第四十五話:愛
穏やかで涼やかな風が通り抜ける丘。何となくカイトが好みそうな土地だ。
心の中の故郷がこんな場所ならきっと人の摂理に反するものではない、スズナは素直にそう感じた。
「いい場所ね、カイトの婚約者がいるところ」
「当たり前だ。あいつがこの場所にいるから全てが澄んで見える。今はお前がいつもよりマシに感じられるから尚不思議だ」
憎まれ口を叩きながらもすでにカイトにスズナの反論は聞こえていなかった。
たった十二歳の恋する乙女に二十五歳の男は惚れてるわけだ。自分でも犯罪だと思ってしまうが、小さな頃から自分を慕ってくれた愛を放すことは出来ない。どこかの馬の骨がやって来た日には、医療と魔力を駆使して撃退する気は満々だ。
「とりあえず、間違いなくいい女だとお前が思わないわけがない。いや、あれ以上の天使など存在しない! 思わなければすぐに処刑だ」
「……分かったわよ」
目が本気だ。だが、感じてはいる。不思議な精気がこの丘に取り巻いていて、それはスズナの心も洗われていく感じ。今まで毒霧の中にいたからこそ尚更とも思うが。
「あそこだ。愛!」
カイトが叫んだ名前。確かにかわいい名前だなと思った瞬間、名前にこれほどふさわしい人間がこの世にいたのかと思える少女が小さな家から飛び出して来た。
「カイト様……! よくご無事で!」
小さな少女は軽々とカイトに抱き上げられる。もはや二人の世界だ。
「心配かけてすまなかった。愛も寂しかっただろう」
「いいえ、カイト様が無事なら私の寂しさなど……!」
スズナは固まった。フリーズした。犯罪だと犯罪だと犯罪だと!!!
「カイト!! あんたはこんなに可愛い子に毒牙を向けてるの!! 愛ちゃん、騙されたらダメよ! カイトは憎まれ口大王で性格はとんでもなく歪んでるわ! 守るなら私が愛ちゃんを守ってあげる!」
「スズナ様……」
愛はキョトンとしたが、名乗ってもいないスズナも驚いた。そして青筋立てるカイトの説明が入る。
「スズナ、愛は精霊使いで人の情報を聞く力がある。それに魔力も医術もさらには性格や容姿もお前の上。唯一お前が愛に勝ることがあるなら体重と身長、それと馬鹿力だけだ。おっと、食欲もあったな」
やっぱり憎まれ口大王。しかし、なぜかカイトに言い返すことが出来ない。愛がこの場にいる性かもしれないが……
「カイト様、私以上にスズナ様のお力はすばらしいものです。だから御弟子様に迎えられたのでしょう?」
愛は微笑む。カイトもそれだけは否定しないらしい。
「でしたらお願いがあります。スズナ様を未来の覇王の元へ連れていき、カイト様もお力になってあげてください」
「愛!」
カイトは驚いた。まさかいきなりそんなことを言われるとは思わなかったからだ。
「感じているのでしょう? グランド帝国にも闇界の勢力が迫って来ています。立ち向かうためにはカイト様のお力が必要なのです」
「しかし……」
「行ってください。覇王はあなたを求めています。メイリン様と同じように」
愛は深々と頭を下げた。