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時のかなたへ 第~1章~  作者: まつもと ゆう
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タイムスリップ

「くそっ、間に合わなかったか・・」

銀色の車体は寸でのところで無常にも暗闇に去って行った。

(なんて一日だ・・無能な部下達のおかげで終電にまで見放されたか・・)

上質なスーツに身を包んだ初老の男は鞄の中から携帯を取り出すと、イラついた表情で発信を鳴らしている。10回目のコールの後、乱暴にその蓋を閉じた。

(まったくこの夜遅くにどこに行っているんだ・・)

しかたなく駅を後にすると、行きつけのビジネスホテルに足を向けた、自宅迄は一時間半の道のり、流石にタクシーで帰る訳にはいかなかった。

「ごめん、予約してないんだけど一部屋空いてないかな?」

「あっ、美咲様、よかったです、丁度先程キャンセルがありまして一部屋だけ空いておりますよ、」

馴染みのフロントマンは白い笑顔で手早く部屋のキーをさしだしてくれている、

「ああ、ありがとう、いやね終電に乗り遅れてしまってね、助かったよ、」

「美咲様も遅くまで大変ですね、役員になられてさらにお忙しくなられたみたいで、お身体だけはご自愛なされてください、」

「うん、ありがとう、」

(いい青年だな、ゆりの彼氏とはだんちがいだ・・・)

自慢の一人娘は昨年成人式を終えたばかりであった、子供の頃は男にまとわりついて煩いほどであったが、今は会話すらない。

部屋に黒い鞄を置くと、男は激しい空腹を抱えてホテルの一階にある居酒屋に向かった。幹部達の失策のお陰で、マスコミの対応等に追われ、今朝コンビニのサンドイッチを一つ食べただけであった。

とりあえずビールと枝豆をたのむと、やたら大きな三つ折りのメニューを眺めている、

(おっ、一人もつ鍋セットか、いいなぁ、・・)

『おまたせ致しました、生の大ジョッキと枝豆でございます、』

「ああ、ありがとう、えっとね、この一人もつ鍋セットを一つお願いします、」

『かしこまりました、味噌と醤油がございますが?』

「じゃ、醤油で、」

『かしこまりました、少々お待ちくださいませ、』

アルバイトらしい女性店員はまだあどけない笑顔で奥に消えて行った、

水滴をまとい形の良い泡の液体を一挙に喉に流しこむ、空からの胃の腑にそれは気持よく染みていく、

(あー、美味い、生き返るな・・)

枝豆をつまみながらあっと言う間に一杯目を飲み干しかけた時、《ガチャーンッッ、》と後ろのボックス席から皿が割れるような音がした、おもわず振りかえると若い女性が二人の男に囲まれ泣いている、

「ねぇ、いいじゃんこの後部屋で飲もうよ、それかさ車でどっか行く?」

キツネのように細い目をした男は品性の欠片もない雰囲気で一方的に話しかけている、

「あーもう面倒くせえから光男、連れていこうぜ、おいっ立てよ、」

パンチパーマのもう一人の男が強引に女性の腕をつかんだ、

「やめてくださいっ、」

泣いていた女性は立ちあがるとその腕を振り払った、怒りと恐怖で小刻みに震えている、

「なんだとっ、すかしてるんじゃねえぞ、おい、連れて行こうぜ、」

二人の男は女性の腕を両方からつかむと強引に連れ出そうとしている、

「やめてっ、誰か助けてっ、助けてくださいっ、」

店内の客達がややざわめいたものの、誰も動こうとしない、スタッフ達も奥でただ様子を伺っている、

「いやー問題ないですよ、友達がちょっと酔っぱらってしまったんで家まで送ろうとしているだけですから、」

キツネ目の男は凄みを利かせ客達に睨みを利かせている、

「さっ、行こうか、」

パンチパーマの男は棍棒のような腕で女性を羽交い絞めにしている、

「やめてっ、やめてーっ誰か助けてくださいっ、」

女性は泣き叫んで激しく抵抗している、

「おいっ、いい加減にしないかっ、」

男は立ち上がると、自分でも驚くほどの大きな声をだしていた、

「はぁー・・なんだよおっさん、死にてぇのか、」

パンチの男が凄みを利かせながら近づいてきた、その隙にキツネ目の男の腕を振り払って女性が男にしがみついてきた、激しく震えている、

(ゆりと同じ年頃だな・・)

 「通報される前に消えろ、今なら見逃してやる、」

「はっ、見逃してやるだと、へへへっ、笑わせてくれるぜこのおっさんは、本当に死にてぇみたいだな、」

キツネ目の男はパンチ頭の男に向かって両手を広げおどけて見せている、

「いいから早く消えろ、私は今日は虫の居所が悪いし、腹が減っている、クズの相手をしている暇はない、」

「へへへっ、おっさん減らず口が過ぎるぜ、おっ、いいネクタイしているじゃねぇか、」

キツネ目の男が汚い手で男の胸倉をネクタイごとつかんできた、

「はなせ、げどうっ、」

気がつけば思いっきり中段突きを男のみぞおちに叩きこんでいた、少々酔っているので手加減が効かない、

 「うげげげげーっ、」

キツネ目の男は吹っ飛ぶと、床の上で殺虫剤をかけられたゴキブリのようにのたうち廻っている、

(しまった、まともに入れてしまった、)

