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02 意地悪だけど寝顔は可愛い

 私とアーベル様、リーンは家族のような存在だ。

 私とリーンはいわばアーベル様の子供という感じで、私とリーンはつまり兄妹という関係のようなもの。

 まあお互いに正確な年齢は分からないけど、多分同い年くらい。誕生日は此処につれてこられた日って決まってるし、私もリーンも十二歳くらいになる。


 出会った直後はリーンも人嫌いというか人間不信なのを隠そうともしてなくて、毛を逆立てた猫のように警戒心が露だった。私ですら近寄るのに半年くらいかかったし。


 そんなリーンだけど、結構に油断してくれる時もある。


「リーン、寝てる?」


 リビングのソファで毛布を被って丸まっているのは、恐らくサイズ的にリーンだ。試しにぺろっと毛布を捲ってみると、艶のある青みの強い紺の髪がもさもさと静電気を帯びつつ出てくる。

 私の淡い色の髪とは違ってくっきりとしたこの色合いは結構好きなのだけど、リーンはあんまり好きじゃないみたい。ちゃんと洗えばさらさらしてて、夜空みたいで綺麗なんだけどな。因みに今日は昨日の内に引っ張ってお風呂に突っ込んだので綺麗です。


 息苦しいだろうからリーンの顔を毛布から出すと、もぞもぞと動いては体勢を変えるリーン。寝顔が此方に向くので、遠慮なく観察してしまおう。


 ……私達は誰一人として血が繋がっていないので、皆それぞれ違う顔。

 アーベル様は穏やかで、なんというかとても綺麗な顔立ち。リーンは、整ってこそいるけど、はっきりとした顔立ちというか……いつも目付きが鋭いので、氷みたいな印象を抱かせるのだ。その分たまーに見せる柔らかい顔も引き立つのだけど。


 そんな冷ややかなお顔のリーンだけど、今は無防備に寝ているせいで子供のようなあどけない顔。なんというか、可愛らしい。普段私には冷笑しか向けないので、こういった顔は新鮮だ。


「モニカ、リーンは昨夜からずっと起きてたから疲れてるんだ。起こさないでおくれ」


 ぷにぷにした頬でもつついてしまおうか、と思った所で仮眠を取ってきたらしいアーベル様に釘を刺されて、素直に「はーい」と頷いておいた。……ふにふにしてて触ったら気持ち良さそうなんだけどなあ。


 名残惜しげに離れつつ、アーベル様が起きてきたので目覚めのハーブティーでも淹れようかとキッチンに足を向けようとして……リン、と外から鈴がなる音。来客の時は鈴を鳴らすようになってるから、お客様みたい。


 此処を訪ねてくるのは基本的に村人の人だから、アーベル様に用事があるのだろう。アーベル様はまだ寝起きらしいので顔を洗って下さいねと言って、私が先に対応する事にした。


 森の中にあるこの舘は三人で暮らすには広かったりするので移動が大変。

 小走りで玄関に急ぐと、案の定村人の男性が待ち構えていた。いつも作物を分けてくれるおじさんなので、当然私とも知り合い。

 私が出た来た事も当たり前の光景で、気の良さそうな笑みを浮かべたおじさん。


「おはようモニカ。賢者様は居るかい?」

「おはよう。アーベル様ね、今呼んでくるから、」

「私にお客かい?」


 もうそろそろ仕度は出来ているかな、と踵を返そうとして、丁度良いタイミングでアーベル様がひょっこりと顔を出す。ぴょこんと勢い良く跳ねた髪については、指摘しないでおこう。


「今日はどんなご用事で?」

「畑の事でご相談がありまして……」

「そうですか……ひとまず中で話を伺いましょう」


 おじさんもアーベル様の寝癖には気付いているものの、笑っているだけで指摘はしない。

 賢者と呼ばれるアーベル様は知識が豊富で調合の腕も素晴らしいけど、どうにも抜けている部分があったりすると評判(?)だったり。……因みにアーベル様の弟子であるリーンは家事は全く出来ず、生活能力に欠けていたりする。家事担当の私が居ないと野垂れ死にそうで怖い。


 取り敢えず家に招き入れる事にした。こういう時この館が広くて良かったと思うの、リビングでリーン寝ちゃってるから起こしかねなかったし。

 アーベル様が案内している間に、私はキッチンに行ってお湯を沸かす事に。と、言ってもお湯は時間かからない内に出来るんだよね。


 ポットにハーブを入れて、お湯を注いで蒸らせばハーブティーの出来上がり。庭や森で採れるハーブを合わせて作るお茶は、お客さんの間で結構人気だったりする。それを求めて来る村人も居るくらいだもん。何でも自分達が作るものより遥かに美味しいとかなんたか。


 爽やかな匂いを漂わせるお茶をカップとポットごと運んでいくと、客間ではアーベル様に深刻な表情で悩みを打ち明けているおじさん。

 今年の稔りが、とか日照日数が、とか、農家の人ならではのお悩み。農耕で生計を立てているおじさんにとっては死活問題だと思う。……でも、うちでも私が自分達の分は、と畑で作物を作ってるけど、そこまで収穫量減っていた覚えはないんだけどな……。


