学校で会った太一から「このシスコンめ」といわれた。なにいってんだ、こいつ。




