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こんなVRはいやだ。

作者: ヴァーツァルボーイッシュ5世

忙しい人のための概要


・世界初の完全フルダイブ型バーチャルリアリティ(VR)ゲーム(オンラインではない)

・案の定ログアウト不能(精神の牢獄・肉体的介護生活)

・VRなのに3人称視点(見づらい)

・一人称でも自由に体は動かせない(『器用さ』が低い、もしくは仕様で決まった動きしか…)

・背中が痒いけどかけない(幻肢痛的な?)

・ターン制バトル(爽快感はない)

・QTEがツイスターゲーム(ムリゲー)

・決まったコマンドを選ぶだけで美少女が貴方に好意を抱きます(シナリオ依存)






 俺はその世界の勇者に仕立て上げられた。



「ヤツは東にある彷徨いの森へと逃げ込んだようだ、だが村はこのありさまだ・・・

頼めるのはお主しかいない。

頼む、ワシの孫を助けに行ってくれないか?」


目の前の老人は力なく膝をつき、悲痛な表情には涙を浮かべ男に懇願しているように見えた。

老人の嘆願をあっさりと俺は否定して答えた。


・はい

・イエス←

・よろこんで


「そうかそうか、あの村一番のわんぱく小僧だったお主がついに人のために旅立つ時が来たというのだな。

一番仲の良かったお主になら孫娘を任せることができる。

さあ、この剣と薬草をもっていきなさい」


否、拒否しようと思っていた。

しかし選択肢に用意されていない回答は出来ないので、

『いいえ』に響きが近いものを仕方なし選ぶしかなかったのだ…

だってこの世界はゲームだから。


「頼んだぞ」



…なあ爺さんや、せめて鎧や盾などの防具や支度金ぐらいは用意してくれないか?

どうせ物語が進んだらひょっこりお古の良い武器と防具をよこしてくるんだろう?

最初から渡しとけばいいのに。

そんなことを思いながらも、足は勝手に彷徨いの森なる場所に足を運んでいくのであった。

はあ、どうしてこんなことに。




――――

――――――






 それは遥か未来の出来事。

人類が史上初めてフルダイブ型ヴァーチャルリアリティを実現したその時から

新たなる世界への旅立ちの瞬間が始まっていた。

ハードウェアの完成からわずかな時間を置き市場に現れた1本のゲームは、

かねてより人類が待ち望んでいた史上初の仮想現実対応型ゲームであった。


 俺は待ち望んだそのゲームを苦労して手に入れ、入手できた喜びをそのままに

、これから先の期待を込めてソフトを起動した。


しかし、その一連の行いには確かに迷いも存在していたのだ。


(もしかして、デスゲームになるのでは?)

(あるいはログアウト不能になるのでは?)

(ゲームの世界に閉じ込められたまま帰ってこれなくなるのではないか?)



でもそんなためらいなど今更だ。

それに考えてもみろ、今は飽食の時代

ありふれた日常はいい加減飽きている。

それはそれで刺激にあふれた良い人生じゃないか。



「ま、そうなったらそうなったで楽しめるように

僕が考えた最強の勇者を作りあげてみればいいっしょ!」



そう思った。

とんでもない間違えだった。


ああそうだ、俺は間違えてた。


だから新たなる被害者を出さないように、俺の押しつけがましい善意だが、

俺がお前らにできる唯一役に立つアドバイスになる筈なんだ。

言わせてもらう。






世界初のフルダイブ型VRゲームなんてクソに決まってるんだから絶対に買うな!


先ずは様子を見ろ!

迷っていたら暫く時を待て、今は時期が悪い


そういって自分を納得させて、そして手を付けようなんて思わないことだ。




これがお前らに言える、間違えちまった俺の唯一のアドバイスだ。

ゲームが得意な俺は目の前に理想郷が仮想現実として顕現したら全力で生きていける!

そんな慢心は、早いとこ捨てちまった方がいい。本当に。




別にさ、ゲームが下手くそなわけじゃなかったんだ。

むしろうまくいってたさ。

たぶん、その世界(ゲーム)では、誰よりも。



確かに俺は望んでここに来たさ、

でもさ、それが本当に望んだ結末にたどり着けるかなんて、保障されているわけがないだろう?

俺はその大事な部分がごっそり抜け落ちていただけだ。

たぶん、それ以外の部分では誰よりも自分の理想を忠実に実現できた、まさに理想的な世界だったんじゃないかな?









 勇者はいつも鶏の鳴き声で目を覚ます。


― コケーッコッコッコ!


ブラックアウトしていた視界の演出は無くなり、目の前には二つに割れた見事な大臀筋が映し出される!

