春の出来事
春半ばの、もうすぐ昼に変わるという頃、一人の男が、小さなカフェに入ってきた。
「こちらへどうぞ」
「ありがとう。あと、ブレンドコーヒーを一つ、ミルクと砂糖はいりません」
男は、案内された席に腰を下ろしながら、注文を言い渡す。店員は、かしこまりましたと答え奥に引っ込んでいった。
しばらくして男は、足を小刻みに揺らし、時計と店の入り口を交互に確かめる。どうやら誰かを待っているらしい。。
誰と待ち合わせだろう。もしかして、長年想い逢えなかった女だろうか、それとも、取引会社の重役だろうか、しっかりとスーツを着ている辺り大事な相手なのは見受けられる。
カランと音と共に女が一人お店に入ってきた。艶のある黒髪は長くするり下へ流れて、大人らしい落ち着いた服装をしている。
男と女が目が合った瞬間、男は勢いよく立ち上がった。その拍子、男のズボンのポケットから小さな箱が溢れ落ちる。男は、慌てて箱を拾い上げ、女に見えないように、ずぼっとポケットに突っ込んだ。
ああ、ああ、そういうことか。これは、小さくも大きい幸せを見たぞ。面白いものだ。
二人は、幸せそうにお店を出ていく。暖かな日差しは、店の外に植えてある桜を透かし抜けて、柔らかく、ゆっくりと店内を照らしていた。今日は良いことが起こりそうだ。