01 意地悪な弟子の少年
とある森のとある泉。そこは、清らかな事で一部の人間には有名だった。
穢れなき精霊の森、始祖の精霊が住まう泉。そう呼ばれる泉で、私は側の草むらに座り込んで息を深く吸う。
新鮮な空気が鼻を通って爽やかな感覚をもたらす。体の隅々まで清められるようなこの感覚は、とても気持ちよい。私にとって此処はリフレッシュの場所でもあり、一番好きな場所でもあった。此処が、家よりも落ち着く。
温かな陽光に照らされながら、自然の心地好さに身を浸している事、数十分。
ふと、私の回りに小さな光の粒が舞う。色とりどりの光は、私の目の前でくるくると踊りながら何かを訴えていた。
「……もう、そんな時間? 教えてくれてありがとね」
此処で休みすぎたな、なんて一人で笑うと、光の粒も同調するように淡く明滅した。
「じゃあ行くよ、またね」
大気中に存在する、光の粒……小さな精霊達に軽く手を振って、私は屋敷への道を急ぎ足で戻るのだった。
屋敷に帰っていつものように突撃した私だったけど、その突撃は毎度の如く無効化される。今回も、またその例から外れないものだった。
「私もお手伝いを、」
「出て行け」
最初の一言を言った瞬間に部屋から押し出されて尻餅を付くしかない私は、ちょっと、いや結構乱暴に部屋から追い出した男の子を見上げては唇を尖らせるしかなかった。
入ろうとしたのは、自分達が住んでいる館の調合部屋。此処は、基本的に薬の調合が出来る二人しか入ってはいけない決まり。というか、追い出した本人であるリーンがそう取り決めてある。
私は、賢者の舘と近隣の村人に呼ばれる場所に、件の賢者様と一緒に住んでいるのだ。
賢者って言われると何だか仰々しい気もするけれど、村人達の賢者という認識は物知りな薬師さんといった所だろう。お薬を作ったり畑の肥料を作ったり、村人から依頼を受けてのんびり賢者生活をしている。
「ひどい、手伝わせてくれても良いじゃない」
「駄目だ」
そういって素っ気なく突き放すリーン。
彼は、賢者と言われる私の親代わりのアーベル様が取った、唯一の弟子。かなり小さい頃にアーベル様に連れてこられて、それからアーベル様の弟子になったのだ。
まあ私もアーベル様に幼い頃拾われた身……らしいので何とも言えないけれど。あんまりにも小さすぎて全く記憶にないんだよね、赤子の時とか何とか。
リーンも五歳くらいの時に拾われて私と一緒に過ごすようになったのだけど、それからというものリーンは私に冷たいのだ。昔の警戒心バリバリの頃に比べたら柔らかくはなったんだけど……最近また素っ気なくなってるし。
今だって、私を追い出す為に突き飛ばしたし。女の子はもう少し丁寧に扱わなきゃ駄目だってアーベル様に怒られるべきだよ。
「何で私だけ駄目なの、お手伝いくらい良いじゃない」
「ごめんね、今大切な実験をしているから、リーンもカリカリしてるんだ。拗ねないでおくれ」
困ったような笑顔で近付いてくる私の親代わりの賢者、アーベル様は、柔和な笑みを口許に湛えつつもやんわりとお部屋には入らせまいと、助け起こしながらも入室はさせない。
ほわん、とした柔らかい笑顔が似合うアーベル様は、その顔の端整さと物語に出てくる王子様のような淡い金髪に翠の瞳という物珍しい姿で村の女性には多大な人気を誇っていたりする。……その綺麗な微笑みでいつも誤魔化されるので、私としてはちょっとずるいとか思ってしまうけど。
「師匠、液が煮詰まってきました」
「そうか、今行くよ」
今は薬の調合をしているみたいで、部屋の中から如何にも薬草という香りが漂ってくる。凝縮されてるらしくてなんというか多分苦そうなものが出来上がりそう。飲む人が思わず顔を皺くちゃにしそうなレベルで。
それは良いけど……同い年なのにリーンには調合を許して、私には駄目って、仲間外れにされた気分。
私の方が拾われるのは先だったというのに、アーベル様はリーンの方に目をかけているのがちょっぴり納得いかない。そもそもリーンは才能があって拾われてきたのだから仕方ないのかもしれないけど。
別に私がすげなく扱われている訳じゃないよ、家族としては同じくらいに大切にしてくれるもん。
リーンは賢くて物覚えが良いからアーベル様の技を受け継いでいくに相応しいし、アーベル様がリーンに自分の出来る事を教えているに過ぎないだけ。
私は大した事が出来ない子供だし仕方ない……けど、不満はある。ただ言っても何にもならないから、そんなに言わないけど。
「じゃあモニカ、また後でね」
ぱたん、と部屋の扉が閉じられて、無情にも今日も追い出された。
それはいつもなので良いとして、最後にリーンの顔が見えたけど鼻で笑われたので、今晩はリーンの嫌いな人参尽くしにしてやると決めた。顰めっ面して食べれば良いのだ。