第五話:喧嘩
困ったことがあったら図書館にいけ。いつか誰かが言ってたはずだが、それをこの状況で実行する人間が本当にいたらしい……
「まったく、手間のかかる女だな」
瑞貴はほとほと呆れながら抱えていたスズナを地へ下ろした。
それにスズナも少し落ち着いたのか、助けに来てくれたにもかかわらず、あれだけ乱れて攻撃を仕掛けてしまったことに対してポツリと謝罪した。
「……悪かったわよ」
「いいえ、どういたしまして」
分かればいい、と瑞貴は口元だけ微笑んだ。
「とりあえず、改めて自己紹介しておく。俺は瑞貴。年はお前より一つ上だ。それとこれから行動を共にするにあたって忠告しておくが、面倒なことは嫌いだからその辺よく理解して動けよ」
「……それだけ?」
もっと自己紹介ならば、得意な魔法とか戦術とかをこの状況なら話してもらいたいところだが……
「それだけも何もこれ以上言う必要があるのか?」
「必要も何もこの国から抜け出すんでしょ? 得意な術とかぐらい教えてくれてもいいじゃない」
「高等魔法のイロハも知らない奴に言っても仕方ねぇよ。俺の時空魔法でさえここまでしか飛べないんだ。別の方法を考えないと……」
瑞貴は考え込むが、それをスズナが一言で遮った。
「やっぱり弱いんじゃないの? あんた」
瞬時にゴン!という鈍い音がスズナの頭上に落とされた。
「いったぁ!? 何すんのよっ!」
「バカとおてんば娘もほどほどにしとけよ! お前、強い魔法使いになるためにここにいるんじゃないのか!?」
「そうよっ! 私は強い魔法使いになりたいの! ナルシストなんかに興味はないわ! 自信過剰の自惚れバカが一番嫌いなの!」
「誰が自惚れてるんだよ! お前なんかピーピー泣いてただけじゃないか!」
「当たり前じゃないっ! 私は真っ当な血の通った人間だもの! 悲しければ泣くし、嬉しければ笑うの! あんたみたいなのと一緒にしないでよっ!」
「ああ、そうかよ! やっぱりバカなんか助けるんじゃなかった!」
会って早々口論。瑞貴のファンがここにいたならば、彼がここまで熱くなれるとは思いもしない。
爽やかで物静かな品のある王子様、といったイメージが一気に崩れ去っていくだろう。
それから十分後、ようやく口論は両者の息切れにより一旦収まった。
「はぁはぁ……! 全く……、これ以上やっても仕方ない。とにかくお前より俺の方が断然強い! それだけ理解してろ!」
「それも嫌っ! だいたい何で図書館なんかに来てるのよ! もっと隠れるのに最適な場所があったんじゃないの?」
確かにスズナの言う通りだった。あくまでも魔法大国と知られるこの幻想の国には、非常時に備えて張られた結界がいくらでもある。しかもそれは地下に多い。
そこに逃げ込んだ方が安全といえば安全なのだが……
「簡単なことだ。俺達以外まともな奴はいない。第一、教師達でさえやられてるんだ。結界なんか一瞬のうちに消されるさ」
「そっか……」
意外に素直だな、と瑞貴は目を丸くして驚いた。この少女は正論を受け入れる器はあるらしい……
「だからここで脱出法を調べるんだ。あいつらから発見される前にな」
「えっ、だったら私達……」
その時、スズナはようやく気付いたのである。
「そうだよ、喧嘩してる場合じゃない。さっさとこの膨大な本から俺達に出来る方法でこの国から脱出する方法を探せ」
本に向き合った瑞貴は少し赤くなった。少なくとも初めてだったのである。これほど冷静さを欠いてしまったことなど……
「冗談じゃないわよ〜〜〜!!」
スズナの声が図書館にこだました……