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09 リーンの心配

 治癒を教えてくれる事になった、みたいだけど、あんまりリーンは私が知識や力を得る事に賛成ではないようで、やや視線が硬化している。……そんなに嫌なのかな、治癒だったら怪我した時に治すだけなのに。


 何が不満なのかと聞いたら「君は覚えたらきっと誰にでも使うだろう」と言われて、そりゃあ怪我してるのを見たらと答えたら顔をかなり顰めてしまった。答えが気に食わない、というよりそれは絶対に駄目だと否定するような眼差し。


「治癒は魔法使いしか出来ないのだから止めろ。君の能力が露見するだろう」

「でも、怪我してる人が居たなら治すべきでしょう?」

「僕は君の能力がばれるくらいなら多少の怪我人は看過すべきだと思う」

「そんなの……」

「他人なんかどうでも良いだろう」


 人嫌いのリーンがそう言うのは予想出来たけど、それは他人だからどうなろうが構わないっていう事で、それは幾らなんでも暴論だし非情過ぎる。目の前で苦しんでいる人が居たら、助けられる力を持ったなら、助けてあげたいと思うのが人じゃないかな。

 なのに、リーンは全部真っ向から駄目出しして禁止しようとしてくる。私に見過ごせって言うの?


「……リーンの意地悪、情はないの?」

「何とでも言え。僕は、君には絶対に使わせない」

「そんな事リーンに指図される覚えはないもん!」


 いつもいつもリーンは駄目駄目ばっかで私に何かする事を許してくれない。私はリーンの所有物じゃないし、リーンとは対等の存在でいたいのに。これじゃあ私、何にも出来ないただの子供になっちゃう。


 また喧嘩の種をお互いに蒔いてしまったとは自覚してるけど、譲れない。心配してくれてるのかもしれないけど、制限ばっかりなんて嫌。私が何しても駄目で大人しくしておけって言うんだから。


 リーンの馬鹿、と頑ななリーンを睨むと、リーンは鼻を鳴らして此方を見やった後、つまらなさそうな表情で立ち上がって部屋を出ていってしまった。


 ……珍しく、私を言い負かせるんじゃなくて、私から逃げるように離れて行ったけど……どうして、少し悲しそうに眉を下げた、のかな。


「……モニカ」

「……良いです、頭冷やして貰うもん。アーベル様、治癒を教えて下さい」


 表情は気にかかったものの、今回はリーンが全部規制しようとしてきたのが悪いから、私悪くないもん。治す治さない使う使わないの判断くらい自分で出来るのに。


 ぷいっとそっぽ向いてリーンを放置する私に、アーベル様は分かりやすく苦笑してやれやれと肩を竦めた。アーベル様は中立の立場に居るのか私を批難する事もリーンを批難する事もなく、ただ困ったなあといった苦笑を浮かべている。


「まあ教えるって言ってもね、モニカは願えば良いだけだよ」

「願う……?」


 そしてアーベル様から落とされた言葉は、あまりにもあっさりとしたものだった。


「モニカが命令して働かせたいなら別だけど、モニカはそんな事したくないだろう?」

「まあ、そりゃあ嫌ですけど」

「なら願いを聞き届けてもらえるように祈れば良いんだ。まあ、モニカの場合は、ただ願うだけで叶いそうではあるのだけど」

「え?」

「いいや。普段している軽いお願いと同じように願えば良い。精霊は君の願いを必ず聞き入れるだろう」


 モニカは特別だからね、と何とも言えない笑みを浮かべたアーベル様は、にこやかだけど、何処か憂い気な笑顔で。


「……と、いっても、怪我してる人が居なければ治癒の練習にもならないね」

「じゃあ今から怪我して来ます!」

「待った待った、自ら傷付かなくて良いから。そんな事をしたら私もリーンも悲しむだろう?」

「……はい」

「練習は出来ないかもしれないけど、心構えはしておけばいい。肝心なのは願う事だ。願いが強い程、精霊は君に力を貸してくれるだろう」

「はい」

「それだけ分かれば良いんだ。……モニカは精霊に愛されているのだから」


 精霊に、愛されている。……それは言葉通りの意味なんだろうか。精霊さんとはお友達なのは間違いないけど、仲良く出来る事が愛されているという事なんだろうか。


 ……確かに、とても親しくしてくれているし、愛情というか慈愛と好意を感じる事は、あるのだけど。

 それが精霊に好かれているというなら、そうなんだろう。でも、それだけで全てが叶うものなのかな……。


 自分じゃよく分からなくてうう、と唸る私だけど、アーベル様はそんな私に静かな瞳を向けては、そっと私の肩に手を乗せる。温かくて落ち着く掌だけど、何かを主張するようにやや力のこもったそれ。


「……モニカ、リーンの事だけどね、私も人前で使う事には反対してるよ」

「……アーベル、様?」

「君の能力を活かす術は教えるけど、誰か知らない人に使う事はとてもじゃないけど勧められない」


 ……アーベル様まで、駄目だって言うの?


