真夏日の直射日光は危険です!!
雲ひとつ無い、突き抜けるような青空の下。
東京都に存在する某世界で最も高い電波塔の天辺に寝転がり、一人の青年が空を見上げていた。立ち入り禁止もなんのそのだ。
「はー……」
大きく息を吐き、両腕を広げる。まさしく日本晴れといった風情の天気は、お昼寝に最適だった。
「うーむ……うー…………うぁっつ!! 気温高ッ!! 日の光強ッ!! 地面熱ッ!! 火傷するわ!!」
真夏日の日本晴れは、その暑さで下手したら人を殺すこともある。つまり先ほどの話は嘘だと言えた。何故嘘をついたのか。後スカイツリーの天辺は地面では無い。
そんな感じで、どんな感じかさっぱり分からない一人芝居を繰り広げていた青年だが、ふと何かに気付いたように顔を上げる。もちろん、いまさら日本晴れ具合に気付いたわけではない。
「あーっと、通信を認証。管理コード『Per aspera ad astra.』」
紡がれたのは先ほどまでの一人芝居とは一線を画す、やけに事務的で型に嵌ったような独り言。ぶっちゃけ傍から見れば非常に気持ち悪い。
――とか思ったが、それは独り言ではなかった。
青年の言葉に応じるように、その視線の先に蒼く輝く光の粒子が現出する。それは刹那の間で爆発的に数を増やし、瞬く間に一つのモノを形作った。
一言で表すなら、それはウィンドウである。薄青い光を放つ半透明の、横に長い長方形。そしてその四隅には蒼く光り輝く複雑奇怪な図形、俗に言う魔法陣が配されている。
まさしく超常現象、科学が支配するこの世界の住人が見れば度肝を抜かれるような光景だ。
しかしこの世界の常識を嘲笑うかのように、形を確定させたウィンドウは滑らかに文字列を流して行く。
《受信側での通信認証、管理コードの音声認証を確認。"A-0次元世界"から"D-765398"次元世界への次元回廊の確立確認。全次元超越型汎用通信術式『光芒』。通信回線開きます》
何処までも事務的にそれらを表示すると、唐突にウィンドウの表示が切り替わった。ただの文字列表示なのだから事務的なのは当たり前であり、逆にキャピキャピとかしていたら怖い。
黒背景に青色で文字列が流れていた様子から一転、画面に表示されたのは西洋の応接室のような豪奢な部屋の映像だ。さながら目の前にその光景が広がっているかのような超々高解像度は、世の名だたるハイビジョンテレビも真っ青である。ハイビジョンテレビに名だたるとかあるのかは、謎。
そしてその中心には、これまた世の名だたるアイドルや女優が真っ青になるほどの絶世の美少女が座していた。名だたるアイドルや女優というのは、即ち名の知れた人気アイドルや女優のことである。
華やかながらも主張し過ぎない桜色の髪と美しい大空を思わせる蒼い瞳を持った少女は、これまた完璧と称すに相応しい笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「こちら『超常による世界征服機関』通信管制室です。月神執務官、おはよう御座います」
『超常による世界征服機関』――通称『征服』と呼ばれるそれは、ややこしい説明を全てその辺に放り投げて言うならば、地球出身の魔法使いや超能力者が所属する凄い集団である。ややこしい説明をしないと大事な部分が今後も不明なままなので、後でその辺も説明する。説明するんかい。
「おはようさくら。今日も可愛いね」
と、月神執務官と呼ばれた青年――つまり月神は、額に薄らと浮き始めた汗を拭って言葉を返した。やたら気障な台詞を吐く野郎である。主人公に野郎とか言うな。
翻って我らが主人公にやたら気障な台詞を吐かれた"天后さくら(761歳、公称17歳)"は、通信管制官として人前に出るのがお仕事であり、今日もお洒落に余念が無い。
「お、月神執務官もついに私の魅力に気付きましたか。今日もメイクはキメキメですからね。結婚しますか?」
「いや、結婚はしないかな……」
自分で種を蒔いたくせに冷や汗など垂らしつつそう言う月神は、『征服』の中でも指折りの愛妻家であり、同時に奥さんがべらぼうに怖いことで有名だった。つまり浮気すれば殺されるのである。奥さん超怖い。
「しないんですか、残念です……」
あからさまにしょんぼりしてそう言うさくらに、暑さによる汗が冷や汗によって完全に駆逐され始めた月神が話題を変えるべく別の話を振る。
「ところで、数日前に今日この時間に新しい任務を言い渡すからこの場所に来るようにと手紙が来たんだが、これ意味あるのか……?」
この場所とは即ちスカイツリーの天辺であり、同時に通信術式が存在するのに手紙で日時を指定するのも意味があるのか非常に怪しいと言えた。
何故ならば『Per aspera ad astra.』――即ち『困難を貫き星天へ』の管理コードが示すとおり、全次元超越型汎用通信術式『光芒』は、ありとあらゆる壁を越えてどんな場所でも通信を可能にする術式なのだ。
……スカイツリーの天辺みたいな遮蔽物が無い場所じゃないと通信が届かないとか、そういう柔な術式じゃあないんだがなぁ……。
一応『光芒』の魔導理論構築にも携わっている月神君がそんな事を思っていると、一瞬考えを巡らせたらしきさくらが「あぁそういえば」という顔をした。
「えっと、それならアイシス様が2週間ぐらい前に『ちょっと前に初めてスカイツリーとかいうところに行ったけど、あれは凄いね!! 凄い高い! あの天辺でお昼寝とかしたら絶対気持ち良いよ!! あ、そうだ! 今度創真君に新しい任務を通達するし、その時にスカイツリーの屋上で待つようにお手紙出そう!!』って言ってましたよ?」
「なんで俺らのボスは変なところで残念なんだ……?」
アイシスとは『超常による世界征服機関』の創設者にしてトップであり、即ち月神君のボスである。当然地球出身者だが、名前から分かる通り日本から見た場合はバリバリの外国人で、同時にボスに相応しく滅茶苦茶忙しい。そのため久しぶりの休暇で訪れた東京にて見たスカイツリーは、さぞ衝撃だったのだろう。
というかそもそも『征服』自体が全次元を股に掛ける組織であるため、そのボスたるアイシスは地球どころか地球が存在する次元世界自体にいないことが多いのだ。
結果として日本が夏真っ盛りであり、そんな季節に日の当たる屋外でお昼寝なんてしたらこんがり焼け上がってしまうという事にも気付いていなかった。
ただし通信術式があるのに手紙とか言い出したのは持ち前の天然さ加減を発揮したためであり、特別な理由などはない。伊達にゆるゆるだとか残念だとか言われている訳ではないのだ。ついでに言うと創真とは月神の名前である。ついでとか言うな。
「まあ、ボスが残念なのは今に始まったことでは無いので……」
今に始まったことでは無いのならいつに始まったことなのかと言うと、大体3977年ぐらい前に始まったことである。アイシス・マギ・ヘクセン・ブロッケン(3977歳、公称14歳)だ。
「確かにそりゃ、そうだが……はぁ、まあ良い。それで、今回の任務とやらはなんなんだ?」
今までのゆるゆるした雰囲気から一転、とまではいかないが、多少真剣な雰囲気を滲ませて創真がそう問いかける。言うなれば仕事モードだ。
「あ、はい。今回の任務はですね――」
そして同じく仕事モードに入ったさくらが、今回の任務の説明を始めるのだった。