三学年 春休み オヤジの帰宅
この日は明後日が高等部の入学式のため夕方から俺はせっせと新入生代表挨拶の原稿を書いていた。
話し出しが「桜が散ってきて…」ってのはさすがに不味いか?と考えていたちょうどその時。
「……ただいま…」
ふとオヤジの声が聞こえた気がした。
…んなまっさかぁ~…と思いつつも廊下に出て玄関が見える位置まで(俺は2階の自分の部屋に居たから階段を下りた)行き、そっと玄関を覗き見るととそこにはオヤジが立っていた。
……おかしい…今日はお袋の記念日でもなんでもないはずだ。
たしか…俺の記憶が正しければ次の記念日は来週。
[遥奈、初めて歯が抜けた記念日]のはずだ。
この日はさすがのオヤジもわざわざ家には帰ってこない。
……まぁ特大の歯の形のクッションやら、どこで見つけたんだとツッコミたくなるような歯の形のウクレレなどを送ってはくるけど…
「あなた!!どうしたのやつれた顔して突っ立って…取り合えずあがってお風呂にでも入ったら?」
「……あぁ…そうするか…」
オヤジは帰ってからずっとお袋に話しかけられるまで玄関に呆然と立ち尽くしていたらしい…
おかしい…
いつもは帰ってくるなりお袋を抱くのに、だ…
俺は違和感の原因を突き止めるため久しぶりにオヤジに話しかけることにした。
「父さんお帰りなさい。今日はまたどうかしたのですか?まさかとは思いますが忘れ物でもしましたか?」
俺はオヤジに話しかけた。
オヤジからきちんと見える位置に来て、だ。
でもオヤジは…
「……………………」
……見向きもしないで俺の横を通りすぎた。
…あぁそうかよ。久しぶりの再会だってのにそーゆー態度をとるわけな。
…はいはい分かってはいましたよ…毎回そうですもんね。別に息子には興味ないですもんね。
……でも違和感は拭いきれなかった。いつもと同じように見向きもしなかったが…目を合わせようとしない。俺が目を合わせようとすると反らしてくる。
……おかしい。
やっぱり何かがおかしい。
だから今回の俺はへこたれず、何度もオヤジに話しかけた。
「父さん。お風呂の湯加減はどうですか?暑すぎませんか?」
そう言ってドア越しに聞いてみると…
「……………………」
…オヤジはガン無視しやがった
「母さん、今日の夕飯はいつも以上に美味いなぁ。やっぱり父さんが居るからかなぁ…」
そう言ってオヤジの方に目を向けると…
「……………………」
…オヤジは無表情ながらも…若干嬉しそうに食っていた…俺とは目を合わさずに。
「父さん。最近会社の方はどうです?先月よりも利益は増えましたか?」
夕飯のあとに話しかけてみた
「……………………」
…無視された…が、心なしか顔色が悪くなった… ???
「父さん父さん!!テレビを見てみてくださいよ!!……父さんが好きなカワイイ動物の赤ちゃんが出てますよ!!」
…試しにウソだが言ってみた
「…!?…………………」
…父さんの目が一瞬輝いた!!…が
…嘘だと分かってメチャクチャ睨まれた………スミマセン。
「父さんそれではお休みなさい」
最後の最後にダメ元で話しかける
「……………………」
…目も合わせないし。
ついでに音楽聞いていたから聞こえなかったのだろう…
完全に目をつぶっていた。
結果。
全然ダメ。理解不能。理由不明。
……ついでに俺の精神ズタボロ。
オヤジが考えていることは訳がわからない…分かりたくもねぇけど
オヤジはいつもそうだ。息子の俺になにも話さずにすでに決まったことを俺に伝える。
…だから俺はいつも結果しか知らない。……それまでに何が起き、何が原因でどーしてそうなったのかを俺は知らない。…知りたいとも思わなかった。
・・
……あれを見るまでは
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
幽霊が闊歩する(…つっても幽霊に足はないが)丑三つ時
俺は珍しく目を覚ました。
……しょうがねぇだろ…生理的現象には逆らえねぇよ。
俺は誰も起こさないように(特にお袋は俺をまだ小学生のガキか何かだと思ってる…だから起こすと後々メンドウ)階段を下りた。
…用を済ませ「明日は春休み最終日…明後日からまためんどくさい学園生活が始まるのか…」とか思いながら階段に向かうと…この時間帯にしては珍しくリビングの明かりがついていた。
そっと近づくと…どうやらオヤジとお袋が話しているらしい…
聞き耳をたてることにした。
「……どーゆうこと?」
「……話したそのままだ」
「…冗談でしょ?」
「…なぜこんなときに冗談を言う必要がある?」
「…こんなこと…信じられるわけないでしょう!!」
ガシャーーン!!
…待て待て…落ち着け俺。
お袋はどうやら皿かなにかを割ったらしい…いくらなんでもヒステリックになりすぎやぁせん?ねぇ?ねぇねぇ?
これってもしかしてあれ?
[実録!!本当にあった離婚話]とかテレビでよくやってるあの現場?
俺のオヤジとお袋が?
……いや、ナイナイ…と思いつつも更に聞き耳をたてる。
「…あなたは咲夜のことを何もわかってない!!あの子にどう伝えるつもりなのよ!!」
「…俺からきちんと説明する」
「どこがきちんと?いっつもいっつもあなたは咲夜に結果しか伝えないじゃない!!」
「…ならそれまでの過程を説明すればいいだけだ」
「そんなんであの子が納得するわけないでしょう!!」
パァァン!!
「いい加減にして!!…もう懲り懲りなのよ!!あなたのせいであの子が悲しむ姿を見るのは!!…明日出ていきます!!」
ヤバくね?これマジじゃね?
てかお袋オヤジを叩いたよな?
パァァン!!って…
え?マジ?
俺が混乱していると目の前の扉が乱暴に開け放たれた。
「………咲夜?……何しているの」
「母さん…いや、その…」
「……いいからもう寝なさい」
「えっ?…でも今大事な話が…」
「……寝なさいって言った言葉が分からないの?」
「……………………」
ヤバイ。お袋の目がマジ。
メチャクチャ俺を睨んでる…
……俺は何も反論できずにお袋の目に睨まれたのをきっかけに自分の部屋に戻った。
……だってマジの目だぜ?
私軽く10人くらい殺しちゃった♪
……みたいな目つきだぜ?
無理無理。
Mなヤツじゃなきゃ無理無理。
…俺はお袋に少し恐怖を覚えたまま眠りについた。
……さっきのオヤジとお袋の話の内容は俺が翌朝起きる頃にはすっかり夢と共に頭の中から消えていた。
だから俺は最初あの話を聞いたときにはまず自分の耳を疑った。
……だって予想外にも程がある内容だったからな。
まさか…その話のせいで俺の輝かしい人生計画がボロボロに崩れ落ち、さらに俺の生き方が180°変わる…なんてことは予想しなかったさ…
全てが変わった原因の証拠が俺の前に現れたのは…春休み最終日、玄関のチャイムが告げた1つの郵便物の到着だった……