「おいっ、大丈夫か、」

「てめぇ、なにしやがんだっ、」

今度はパンチ頭が向かってきた、ファイティングポーズをとっている、

(ボクシングをやっているのか、手強いな・・)

いきなり棍棒のような腕で右ストレートを打ってきた、それをかろうじてかわすと得意の中段廻し蹴りを放とうとしたが足があがらない・・しかたなく男の左太ももに思い切り下段蹴りを叩き込んだ、一瞬パンチ頭の巨体が止まると、そのままドーント後ろに倒れこんだ。悶絶している。

「おいっ、安っ大丈夫か?」

キツネ目の男がふらふらと立ち上がると、パンチ頭を覗き込んでいる、

 (よかった生きていたのか・・・しかし私も年だな・・ずいぶん突きの威力が落ちてしまったようだ・・)

「おぼえていろよおっさん、この借りは必ず返すからな、」

キツネ男はパンチ頭の肩を抱きかかえると、ふらふらと店を出て行った。

男はしばらくその店で過ごした後、ホテルに向かっていた。ガード下を抜け暗い路地の通りにかかった時、突然後頭部に激痛が走った、なにかで嫌というほど殴られたらしい、

「思いしったかおっさんっ、」

若い男の声がかすかに聞こえた、

(さっきの奴らか・・)

 そして意識は静かに遠ざかって行った・・

「申し訳ございません、専務っ、」

「どう言うことだね松島君、こんな失態は美生堂100年の歴史に対する恥だぞ、」

「はいっ、まさかこのような事になるとは・・」

「原因は分かったのかね?」

「はいっ、商品開発室で必死に調査した結果、保湿成分の一つが原因と分かりました・・」

「新製品を発売する前に十分なパッチテストをするのは基本中の基本じゃないかっ、」

「はいっ、なんとか決算に間に合わせようと開発室長も焦っていたようで・・」

「言い訳にならんよ、ネットのささやきサイトでシルクパウダーのスキントラブルが話題になってしまっている以上一刻も早い対処が必要だ、まずは各地区本部に指示して全支社管轄の店頭からシルクパウダーを引き揚させろ一品残らずな、そしてスキントラブルの被害者に対しては各支社長自らが訪問し、謝罪させたまえっ、三日以内に完了させろと指示したまえ、厳命だと言え、進捗状況は毎日本部に連絡させろ、対処が遅れれば美生堂は大変なことになる、分かったね、」

「はいっ、専務・・」

「あと、各マスコミに連絡したまえ、明日13時から記者会見を開く、」

「しかし、社長の帰国が間に合わないと思いますが・・」

「私が社長に代わってマスコミに説明する、事は急を要するんだ、大火事になる前になんとか火を消さなければ本当に名門 美生堂の歴史が消えることになる・・」

「かしこまりましたっ、」

慌ただしく本部長は専務室を出て行った、

(なんてことだ・・大変な一日になりそうだな・・・)

「美咲っ、美咲っ、」

 "ドンドンッ"と誰かがドアを叩いている、

(うー、誰だ・・頭が痛い・・)

「入るぞっ、美咲っ、いつまで寝てやがんだよ、講義に遅れるぜっ、」

(うん・・誰だ?)

「起きろってば美咲っ、」

「うん・・」 

(誰だ・・この若い男は・・どこかで見たことのあるような・・・)

「単位やばいんだからな、今日はさぼれないぜっ、」

「単位・・君は誰だね?・・」

「はいはい、僕はあなたのお友達の島田君です、ジョークはいいから早く起きろよっ、国際法の講義は必ず出席をとるからな、やばいぞ、」

(うー・・この男は何を言っているんだ・・)

「君、ここはどこだね?」

「はぁー、お前昨日のコンパでずいぶん飲んでたからな、どっか頭でも打ったか・・」

「いや・・打ってはいないが殴られたらしい、」

後頭部をさするとコブができている、痛い、

「いいから行くぜ、」

若い男に布団をはぎとられると強引に部屋の外につれだされた、

「とにかく飯だ、朝飯は大事だからな、ささっと食おうぜ、」

「ここはどこだね?」

(なぜか見覚えがあるところだが・・・)

「はいはい、ここは我らの指定下宿 福稜荘さまだ、」

「福稜荘?」

(どこかで聞いたことがある名前だ・・懐かしい響きだ・・・)

若い男にせかされながら、"ギシギシ"と木の階段を降りると10名程の若い男達が食事を摂っている、

 『先輩おはようございまーすっ、』

若い男達がいっせいに挨拶してきた

(なんだ・・ここは・・何かの施設か?・・・)

「島ちゃん、淳ちゃん、今日は早いじゃないか、今日は豚汁だよ、肉はちょっとしか入ってないけど野菜たっぷりだよ、」

「やったー、おばちゃんのトン汁は最高だからね、」

(おばちゃん・・ま・まさか・・・・)

「あの・・すみません・・あなたは松村 時さんですか?・・・」

「ははっ、どうしたんだい淳ちゃん、そう私はこの下宿の名物おばちゃん、時さんさ、」

(ま・ま・・まさか・・・思いだした、ここは福稜荘だ・・・私が40年前に卒業した明正大学の指定下宿の福稜荘だ・・なんだ、なにが起こったんだ・・・・)    ~第2章に続く~













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