第三十五話:魔導師の血
牛鬼達を一瞬で倒した男の正体は単なる医者、とは思えないのだが……
「さて、今日の晩飯は牛丼だな」
「ええっ! こいつら食べられるの!?」
スズナは目をキラキラさせて尋ねるが、それは彼女にとっては半分正解だ。
「食ってもいいがまずいぞ、牛鬼の肉は」
「あるの? 食べたこと」
「昔な」
昔というほど歳を食ってるようには見えない、というより見た目二十代。そう思ってスズナはようやく普通の質問を投げ掛ける。
「ねぇ、あんたの名前って何?」
「ああ、そういえば言ってなかったな。俺はカイト・グランド、医者だ」
さっと答えたその名にスズナはムンクの叫びをあげる。
「か、か、カイトって! まさかあんた医術大国・グランドの魔導師!?」
スズナはようやく全てを理解したのである。
グランドと言えば、かつて覇王の仲間だったものの血筋に当たる。しかもメイリンと並ぶ超高等魔法使いの一人だ。
「へぇ〜、やはりメイリンの血筋か。この恰好でバレたのは初めてだな」
面白さを含んだ笑いをカイトは浮かべた。グランド姓は王族ではあるものの、カイトが直系の魔導師の血筋だと言われたことはなかったからである。
「だが、ただいま家出中でね」
「どうして?」
スズナはキョトンとした表情を浮かべる。
「王族で齢二十四にもなれば何かとうるさいからな。嫁にする女は昔から決めてるからよ、俺はその子が大人になるまで待ってる」
ロリコンとツッコミでも入れてやりたいが、本人は本気らしい。
「ふ〜ん、一体どんな子なのかしら」
「見たいか?」
「遠慮しとく」
どう考えても自分と同じぐらいの女の子だろう、何よりロリコン医者の惚気は性質が悪そうだ。
「とりあえず、俺は会わなければならない奴がいるから旅路を急ぐがお前はどうする? 瑞貴って奴を探すのか?」
スズナは考えた。瑞貴を探すことは優先事項だが、ドール化されたものを一撃で倒すカイトの傍にいた方が命の危険性は減る。何より、瑞貴にはセディやヤンロンが傍にいると信じられる。
「いえ、しばらくはあんたに付いていく。まだ私は死ぬわけにはいかないから」
真っすぐな目がカイトを捕らえた。
「そうか、たが進路は俺が決めるが」
「いいわよ、どこに行くの?」
カイトはスッと指を伸ばす。その方向には険しい山、今にも魔物が飛び出しそうな邪気に包まれている。
「あの山の魔導師を消し去りに行く」