第二十九話:いい子
幼き頃からずっと憧れてきた。ずっとその背中を追い続けていくことが苦しくもあったが、それ以上に認められて傍にいられることが嬉しかった。
しかし、今日だけは違う。何があってもこの場所で彼を止めなければ一生後悔する現実が目の前にある。
「ヤンロン隊長、いえ、ヤンロン兄さん! いきます!!」
かつて自分の妹弟子であったリンは渾身の力を込めてヤンロンに斬りかかる! しかし、いつもは数度の打ち合いも今日は全く出来ない。下手に動いた瞬間にやられる!
「……くっ!」
力は圧倒的にヤンロンの方が上。自分に剣術を教えてくれただけあって動きも全て読まれている。
「スピードが足りない。もっと早く斬り込め、重心を下げろ、相手の動きを感じ取れ!」
その声は変わらない、その視線も変わらない、自分が恋い焦がれたヤンロンだ。
しかし、その思いは一生通じることはない。ヤンロンがずっと誰を見ていたかなど妹弟子なら分かる。
「どうして……!」
剣を交えながらリンの声は震える。
「どうして……!!」
そして向けた表情は涙。
「どうして私を置いていくの! ヤンロン兄さんっ!!」
そしてリンの手から剣は甲高い音を立てて弾かれる。その問いにヤンロンは静かに答えた。
「……リン、お前の気持ちは分かる。お前だって闇界に行きたいのも分かっている。瑞貴とセディとお前は共に過ごした仲だ、正直俺も随分迷った」
ヤンロンは鞘に剣をしまい込む。
「だが、かわいい妹を危険に遭わせたい兄はいない。お前はここでサラ様を守っていてもらいたい。師匠の大事な忘れ形見であるサラ様を」
だが、リンは首を横に振った。
「いや、私も一緒に……!」
そして頭に置かれた手は優しく彼女を撫でる。それも小さい頃から変わらないこと。
「いい子だから待っていてくれ。兄さんは瑞貴様を守らなくてはならないんだ。そして兄さんの恋人を探さなくてはならないんだ。だから待っていてくれ」
そしてヤンロンはその場から消えた。
「……分かってるよ。だけど、リンはヤンロン兄さんが好きなんだよ……!」
リンはそれ以上追い掛けられなかった。
一方、セディの方は……
「サラ様、相手が私になってしまったこと深くお詫び申し上げます」
セディは深く頭を下げた。
「いいえ、セディ様。ヤンロンは妹思いなんです、私よりリンを選ぶことは分かっておりました。しかし、あなたがピンチになれば駆け付けましょう」
女神同士の対決が始まろうとしていた。
久しぶりです!放置していてすみませんでした(笑)