04 気まずいお使い
結局まだリーンとは気まずくて、謝る事はおろかろくに会話も出来ていない。
けど、時間は勝手に過ぎていくものだし、気が付けば翌朝になっていた。……顔を合わせる事については気が重くて微妙な顔になってしまっていたのだけど、いつものように朝御飯を作って寝入っているリーンを起こしに行くしかない。
やっぱり昨日の事を引きずってしまっていて、起こすのも躊躇いがちになってしまう私。
でも早く起こさなきゃ朝ご飯冷めちゃうし……覚悟を決めてく毛布にるまったリーンを揺すると、五度程揺すった後にぼんやり寝惚け眼が瞼の奥から現れた。
私の事を視認した瞬間にがばりと飛び起きるものだから、びっくりして後退りしちゃったけど……リーンは不機嫌そうに私の動作を見ては舌打ちしている。……やっぱり、怒ってる……のかな。
今日のおつかいでちゃんと謝れると良いのだけど。
「朝ご飯、出来てるから……顔洗って来てね」
あんまり長居しても機嫌を悪くするだけだろうと思って、なるべくいつものように笑って部屋を後にする。
「リーンはどうだい?」
ダイニングに戻って朝食を並べていると、先に席についたアーベル様はにこりと微笑んで問い掛けてくる。
……どう、とも言われても、昨日と同じように不機嫌だった、としか言えない。寝起きもあるから余計に不機嫌度が加算されてるし。無理矢理起こすと凄い機嫌悪くなるんだよね、リーン。
今日の朝ご飯は、昨日のうちに仕込んでおいた生地を焼いた焼きたてパンと取れ立て卵の半熟オムレツ。中にはこの間村のおばさんに分けて貰ったチーズを刻んだものを入れてとろとろふわふわに。
多分これだけじゃ物足りないからこの間薫製したばかりのベーコンはカリッと焼いて、ふかしたジャガイモを調味料と一緒に和えたものに混ぜてサラダ仕立てにしたものを添えておいた。
……リーンの好きな朝食メニューなんだけど、少しは機嫌を直してくれるかな。昨日人参攻めしたし。
「これでちょっとは機嫌、直りますかね」
「さあねえ。でも、リーンも何だかんだ言い過ぎたとは思ってる筈だよ? モニカが泣きそうな顔してたから、あの後リーン罪悪感に駆られた顔してたよ」
「リーンが?」
そんなまさか。だってリーンは間違った事言ってないし、リーンは自分が正しいと思った事は基本的に譲らない頑固な所があるもん。たとえリーンの言葉が強かったとしても、事実私は邪魔してたし……。
リーンに限ってそれはない、と言おうとして、丁度リーンが着替えて出てきたので慌てて口をつぐむ。……あんまり刺激したくないから。
その本人は、此方をちらっと見ては気まずそうに顔を背ける。アーベル様のいう罪悪感なのか、それともご立腹のままなのか、私には判断がつかないけれど……兎に角、機会を窺ってちゃんとお話ししなくては。
リーンが食卓に現れた事で、三人揃っての朝食がスタート。
昨日よりは険悪な雰囲気は、ない。ただよそよそしさは感じるものの、これは私が悪いのでどうしようもない。
リーンは自分の好きなものばかりの朝食に目を瞬かせていたけれど、何事もなかったかのように無言でフォークを動かしている。顔色が少しだけ明るかったのは、料理をお気に召してくれたみたい。
心なしかご満悦そうなリーンにアーベル様はひっそり笑っていて、私も釣られて笑うと目敏く気付いたリーンに見付かって睨まれたので、慌てて目を逸らしておいた。……ぷち喧嘩中なのにこれはまずかったかもしれない。
ちら、とリーンを窺えば何とも言えなさそうな複雑な顔をしていた。怒ってはなさそうだけど……。
「じゃあ、頼んだよ」
ご飯が終わって片付けを済ませると、アーベル様は私達の微妙な距離感など気にした様子もなく、私に肥料をつめた瓶入りのバスケットを手渡した。ついでに「仲直りしておいで」と耳打ちまでしてくるので、これは本当に仲直り出来なきゃ困った事になりそう。
リーンはひそひそ話をする私達を鋭く見ていたものの、口出しまではしてこない。その後バスケットは僕が持つ、との一言で奪われてしまったけども。
そんなリーンにアーベル様は「重いもの持たせたくないんだってさ」と揶揄するような笑み。……多分、制作者が依頼人に手渡したかっただけだと思いますよ、アーベル様。
「……行くぞ」
「……うん」
「行ってらっしゃい。 もし何かあればリーンが守ってあげるんだよ? 良いね?」
「……はい」
リーン、とても微妙そうな顔で首肯。嫌なら嫌と言ってくれても良いんだけどね? お外で走り回る機会の多い私の方が、今の所力は強いし。リーンに守られなくても、大丈夫だもん。
まるでお父さんのように言い聞かせるアーベル様。……まあ父代わりみたいな存在なのは否定しないけどね。
アーベル様に見送られて、私達は二人で村に向かう。道中は無言、道程が平坦で片道四十分程なので、気まずすぎて困る。
隣を歩くリーンを横目で見ると、リーンは無表情で前だけを見ている。……のは良いけど、微妙に疲れてる気がする。リーン、基本引きこもってるから運動不足で体力ないし、仕方ないけど。
