第四十七話:約束を守るもの
愛は歌う。その声は風の精霊達に反応して柔らかな風を作る。ただ、今日は何かが違っていた。
「ねぇ、おじいちゃん、おばあちゃん」
不安な声が風に乗る。
「グランド帝国に何か起きる」
かなり面倒くさいと、スズナはズーンと効果音が付いたような医者に呆れ果てながらも叱咤した。
「カイト、いい加減にそのロリコン何とかならないの!? 愛ちゃんに愛想尽かされるのも時間の問題よ!」
「ふん、愛が俺を嫌いになるわけもないだろう。二人の前にあるのは絶対的な愛だ。お前が思ってるほど軽くはない」
落ち込んでいる癖してここだけは自信に溢れたロリコン医者。だが、それでも瑞貴に会わせるまで自分はここから動いてはならないと告げられる。自分じゃない誰かにだが……
「とにかく飯だ。お前がいる時点で今日の愛のご馳走を残すとは思えんが、残した時は胃解剖手術してでも食わすからな」
「カイト、それはないわ。愛ちゃんが料理上手だってことはこの匂いで分かるもの」
スズナは溶けていた。小さな家から薫ってくる野菜スープやパンの焼ける匂い。鼻まできくスズナにはその他多くのご馳走がすでに体に満たされている感じすらしていた。
「ならいい。早く食いに行け」
「カイトは?」
てっきり自分より早く食べるなと言われると思っていた。だが、カイトはグランド帝国に目線を向ける。
「俺はグランド帝国に行く。何かが来ているようだからな」
「ダメです! カイト様!」
愛が涙を浮かべながら家から飛び出して来た。
「カイト様、これはドール化の前触れです! カイト様お一人では殺されに行くようなもの! 愛もお連れください!」
「何ですって!!」
いきなり告げられたことにスズナは驚いた! スズナの国を滅ぼした闇魔法。よっぽど運がいいか術者より強い魔力を持たない限り操り人形となる恐怖の魔法。それがグランド帝国に齎されれば明らかに世界は崩れていく。
「愛、お前はスズナとここにいろ。スズナも気付いていると思うが暗黒導師より性質の悪い奴らが近づいて来ている。奴らと戦うにはせめて俺と同等じゃなければ足手まといだ。
幸いこの丘は聖山と言われドール化は一切掻き消してくれる。もちろん俺が多少の結界を張り巡らしておくから心配せずに待っていてくれ」
優しい顔がこの男にもあるんだとスズナは思った。それには愛も答えるしかないことを知っている。涙を拭いて愛は家に戻って食事と荷物を持ち出して来た。
「武器はおじいちゃんが磨き混んでくれています。おばあちゃんが魔力と空気玉を作ってくれました。愛は食事しか出せないけど食べてください!」
戦士を送り出す妻、まさにそれだった。しかし、それがカイトには嬉しかったのだろう、荷物を背負って愛のスープを飲み込んだ。
「うまい、さすがは精霊使いだ。きっと無事に帰って来れるからスズナの面倒は頼んだよ」
「はい、カイト様……」
そしてカイトは立ち上がると、グランド帝国へと飛んでいった。
「愛ちゃん……」
「……スズナ様、カイト様はお強い。そして必ず約束は守る方です。だからあなたは少しだけここにいてください。私はスズナ・メイリン様をお守りします」
愛は深々と頭を下げた。