第三十四話:ひょっこ
目の前に現れた数十体の牛鬼達は明らかに自分を助けてくれた医者を狙っていた。しかし、これだけの牛鬼達を前にしたその当事者の落ち着き様は何なのか……
「闇界の魔物ってやつ?」
「ああ、不細工な見た目から伝わってくるだろう? そして、魔法の国にいたらドールの兵士達も見てるな。こいつらもドール化された魔物だ」
「何ですって!」
つい先日のことを思い出す。魔法の国に起こったあの悲劇。友人達が操り人形の様にされ、いくら攻撃しても全く倒れず、危うく殺されそうになったことを……
「なに、慌てる必要はない。ドール化されてるといえども、所詮はただの雑魚。俺の敵じゃない」
そしてスッとのばされた人差し指。その長い指は男にしてはやけに綺麗だと感心する。
「何やってるの?」
スズナは予想出来そうな答えを聞くことになりそうだが、なぜか尋ねてみる。
「何ってこいつらは雑魚だと言ったろ。指一本で仕留める」
「バカでしょあんた! 殺されるわよ!」
間髪ない暴言に少しばかり医者は不機嫌になったが、十六の娘の言うことなど気にはしないようだ。
「殺されはしない。それにその頭に叩き込んどけ。ドール化されたものの止め方は最低三つある。一つは術者の息の根を止めること、二つ目はドール化されたものを完全に消滅させること、そして三つ目が今からやることだ」
医者は一瞬のうちに牛鬼の後ろに回り込み指一本で突くと、牛鬼は声もなくその場に崩れ落ちた。
「えっ? 何したの?」
自分があれほど蹴っても殴ってもどうにもならなかったドールが、簡単に止まってしまったのである。
「簡単なことだ。己の魔力を指先に集中、そして相手の魔力の流れを乱してやるだけだ」
簡単そうに言ってはいるが、長時間出来ることではない。おそらく瑞貴が魔法の国から脱出する時に疲れきっていたのも、この繰り返しがあったからなのだろう。
「だが、こいつはお前のようなひょっこ魔法使いがやることだ」
「ひよっこですって!」
スズナはかっとなったが、次の瞬間に一気に冷めることになる。
「ああ、この程度の雑魚ならこの方法が一番手っ取り早い」
「なっ……!」
またも神業だった。医者が放つ覇気が牛鬼達を気絶させたのである。
「本能に恐怖を与えて気絶させる力、それさえ出来れば指すら使わなくてもいい。理解できたか、スズナ・メイリン」
医者の強さは人間ではなかった。