第四十四話:婚約者
色気より食い気、それがスズナ・メイリンである。そしてその少女が食べる量は目の前の医者の十数倍だ。
「おい、腹八分目にぐらい出来ないのか?」
「バトルの後はお腹が空くの! 食べないならその角煮もちょうだい!」
「太るな、将来」
角煮を差出ながらも毒を吐くことは忘れない、それがカイトだ。
「大丈夫よ! これでも痩せてる方だと思うしね。まっ、胸は大きくなってるけどさ」
「へぇ、腹の方が出てる気がしたが」
医者の冷静な見立てである。しかし、さらしで胸を押さえてることも見抜いてはいるが。
「相変わらずね。やっぱりあの毒の中に置いてくるべきだったのかしら」
「それは無理だな。お前の性格はだいぶ掴んだからな」
憎まれ口を叩いても人を見捨てられないだろう、とカイトは微笑を浮かべた。
暗黒導師との戦いの後、スズナはカイトを担ぎ風の力で毒霧から抜け出し、そして今いる食堂街まで飛んだのである。
幸いカイトが医者だった性か、酸欠の処置はすぐに終わった。だが、魔力を使いすぎたスズナの代償は見事食欲に出ているのである。
「とにかく、食い終わったら俺は一度婚約者の顔を見に行く。お前はこれからどうする? 瑞貴を捜す旅に出るのか?」
スズナは言われて考えた。カイトといたのも直感で自分を守るためと思っていたから。しかし、危険な場所から遠退けば瑞貴を探すことが優先される。
「そうね、瑞貴は探しに行く。だけど思うのよ、あまり動かない方がいいって」
昔から直感は働く方。そして、まだカイトから離れるべきではないと思う。
「メイリンの血か……だったら付いてこい。特別に俺の婚約者に合わせてやる」
「……見せたいんでしょ、ただ単に」
スズナは呆れながら言い切った。
グランド帝国から少し離れた小さな丘。とはいえども、平野に広がる帝国を一望することは出来る。
その丘に小さな二階建ての家があり、働き者の少女は今日も恋人の無事を祈りながら待っていた。
「おじいちゃん、おばあちゃん、今日はカイト様が戻ってくるかな?」
小さな少女は優しい祖父母に話し掛ける。
「ええ、カイト様は戻っていらっしゃいますよ。愛様がこんなに無事を祈っていらっしゃるのですから」
祖母は穏やかな笑みを浮かべた。血の繋がりはないが、まるで孫のようにかわいい愛の成長を見ることが出来る。
しかも優しくしっかりした働き者に成長してくれた、こんな幸せは滅多にあるものではない。
「じゃあ、今日はご馳走にしなくちゃ! カイト様はいっぱい食べてくれるもんね」
太陽のような笑顔とはまさにこのこと。弱冠十二歳の少女は非常に恋にひたむきだった。
その十二歳の婚約者はとスズナが初めて出会うのはあと数分後だった……