第五十三話:祈り
歪んだ世界はどこか綺麗に思えた。瑞貴が傍にいてくれるならきっとどんな世界でも綺麗だと思える。表には出せないが、きっと彼を思っている…
「あんたは…飛ぶなら飛ぶっていいなさいよ!」
「別に置いてけぼりにしてないんだから気にするな。それより、生きた歴史上の人物が目の前にいるんだから気を抜くな」
スズナの目に飛び込んで来た人物は闇界の王座についていたもの。
「…サタン」
スズナの声にサタンはゆっくりと目を開けた。
「メイリン…グランド…そして」
サタンは立ち上がる。
「青龍太子として生まれ変わっていたか! 瑞貴!」
突風が三人を叩き付ける! その風が瑞貴の頬を掠めて血を流させた。
「知るかよ、覇王の時の記憶なんて俺には残っちゃいない。俺は覇王を目指す熬瑞貴で充分だ」
「瑞貴、一体どういうこと!?」
その質問にカイトが答えた。
「お前がメイリンの生まれ変わりなら、瑞貴は覇王の生まれ変わりだということだ。
考えてもみろ、文献に載ってたメイリンが覇王以外の魂に引かれると思うか?」
カイトの言う通り、メイリンは覇王しか見えていなかった。戦いの数々がそれを物語っていた。
「だけど瑞貴は東海青龍王の息子でしょ。覇王の血筋なんて全くないじゃない」
「確かにお前は覇王とメイリンの血を継いでいて瑞貴は全く覇王と関係ない。
だが、一個体として輪廻転生は行われるのなら当然覇王も誰かになる。それが瑞貴なんだろ」
サタンは瑞貴を見下ろした。そしてワイン色の魔法弾が彼の前に次々と浮かび上がっていく。
「…その私を不快にさせる目は全く変わらないどころかさらに強さを帯びた!
私を一度滅ぼした怨み、今日こそ晴らしてくれる!」
「カイト!」
「ああ!」
カイトは急いで結界を張りスズナを守る。雨のように降り注ぐ魔法弾をよけながら瑞貴とサタンは激突を繰り返した。
「ちょっと! あんなデタラメを瑞貴一人で戦わせる気!?」
「お前が入れば邪魔になる。とにかくしばらくは俺の結界の中で大人しく祈ってろ」
「祈るって…! 祈って勝てる相手じゃない! 私もいく!」
飛び出そうとしたスズナをカイトは腕を掴んで止めた。
「もう分かってるはずだろう。瑞貴はサタンと対峙した事で覇王の力が引き出された。その中に入ってお前に何が出来る?」
言われてスズナはすぐに返答できなかった。しかし、悔しさに震えながらも思いは言葉になる。
「出来ないわよ…!! だけど、やっと会えたのよ? 憎たらしい奴だけど覇王になりたいって夢を叶えたいと思ったんだ!
私は瑞貴を失いたくなんてないのよ!」
涙が零れる。瑞貴の力になりたいと心から願っているのに、スズナにはなにも出来ない。
メイリンの生まれ変わりだというのにその力は目覚めてくれないのだ。そして泣いている間も瑞貴は明らかに傷ついていく…
「メイリンは覇王の翼となると言った。それは覇王が地界人だから守りたいと思ったからだ。
だが、覇王が魔法を使えるようになったとき、メイリンは覇王の無事を祈るようになった。自分を守るために覇王は戦い続けたからな。
スズナ・メイリン、お前は何を守る? 瑞貴か、仲間か、国か、それとも自分か?」
守りたいもの。そんなものはとっくに決まっていた。
スズナは涙を拭い、両膝を折って祈り始める。
「…古の精霊よ、大気動かす風よ、闇を貫きし光よ、我は汝達の主なり。覇王となりし熬瑞貴を守れ、我が愛しきものの力となれ!!!」
スズナから光が放たれたと同時に、スズナはその場に倒れた。
「覚醒したか…メイリンの力…」
「だが、やっぱり無茶苦茶な奴だな。メイリンとは大違いだ」
瑞貴はニヤリと笑った。右手に凄まじいまでの力が集まってくる。
「生まれ変わりといえどもメイリンとは違うタイプのようだな」
「ああ、拳一撃必殺。だが…」
瞬撃がサタンの胸を貫く!
「充分!」