06 仲直りの証
漸く仲直り出来た、と笑って、何で此処に来たのか遅れて思い出して懐に手を突っ込む。
「お詫び、渡そうと思ったの」
「……石?」
取り出した精霊石に興味を示してくれたリーン、やっぱり見立ては間違ってなかったみたい。
「リーン、石、好きだから。光ってて綺麗だなって」
「確かに僕は石を集めているが、研究の為で……まあ良い。そもそもこれは何処で。これは精霊石じゃないか」
「お店の人が力の宿ってない精霊石だって言ってた。がらくた同然だけどキラキラしてて売れるかなって置いてたんだって」
流石というか直ぐにこの石が何か見抜いたリーンに、私はくすんだ灰色の石を掌に大切に乗せながら笑う。
精霊石は力を使い果たせば粉々に砕け散って消えるのが殆どだけど、稀に砕けずに残るもの、大きく割れるだけのものがあるらしい。これは砕けなかったもの。元々小さなものだったらしい。
稀とはいえ使い道は一切ないという事で売られてたのだ。
お店の人はガラクタのように扱っていたけれど、そんなの勿体ない。だって、チャージされていたエネルギーを使い果たしただけだもの。
再充填したら、またその輝きを取り戻してくれるよね?
「……精霊の力が宿れば、リーンにとっても価値があるよね?」
「おい、まさか」
「……おねがい」
リーンの予想は多分正しい、そして私はそれを今から実行する。
この泉は精霊さんが住まう場所。その辺りにも精霊さんは存在するのだけど、此処が一番多く集まっているし精霊さんの力も強大なものになる。その力を少しだけ貰おうっていう魂胆なのだ。
ただ無理矢理取るつもりはないしあくまでお願い。ほんのちょっとずつ精霊さんに力を分けて下さいとお願いする事になる。無理強いなんてしたくないし、これは私のわがままだから。
少しだけ分けて下さい、と祈るように石を握り込む形で掌を組み精霊に願うと、手の中で淡く光り熱を孕む精霊石。心なしか、手の中で存在を主張するように脈動したような感覚がした。
そっと手を広げると、雷雲を閉じ込めたような暗い灰色の石は、雲一つない晴れ渡った青空のように透き通ったブルーの宝石に変わっていた。
空を落とし込んだような、澄んだ青色は、リーンの瞳とそっくりで。
「ありがとう精霊さん」
私のわがまま、ちゃんと聞いてくれたんだ。
精霊さんは基本的に物を食べたり触れたり出来ないからお礼と言っても言葉くらいで、特別に触れられる私が感謝の言葉と共に指の背で側に居た精霊さんを撫でると、ぽわっと瞬く。
気にするなと言われてるみたいで、精霊さんの優しさにほっこりするばかりである。
「……僕は時々、いやかなりの頻度で君の頭を疑うよ」
完成品をじゃーんと見せびらかすと、リーンは渋い顔をして「直接精霊に込めさせるってどうなんだ」とぶつぶつ言っている。
「え、でも新しいもの探すより精霊さんに頼んだ方が安くて早くない?」
「それが出来るのは君だけだと肝に念じて欲しい。絶っっっ対にそれを他人に知られるなよ」
「分かってるよ。でもリーンは他人じゃないでしょ?」
リーンは私の家族だもん、とにこりと笑うと、リーンはなんというか綺麗な青の瞳を丸くして、毒気を抜かれたように何処か呆けた顔で私を見詰めてくる。
……あれ、変な事言ったかな。リーンは可愛げないし素直じゃないし言葉はきついけど、それでも私の家族だし大好きだもん。いやまあはたいたり頬をつねってくる時は嫌いだけど。
「それで、これリーンにあげようと思って」
「こんな貴重なものをほいほい渡すのはどうかと思うよ」
「だって私必要ないもん。リーンが必要でしょ?」
「……これだから君は……」
深々と溜め息をつかれてしまったけど、実際精霊さんに直接お願い出来るからこういう石に頼らなくても良い私には不要のもの。それにリーンの方が有効活用出来るから。
リーンの為に作ったのだから、リーンに受け取って欲しいもん。
はい、とリーンの掌にころんと乗せると、何とも複雑そうな表情で「ありがとう」と小さく呟くリーン。嫌がっては、ないみたい。分かりやすく喜んではくれないけど、興味はかなり引かれている……っぽい。
「モニカ」
「なに?」
「考える事が同じだったというのは癪なものだが、ほら」
まあリーンに受け取って貰えて良かったと自己満足に浸る私に、リーンはそっと私と同じように懐に手を突っ込んで、それから何かを取り出す。
案外私より大きくてしっかりした掌に乗っていたのは、白の刺繍が施された赤色の細めのリボン。そう、丁度私が使っているリボンと同じような、細さと長さ。
まず間違いなく、リーンが使うようなものではない、よね。
取り出されたものにとまどう私に、リーンは突っ慳貪な態度でリボンを押し付ける。……私に、くれるの?
