第八話:スズナ・メイリン
背からかなりの高熱を感じる。残りわずかな魔力だった癖して、魔法転送陣までの数十メートルを時空間移動に費やしたのであろう、瑞貴の意識は既になかった。
「瑞貴っ! しっかりして!!」
スズナは必死に呼びかけるが反応は返って来ない。寧ろこのままここにいては治療も出来ないと、彼女はとにかく目の前のバリアを破壊して国外に行くことを決めた。
「待ってなさいよ、こんなの速攻で砕いてやるんだから!」
瑞貴を背から下ろして早急に拳へ魔力を集中させると、彼女はバリアに向かって走り出し、遠慮無くそれを殴り付ける!
そしてパリーン、という硝子が砕け散るような澄んだ音がこだました後、スズナはすぐさま瑞貴を背負い直して駆け出した。
ようやく幻想の国から抜け出せるのだ。
だが、それでも悪夢は終わらなかった。彼女の目の前には絶望が広がっていたのだ。
「冗談、でしょう……?」
ホッとしたのも束の間だった。バリアを砕いたといっても追っ手が止まる訳がなかったのだ。
スズナは血が出るほど唇を噛み締め、再度彼等と向かい合う覚悟を決めた。
「くそっ……! こっちはもうボロボロだってのに……!」
瑞貴を地面に寝かせ、少しだけでも攻撃から彼を守るために自分の魔力を全て使って結界を張った。
「瑞貴、せめてあんただけでも守ってあげないとね」
その思いだけが彼女を突き動かす。
「やああああ!」
大声を上げ、持てる根性を全て使ってスズナは立ち向かっていく!
しかし、攻撃をよけることも出来ない体はあっさりと崩された。すぐに彼女は魔法弾の直撃に遭い、後ろを取られて頭を殴られる。
「ああっ……!」
後頭部のダメージが意識を薄れさせていく。そして脳裏に言葉が流れてきた。
「今日で、私は終わるの……?」
自分の死を本気で覚悟した。もう、望みはないのだと……
しかし、その望みを繋ぐため、目の前に風を纏った救世主が現れる。
「剣技……、渦潮!」
人の声が掻き消されるほどの風の轟音。一瞬にして吹き飛ばされた追っ手達。その風の中から人の気配が感じられた。
「えっ……?」
スズナの目の前に現れた救世主は風を味方につける二刀流の青年。
背が高く、黒に青が混ざったような髪色、そして黒の拳法着がぼんやりとした意識に流れ込んでくる。
そしてその青年は瑞貴を見るなり、情けないとでもいいたげな表情を向けて彼を見下ろした。
「まったく……、戻ってくればこの様とは……。修行し直した方がいいようだな、瑞貴」
かっこいい声、なんてものがこの世にあるならきっとこの青年のことを言うのだろう。
しかし、そのとても心地好い声はスズナに近付いては来ているものの、彼女の意識から少しずつ遠ざかっていく。
「ほう、この国の状態で死んでないとは大したもんだ……」
感心して青年はスズナを見下ろすが、彼女と目が合ったとき一瞬止まった。
彼女はまさか……
「瑞貴を……」
「ん?」
「覇王を助けなさい……!!」
エメラルドの目が青年を射抜いた。そしてスズナは気を失ったのである……
そんな命令を受け、青年は膝立ちになるとサラっと彼女の髪を撫でてやる。よくここまでやられているのにそんな命令が出来るものだと敬意すら覚えて……
「大した根性を持っているようだな……。畏まりました、スズナ・メイリン殿」
そして青年はスズナ達を抱え、一瞬のうちにその場から消えたのである。