「……何でですか?」

「モニカの力は、他人からすれば奇跡のようなものなんだよ。ちょっと魔術をかじった人間なら分かるよ、その異質さが。君は代償を必要とせず、好きに使えるんだ。治癒だって、モニカの使い方次第でどんなものでも治せるかもしれない」

「……駄目なのですか?」

「そうだね、一概に悪いとは言わないけど……じゃあモニカ、モニカはその力を使ってお金とか取ろうとする?」

「そんなまさか」


 私は私の気持ちで勝手に治すだけだもん、お金なんて取るつもりはない。


「だろうね。じゃあその力を使って人に知られたら。モニカは無償でその力を行使するね。じゃあ他の人はどう思う? どんどんモニカを頼ろうとするね?」

「……それは……」

「誰にでもそんな事をしていてはモニカの身が持たないし、モニカの手が届かなかった人には不満が出る。人間は勝手だから、勝手に期待して勝手に裏切られた気持ちになって、勝手に悪意を向けてくるよ。どうして助けてくれなかったんだ、って」


 それにモニカは耐えられるだろうか、と言われて、私は口を噤むしかない。

 ……私は善意、といってはおこがましいのだろうけど、素直に治したかったから治していく、だけだと思う。でもそれが誰かを結果的に苦しめるのかもしれない。

 期待していた分、裏切られればそれは容易く反転して、負の感情になるのかも、しれない。


「それならまだ良いんだけどね。モニカの力は特別で唯一無二だ。その力を悪用しようとするのが人だって現れる。連れ去られたり無理強いされてしまうかもしれないね」

「……そんな」

「その上、人は違う生き物には敏感だ。モニカを頼るかもしれないけど、逆に排除しようとするかもしれない。人間は自分と違う生き物には敏感で非情だから、モニカを害そうとするかもしれない、だって自分とは違うのだから」


 それでも良いかい? と静かに、そして真剣に問われて、私は力なく首を振った。


「モニカが考えなしに力を振るえば、好意、信仰、嫌悪、嫉妬、色んなものが向けられる。それはモニカにとって喜ばしいものばかりじゃないし、危ないんだよ。だから、リーンはモニカの力を制限しようとしてるんだ。争いの火種を生まないように、悪意がモニカに届かないように、モニカが傷付かないように」

「リーンが……」

「リーンは口は悪いけど優しいし、何だかんだモニカを大切にしてるからね」


 それをちゃんと言葉で伝えようとしないから素直じゃないよね、と少しだけ肩を竦めて笑ったリーンに、今になって、私はリーンが何故あれ程までに嫌がっていたのか、阻止しようとしていたのか、その意図の一端を理解出来た。


 ……リーンは、全部見越して、止めようとしてくれていたんだ。言葉はきついし態度は素っ気なかったけど、きっとそう。いつもリーンは、何だかんだ私の為に鋭い言葉を選んででも危険を排除してくれていたから。

 リーンは冷たいけど心は優しい人だって、私知ってたのに。


 それなのに、私は勝手に腹を立てて。


「……リーンに謝ってきます!」


 こうしてはいられないと直ぐに立ち上がって部屋を飛び出せば、背中に「いってらっしゃい」と柔らかな声が投げられた。




「リーン」


 リーンは、やはりというか自室に居て、ノックして入るとベッドで私に背を向けていた。入っている事には気付いているだろうけど、振り向いてはくれない。

 きっと、怒ってるんだろうな。私の為に言ったのに、私がその気持ちを汲み取らないで反発したから。気付けなかった私が、ばかなのだけど。


 もう一度名前を呼んでも、振り返ってはくれない。多分、このままでは顔を合わせてくれないと思う。


 だから、私は無言で近付いてベッドに膝を乗せ、こちらに背を向けたまま会話をしようとしないリーンの背中に抱き付いた。

 これには分かりやすく反応してくれたリーン。振り返りはしなかったけどびくりと体を揺らした。けど、全力で拒否しないという事は、この体勢を許してくれるという事でもある。


 だからリーンの体に腕を回してぎゅっと抱き付いて、顔を肩に乗せるようにして耳元に唇を近付けて。


「さっきはごめんね。私の事考えて言ってくれたのに……」

「……師匠め」


 余計な事を、と毒づいたけど、その声に覇気はなかった。

 私はそのままリーンにくっついて、肩に顔を埋める。


「……リーンに心配かけないように、気を付けるね」

「使わないという方向はないのか」

「……出来るだけ使わないけど、リーンが怪我したら人目があっても迷わず使うと思う」


 嘘はつけないから、正直な気持ちを言うしかない。

 リーンの言う事は理解出来たし、軽々と使ってはならない事だって分かる。けど、私はリーンがもし大怪我したなら、誰が見ていても、多分力を使ってしまう。たとえそれが人の関心を集めたとしても。


「僕が怪我をするなんて余程ドジを踏んだ時だけだ」

「うん。だから、余程の事があったら、躊躇わないよ」

「……この、馬鹿」


 最後の言葉は、吐息のようで、棘の抜けた優しいものだった。

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