暫く歩けば、村に辿り着いた。
リーンは息こそきらしてないけど、ちょっと汗を掻いてお疲れモードみたい。瓶もちょっと重かったかもしれないので、無理して持てなくても良かったのに。
「あっモニカ!」
歩みをゆっくりとしたものにしてリーンの回復を待ちつつ、依頼人であるドミニクおじさんのおうちに向かって進んでいたら、声。
前方から、久しぶり……といっても一週間前に会ってるんだけど、少し見なかった男の子が駆け寄ってくる。彼は村長さんの息子のカールで、よく私の事を気にかけてくれていて。小さい頃からの知り合いなので、そこそこに仲は良かったりするのだ。
「今日は何の用があるんだ?」
「んっと、リーンと一緒にドミニクおじさんの所に頼まれたお薬持って行くの」
ね、リーン。と声を掛けると、ぷいっとそっぽ向くリーン。
……リーンはあんまりカールの事好きじゃないらしくて、無視するか威嚇するかのどちらかの反応がいつも。
今日は無視する方向らしくて、私の手を掴んでは「ぐだぐだしてないで行くぞ」とさも不機嫌そうに呟く。……さっきより機嫌が悪くなっちゃったけど、触れてはくれるんだ。
リーンって本当に他人嫌いだよねえ、と思いつつ、引っ張られながらカールに「また話そうね」と手を振ったらカールは名残惜しそうに手を伸ばしつつも曖昧に笑った。……ちょっとリーンを恨みがましげに見てるけど、こればかりはどうしようもないし。リーンが怒っちゃうから、リーン優先しなきゃ。
「ねえリーン」
「何だよ」
「怒ってる……?」
「怒ってない」
……声が怒ってるんだけど、どうしたものか。
私的には理不尽にお怒りなさっているリーンを刺激せまいと大人しく手を引かれて、ドミニクおじさんの所に。
リーンとしてはさっさと帰りたいらしくて、薬を渡して二、三言言葉を交わして直ぐに踵を返してしまった。
慌ててドミニクさんに頭を下げると、リーンの性格を知っているドミニクさんは笑って「気にしないで。また今度野菜を届けるね、あとこれは依頼代」とお金の入った革袋を渡してくれる。
ちゃりん、と銭の入った袋をきっちり懐に仕舞って、リーンを追いかけると、リーンは相変わらず不機嫌そうに「暫く別行動だ、半刻後に村の入り口に集合」とだけ言ってさっさと何処かに行ってしまった。
……アーベル様、リーンは言い付けを守る気がないんですけど。
まあ村の中に危険はないだろうから良いけど……用事があったのかな。
「別行動、って言ってもなあ……お小遣いで何か買うっていうのもなあ」
出発前に、お小遣いはそれぞれ貰っている。けど、それを何かに使うっていう事はあんまりする気がない。欲しいものなんて特にないし、あっても食材とかだし……。
アーベル様は私がそんな物欲ないのを知ってるのに、何でお小遣いなんか渡したのだろうか。用途なんて……。
「あっ」
何となしに雑貨店に入って物色していると、ふと棚の端の方に、丸い石ころがあるのに気付いて。
すべすべとした、子供の掌にも簡単に収まる大きさのまあるい石。表面は滑らかではあるけれど石自体は透明ではなくて、濁った濃い灰色で、手にとって日光に透かせると僅かにきらきらと光を透過させていた。
その辺にあったら、単なる石ころにしか見えない。けれど、ただの石ころではなさそうなもの。
「おじさん、これ何?」
「おや、賢者様んとこの……」
「モニカだよ。……これ、何の石?」
「これは小さい精霊石だよ。ま、力を使い果たして価値のなくなったガラクタ同然の物なんだけどな」
精霊石、と言われると俄然価値があるように聞こえるのだけど、おじさんはほぼ無価値だと肩を竦めては笑っている。
精霊石っていうのは文字通り精霊の力が固まって出来たもの。火の精霊の力がこもってるなら熱を生み出す、とかそんな感じ。普通滅多に取れないし高価なものなんだけど、力を解放しきると、当然宿った力も消える。残った石はただの抜け殻、という事。
これは、その抜け殻なんだろう。
……リーンは、こういう精霊に関するものを集めるのが、好きだったりする。なら、これをあげたら喜んでくれるんじゃないかな。
待って、どうせならちゃんと力の宿ったものの方が喜んでくれるよね? 力を使い果たしたからガラクタって言われる訳で……中身を補充したら、価値としては生き返るよね?
「おじさん、これお幾ら?」
良い事を思い付いた、とにんまり笑いながらおじさんにお値段を聞くと、物好きな奴だなとか笑われたけどアーベル様にお世話になってるからって割り引きしてくれた。
お小遣いでも買える範囲のお値段になったので遠慮なく買わせて貰って、私は買った石をポケットの中に仕舞い込んだ。
……これなら、リーンも喜んでくれるかな。ちゃんとこれを渡すんだ。そしたら、怒りも少しは収まってくれる筈。
小さな企みは何も知らない店のおじさんに笑われたけれど、私はこれなら大丈夫だと確信して意気揚々とお店を出た。