第四十一話:ライムジュース
あの時、どうして手を離してしまったんだろう。死んでも離すものかと思っていた。しかしスズナに、いや、メイリンが語りかけてきた。
「大丈夫、私を一度だけ離して。すぐにあなたが見つけてくれるのでしょう? 覇王」
「瑞貴、それぐらいにしておけ。長の任務はこいつらを生け捕りにすることだ。殺せとは言われていない」
「……悪かった」
片手で掴んでいた首を簡単に離す。スズナの国を滅ぼした闇界の連中を締め上げ、天界に引き取らせるのが任務だった。
スズナと離れて約一週間、未だ瑞貴は天界に縛られている。
「これでスズナを探しに行ける」
「いや、まだダメだ」
ヤンロンは間髪入れずに言い切った。
「ヤンロン、俺達は一度は天界から抜け出したんだ。師匠の顔に泥だけは塗らないように任務は遂行した。もう戻る必要はないはずだ」
瑞貴とヤンロン、セディは普通なら天界から追放という罪を犯した。しかし、彼等の今は亡き師匠の遺言により、一度天界から抜け出すことがあろうとそれを罰してはならないと書かれていたため、天界追放からは逃れたのである。
その恩に報いるためか、瑞貴達は任務だけは遂行してスズナを探すと決めていた。その時こそ天界から追放されても構わないと……
「確かにね。天界に未練はあるでしょうけど、こだわるタイプでもないでしょう?」
セディはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「誰が天界に戻ると言った。この近くにあいつがいることを忘れたのか?」
その一言に二人はハッとする。これからの戦いで仲間にしておかなければならない地界人が一人いる。
「確かにな。闇界に行くなら戦力は多くて問題ない」
「そうね。スズナちゃんを守ってあげるのも余裕があるぐらいがちょうどいいもの」
意見はまとまった。三人は一瞬のうちにその場から消えた。
甘ったるい匂いがする酒場。木で作られたカウンターの席。
女性に人気のあるカクテルを作るバーテンダーは真昼間から店に入ってきた青年にライムジュースを差し出した。ただ、砂糖たっぷりのだが。
「辛口の酒を飲む男が何故こんなに甘党なのか」
バーテンダーは苦笑しながら言うと、青い目をした青年は答えた。
「多分先祖が甘い物好きだったからだよ。だからやめられないんだ」
答えながらグラスの中の氷がカランと音を立てる。
「また面白いことを言う。シルフィード家は代々変わり者だということだけは知っているが」
「それこそ仕方ないさ。シルフィードは覇王の仲間だったんだからさ」
青年は一気にライムジュースを飲み干した。