「……これ」
「言っておくが、君の好みに合わなくても知らないからな……うわっ!?」
「リーン、ありがとう!」
まさかリーンが私と同じ事を考えて、同じように贈り物をしてくれるなんて考えてもいなくて、堪らずにリーンに飛び付いて全身で喜びを表現してしまった。
……私よりも軽いんじゃないかと心配なリーンは私を支えきれなくて、そのまま尻餅をついちゃったけど。
咄嗟に精霊さん達に風を起こして貰ってお尻を強打する事は避けたけど、それでも勢いは殺しきれなくてリーンを下敷きにしてしまった私。
リーンは何しやがると言いたげに不満も露な眼差しで私を見てくるのだけど、私がリボンを大切に持っているのを見たのか、直接不満は口に出さなかった。
早速と横髪を一房だけ三つ編みにして纏めていたリボンをほどいて、代わりにリーンがくれたリボンで結び直す。私の淡い髪色だとよく映えている、気がする。
ついえへへーと笑ってリーンに「どう?」と似合っているか聞いた所、ぷいっと顔を背けられた。……その反応は酷い。
「……たかがリボンでそこまで喜ぶなよ」
「だって初めてのリーンからの贈り物だもん、大切にするね」
リーンから何かをくれるなんてなかったし、特にお互いに贈り物なんてした事なんてない。だからこそ、このリボンは記念品だし、とても大切な宝物になる。
ちゃんと綺麗に使っていこうと決めている私に、リーンは少しだけ眼差しを柔らかくした。
「重いから退けろ」
「ひどい」
それでも口から出たのはすげない言葉というかかなり失礼な言葉なので、リーンはやっぱり可愛げがない。
……お、重くないもん、リーンと同じくらいだもん、多分。リーンがひょろひょろなだけだもん。それに身長だってそんなに変わらないから、そんなに体重も変わらないもん。
「良いから退けてくれ。そろそろ帰らないと師匠が心配する」
折角リーンに感謝の気持ちで一杯なのに水を注されたような気分だったのだけど、それもリーンの視線を追い掛けたら消えた。
もともと屋敷から村は離れているし、私達がゆっくり帰ってたから一時間は掛かってる。お買い物とかの時間を含めていたら、アーベル様が考えてる帰宅時間をオーバーしている気がする。
「あ、そうだね。そろそろ帰ろっか、アーベル様に心配かけたら悪いもんね」
「……いや、絶対笑ってるな」
え? と問い掛けても、リーンは返事はしない。ただ、リーンの視線は空から側の木に移っていて、そしてリーンの頬は引きつったようにひくひくと強張っている。
何を見て、と思って同じように視線を移しても普通の木があるだけ。後は枝に小鳥が止まっているくらいなんだけど……。
リーンが何にそういう顔を見せているのかはさっぱり。リーンは何も言わずに、いや「何処から見てたんだ」とか訳の分からない事を呟いては私を退かして立ち上がる。
服に付いた土を払いつつ、私に手を差し出してくれて。
そういう所は優しいよね、なんて笑って、私もその手を握って立ち上がり、そのまま笑顔で手を繋いで帰るのだった。
その翌日、リーンが私のあげた石を加工して首飾りにしているのを見てにまにましてしまい、小突かれるのはまた別の話。