一秒でも視野に入れないために、俺は『視点を切り替える』。

俺は男の逞しく育った背中の筋肉や腕の筋肉を嘗め回すように視姦した後、ようやくまともな視界を確保したことに心の中で安堵する。

この世界では満足に胸をなでおろすことすら叶わないのだ。

おかげで気分がもやもやする。


心身共に健康が第一だとはよく言われるが、この世界においては心の健康が何よりも優先される。

なんなら72時間連続でダンジョンに潜ることにより、少しでも男の臀部を視界に収めない時間を延ばすことによって、心の平静を保つ必要があるのかもしれない。

どうせ自由に動かぬ体など憑依体験でもしている程度に考えた方が楽になれる。

ああ、今日も体のどこかがむず痒いナァ・・・

そんな心持でダンジョンへ向かう。







 勇者はいつもダンジョンで道端に落ちているパンを拾う。


腹が減っては戦ができぬとはよく言われるが、この世界においては味よりもまず『満腹度』が満たされることが優先される。

『カビたパン』は回復量が下がってしまうが『くさったパン』よりはましだ。

『くさったパン』はHPが下がってしまうが何も食べないで死ぬよりはましだ。

『渇き』を満たすためにも新鮮な水を探さなくてはならない。

探し回るには『満腹度』に十分余裕があることが大切だ。

飢えないためには時に、あの苦くて青臭い『薬草』を頬張ることも必要だ。

そうやって今日も同じ味の食事で命を繋ぐ為この身を世界になげうたねばならぬいのだ。




 勇者はいつも見かけた女の子をナンパしている


人は見た目が十割とはよく言われるが、この世界においてナンパは何よりもまず『好感度』を上げやすいことが優先される。

何処か影のある薄幸の美少女なんてものを自分のモノにできたら喜びもなおいっそう深いものになるのであろうが、わざわざ面倒な方向へ歩みを進めなくともほかにも楽な方角はいくらでもあるのだ。

勇者のナンパにおいてはいかに『好感度』を早く高めて『一緒に寝る』をしてキャベツ畑で『子供を育てる』をし、次の勇者を育て上げて『転生をする』をしなければならない。

確かに俺は長年のギャルゲー生活で美少女たちとの間柄に友好的な関係(フラグ)を構築する方法を熟知していたからこそ、こうしてゲームを続けているのだが、それができないヤツはそこで雑草をひたすら食べて上をしのぐおじいさんやおばあさんのような姿になってしまうのだ。


「ああ、頼む勇者よ・・・早くこの世界を終わらせておくれ」


まるでNPCのように毎日うわ言を呟くだけになってしまった、元仲間の男(・・・・・)には、とっくの昔に嘗ての面影は失われてしまっていた。


結婚ができず、子孫を残せず、『転生をする』ができなくなったプレイヤーの成れの果て。


人は見た目が十割とはよく言ったもので、ヨボヨボに衰えてしまっては『好感度』は嫌でも下がってしまい、キャベツ畑を営むことが困難になってしまう。


若くて逞しいということはそれだけでこの世界においては『好感度』を上げるポイントとして優位な点であり、この世界のナンパを成功させる点で必要な要素だったのだ。


それができなければ、そこでホームレスと化したかつての仲間のように、

自分を失い、生きる目的を失い、存在意義を見失い、機械のようにうわ言を呟く。

新しいNPCが誕生してしまうのだ。

そうなる前に早く、俺はログアウトがしたい・・・




ああ、何で俺はあの時もっと冷静になれなかったのだろう?



俺はこんな世界のどこに希望を見出せばよいのだろう?





 ある日、世界初のVRゲームはバグにより、案の定ログアウト不能の魂の牢獄と化してしまった。

主観時間が加速されたこの世界から抜け出すためにはゲームをクリアするしかない。


空想上なら俺は超一流の勇者で、みんなの羨望を束ね、頼れる仲間と美少女たちを率いてボスを圧倒しているのに。

だけどこの世界だと、世界じゃ当たり前だと思っていた当たり前のことができないんだ。


だってバグが出るぐらいの手抜きなんだぜ?

自由に刀振り回したりできると思ったら大間違いだ!



戦闘なんかターン制だぜ?


TPS視点で野郎のお尻しか見えないんだぜ?


野郎のお尻で美少女NPCの顔が見えないんだぜ?


お前そこ邪魔なんだぜ?


ロードは長いぜ?


その間背中が痒い気がするけど背中を掻く方法がないんだぜ?


増えた仲間が一列に並んで視界を塞いだ時なんか俺もクリアをあきらめたぜ?


無駄にリアルな質感の尻と筋肉がドアップだぜ、うける~!


オロロロロ!!


おかげで見えない壁に苦労したぜ?


どうにか『視点を切り替える』を覚えたころなんか『ナンパをする』はただの作業になってたぜ…



 もう嫌だ、こんな世界

自分の意見すらまともに言えない。


返事は『はい』か『イエス』か『喜んで!』

というかまともに喋ることすらできない。

勝手に話が進むだけ。


拾ったパンは不味くはないけどそれしかない。

ジャムもハチミツもクリームもバターも塩も。



何もないダンジョンを歩いてたら突然視点が切り替わってバトルが始まる

心臓に悪いエンカウントシステムにもなれたよ。


強制的な運動音痴プレイにも慣れたよ。


でも毎朝たくましく二つに分かれた臀部を眺めるのはいい加減いやだお・・・


仲間を失う苦しみも4つしか覚えられない技と一緒に忘れてしまおう。


それでもあいつらは「この世界を誰かがクリアすれば現実に帰ることができる」ことを忘れてくれないんだよ。

そうやってまともに動ける俺を『勇者』に仕立て上げてしまうんだ。




「ああ、頼む勇者よ・・・早くこの世界を終わらせておくれ」

「母さん、もうすぐ晩御飯までにログアウトするから待っててよ」

「任せたぜ、相棒」




俺だってあきらめていない

たった一人になってしまっても

たとえ何年かかってしまっても

いつかこのクソゲー(世界)を終わらせて

本物の女の子を『ナンパ』して

帰りに一緒に手を繋いで

下らない会話で盛り上がってはしゃぎ合って

いつかベッドで『一緒に寝る』をして

キャベツ畑を経営して


あの頃の本物の温もりを

あの時の本当の柔らかさを感じて

今度こそ真面目に生きてやるんだ。


だからまだ、俺は勇者を辞めるわけにはいかない。


だけど、愚痴ぐらいなら言ってもいいよね?

本当、一言だけ言わせてほしい。



「こんなヴァーチャルリアリティはあんまりだああああああ―!」


今日も勇者はおしりを眺めた。





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