第三十三話:不敵な医者
一体どこの世界に叩き落とされたのか分からない。ただ、一度繋いだ手を離してしまったことだけが事実だった……
パチパチと薪の燃える音がする。二十代真ん中ぐらいであろう青年は医療道具を洗い鞄の中にしまいこむ。目つきは少々悪い気がするが、微笑を浮かべたその顔は悪人のようでも美形の部類に入るのだろう。
「んんっ……、ここは……」
「ようやく気付いたか」
まだ声が遠い。瞼が重いし身体も重い。
「いい加減に起きろ。子供のお守り何ぞ俺の趣味じゃない」
「瑞貴……、じゃない!」
スズナは覚醒したと同時に青年に掴みかかった!
「ねぇ! 私と同じぐらいの男の子見なかった!」
さっきまで傍にいたはずの少年がいないことにスズナは答えを求めたが、青年は職業柄冷静な態度で答えた。
「とりあえず落ち着け。俺は川の中で倒れていたあんたを担いで来て治療した医者だ。まずは治療代を請求するところからだ」
呆気にとられたというのはこういう状態をさす。スズナは何とも言えない状況を理解したが、助けてもらったのは事実なため、込み上げてくる怒りを抑えるしかなかった。
「それよりお前はどこの誰でどうして空から降って来た?」
これから聞くこと全てをまとめられた気がする。しかし、スズナは律義に答えた。
「私はスズナ。魔法の国出身の十六歳。空から降って来たのは天界の青竜王と闘っていたからよ! 天界なんて言ったって信じたりしないでしょうけどね」
ここが天界じゃないことだけは確か。そして地界なら天界と聞いて信じる人間もおそらく少ないだろう。
「……成程、普通なら妄想僻と診断してやりたいところだが、天界の服を着ていて疑うわけにはいかんな」
「へっ? 信じるの?」
スズナは信じてくれたことに驚く。
「ああ。それに嘘でもスズナ・メイリン王女様ならたんまり治療代をいただけそうだしな」
やっぱり信じてはいなかった。最初からこの青年は金が目的だ。しかし、スズナはふと言われた名前に気付く。
「ちょっと待って! 私の本名を何で知ってるの!?」
名乗っていないフルネームを青年は見事に言い当てたのだ。
「分かるさ。見た目はともかく、お前の魔力はその辺の奴よりよっぽど強力だからな」
さらりと言ってのける。そしてようやく気付いたことがある。この目の前にいる医者は自分以上、いや、瑞貴達と同等の魔力を持っていることに。
「あんた何者なの?」
「……答えは後だ」
次の瞬間、家が吹き飛ぶ!
「おいでなすったか、闇界の化け物どもが」
青年は不敵に笑った。