「最近土地の恵みが薄れてきていて……大精霊様のご加護が弱まってきているのでしょうか」

「……そう、かもしれませんね」


 疑問を抱く私だけど、アーベル様は話を聞いて一瞬だけ顔を翳らせて。


 大精霊様というのはこの世界を見守る、精霊の主、らしい。直接見た事はないから言い伝えだけど、その言い伝えは今でも根強く、この村や森が属する国も精霊信仰が盛んだったりする。


 精霊自体は、その辺りに普通に存在している。特別っていう訳じゃないんだよね。ただ普通の人には見えないとか何とか。キラキラしてて綺麗なのに、見えないなんて勿体ない。

 さっきお湯を沸かしたのも、その精霊さんにお願いしたもの。

 何だかそういう事が出来るのは『特別』らしくて、リーンとアーベル様以外見せてはならない、という条件を課せられているけども。村人にも見せちゃ駄目って言われるから、あんまり堂々とお願いは出来なかったりする。


 アーベル様はおじさんの話を聞いてやや困ったように微笑んだものの、おじさんの「肥料を作って欲しい」という頼みを断りきれなかったらしくて、結局畑に撒く肥料を作る事で話が纏まったみたい。


 おじさんはアーベル様に何度も腰を折ってお願いして、帰っていった。私はおじさんを見送ってからアーベル様の所に戻るのだけど、アーベル様はやっぱり浮かない顔。


「……肥料、作れるのですか?」

「肥料自体作るのは問題ないけれど、あまりに多用されるのも困るのだよね。栄養剤としてのしての役割をして貰うのは良いのだけど、自然回復を待たないで無理矢理回復させるのもな、とは思うよ」

「じゃあ、作らないのですか?」

「いや、作るよ。依頼だからね」


 働かないと食べられないからねえ、と笑うアーベル様だけど、アーベル様には謎の資金があって何だかんだ働かなくても生きていけそうな気もする。

 一体何処からお金や材料が出てるんだろうと疑問に思った事も多々あるけど、追及しても誤魔化されるのでそれが当たり前になってきた。アーベル様の言う通り、働くのが大切なのは分かってるからそれに頼るつもりもないのだけど。


「便利なものがあると知ってしまえば、それに頼りたくなるのが人の悲しい性だよねえ。そもそも、問題の原因を取り除かないといけない事には解決しないのだけどね」


 困ったものだ、と肩を竦めては文字通り困り顔を浮かべるアーベル様。


 問題の原因、というのは、土地の事? ううん、そもそもの原因が、大精霊様にあるのかもしれない。おじさん曰く土地の恵みが薄れているって言ってたもの。


 大精霊様は、世界に実りをもたらし人々を見守っている。

 大精霊様が見守ってくれているから私達は豊かな生活が出来ている。だから感謝の念を欠かさないようにしよう……というのが、言い伝えであり、精霊信仰の理念でもあったりするらしい(らしいというのは、神殿とかに行った事がないのでアーベル様に教えてもらったから)。


「……大精霊様、の事ですよね」

「そうだね。……力が弱まっているのは仕方ないのだけど……」

「どうして力が弱まっているのですか?」


 強大な存在である大精霊様の力が弱まるなんて、余程の事がないと変。今までずっと世界を守ってきたのに、急に弱まるなんて不思議な話だと思う。


「……そうだね、信心が薄れてきたのかもしれないね。それにきっと、疲れちゃったんだろうね。ずっとずっと私達を見守ってきているから」

「一人で、見守っているのですか?」


 ずっと一人で見守ってきたのだとしたら、とても寂しい事。……私だって、二人が居なくなったら寂しくて死んじゃいそうになる。だから、ずっとそんな気持ちを味わっているなら……大精霊様も、つらい筈。


「いいや、一人じゃなかったよ。でも、今は一人かもしれないね」

「え……?」

「何でもないよ」


 私の声にやんわりと首を振って微笑んだアーベル様は、何処か影を落としたような寂しそうな笑みで。

 でも、それも一瞬。

 次の瞬間にはいつものようにのんびりとした笑みを浮かべて、私の頭を撫でてくる。……アーベル様、いつも子供扱いしてくる気がするの。もう十二歳(推定)なのに。嬉しいけど、くすぐったい。


「さて、仕事に取り掛かろうか。モニカは……そうだね、お手伝いしてもらおうか」

「良いんですか!?」

「まあ調合は無理だから、乾かしておいた薬草を粉末にしてもらおうかな」

「はい!」


 リーンに駄目だ駄目だって言われてたけど、アーベル様に許してもらえたなら良いよね? 今度からお手伝いにも参加させて貰えるように、此処で良いところを見せなくては!


 ぐ、と握り拳を作った私にアーベル様は愉快そうに喉を鳴らして笑って、またくしゃりと私の頭を撫でた。……もう。


 むう、と唇を尖らせつつも次第に頬が緩んでいく私に、アーベル様は何か、小声で呟いて。

 それが、私の知らない名前の響きをしていた、気がした。


「え?」

「いや、何でもないよ」


 にこり、といつものように笑んだアーベル様に、それ以上は聞けなくて、私はその疑問を飲み込んで同じように笑って頷いた。

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