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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

トリップ少女は残酷な復讐をする

作者: リック

「何だこいつは! 黒だらけで気持ちの悪い……。こんな女が花嫁でたまるか! 追い出せ!」


 青柳哀(あおやぎあい)。十五歳。学校へ行くために家の扉を開けたら、異世界でした。ぽかーんと間抜け面を曝すだけの私に、あの人――王子様とか殿下とかコカートとか呼ばれていた人は、遠慮なく罵詈雑言を撒き散らし、私を城の外に放り出しました。まだドッキリと疑っている私に、現実は残酷でした。


「ちょっと、何アレ!? 黒よ!」

「気味悪い……」

「また病原菌をばら撒くつもりじゃないでしょうね」

「誰も周りにいないようだし……あんな生き物は追い払え!」


 過去に何があったのか私には分かりませんし、知るつもりもありません。それでも、この世界の人達は冷たかった。石が四方八方から飛んできて、そのうち一個が私に当たります。


「……!?」

「怯んだわよ! さあもっと!」


 こんなことされれば、誰だって逃走すると思います。額の血を抑えながら、私は人のいなさそうな森へと走ります。


「逃げるなんて……やっぱりやましいことがあったんだわ」


 それは違う、と言いたかった。でもきっと、誰もそんなことは信じないし言わせなかったでしょう。




 誰もいない森の中で考えます。これからどうするべきか。

 いいえ、実際はほとんど答えは出ているようなものでした。頭の中に『死』 という文字が踊ります。

 人のところに行けない。未来はきっと期待できない。明日からどうすれば……。

 それでも、痛いのは怖かった。ただぼんやりと数日森を彷徨います。いっそ獣に食われてしまいたかった。そうすればいくら世界が私を嫌おうとも、私はこの世界の一部となれる。けど、獣がいないのか獣すら私を嫌うのか、私は三日ほど五体満足で森を歩いただけでした。

 空腹も限界に近づき、私はついに決心を固めます。……早くしないと、自殺する体力すらなくなる。世界が憎かった。餓死するよりは、自分の意志で死んでやりたかった。


 適当な場所を探していて、私は運命の皮肉を感じました。素人が作りました、な木の小屋が森の奥深くに立っていたのです。

 ……罠? いや、それにしてもこんな所にわざわざ作るだろうか? まるで隠れるみたいに。もしかして、私と同じ迫害者なのでは。

 そう感じた私は、扉をノックします。


「……誰だ?」


 震えた声でした。怯えた声色でした。彼を見た時、私はやっと仲間を見つけた、と思いました。彼は最初、黒を纏った私を驚く目で見たけれど、すぐに憐れむような視線をよこし、私を家にいれて温かい飲み物をくれ、落ち着いた私に事情を話すように言いました。そして話し終わり、彼が言ったこと。


「苦労したな。女の身で、森を彷徨うのはさぞ苦しんだろう」


 この世界に来てから初めていたわりの言葉をかけられました。たとえ罠でも、私は彼のためなら死ねるだろうと思うほどに、私は感動したのでした。そして彼のことも気になりました。


「はい……。でも、貴方に会えて全てが吹き飛びました」

「はは、そんなこと初めて言われた」

「……あの、もしかして貴方も訳有りの?」

「……まあ、そんな感じかな」

「あ、ごめんなさい。私ったら無遠慮に」

「いや……。そういえば君、名前は?」

「哀です」

「俺はバジル」


 バジルは金髪で茶色の目をしていて、黒だから嫌われるということはなさそうなものだけど。……いや、私はこの世界について知らないし、きっと何か事情があるんだろう。彼から話されるまでは聞くまい。




「哀、そこの薬草は棚の中に」 「はい、バジルさん」


 数日もすれば、私達はいいパートナーとなった。似た境遇の者同士、余計だったのかもしれない、同病相憐れむとはよく言ったものだ。



「哀が来てから、この家が華やかになったな」

「お世辞でも嬉しいです」

「このままずっと居てくれてもいいんだけど」

「私、ここが自分の家だと思ってます」

「哀……」


 私達は心身ともに結ばれるのに時間はかかりませんでした。


「哀、そういえば、俺の過去について話してなかったな」


 ピロートーク中にそんなことを話すバジル。彼の特別っぽくて嬉しいけれど、前に言いよどんでいたのが気になる。


「話してくれるの?」

「ああ。……俺はとある家の長男だった。普通は長男が家を継ぐものだろう? けれど、母が死に父が愛人を正妻にした。愛人に骨抜きにされていた父は、義母の連れ子を跡継ぎにするとまで宣言。俺はいつのまにか黒魔術で一家全滅を企んでいたことになって、無我夢中で逃げてここってわけさ」

「酷い……」

「昔の話だ。それに今は、哀がいる」


 そう言って抱きしめるバジル。話を聞いて、跡継ぎ云々から貴族様? と疑惑があがるけど……別にいいや。過去なんてどうでもいい。今が幸せなんだもの。





「哀、薬草を摘みに行ってくる」

「行ってらっしゃい、あなた」


 二人だけの世界だけど、落ち着いた、満ち足りた日々。このまま続いていけばいい……そう思っていました。


 バジルを見送って扉を閉めた途端、森の中に響き渡る絶叫。再び扉を開けると、そこは地獄絵図のようでした。


 バジルが、バジルの首が、剣の先に突き刺さっている……。その剣を持っているのは……。


「久しぶりだな。黒の少女」


 あの時、異世界に来てから出会ったコカート? だったか……。どうして、なぜここに。こんなことを。


「まったく、神官の言う事に歯向かったら――お前を娶らなかったことだが――国に災厄ばかり起こった。仕方ない。お前と婚姻してやろう。黒は大嫌いだが、しばらく見ない間に綺麗になったようだしな」


 事態についていけない私は、気絶することで現実から逃げました。でもそれもいつかは覚めるもの。再び目を開けたら、医師を名乗る中年の男が私に語りかけてきました。


「黒の少女……」

「私の名前は哀です」

「では哀様。どうか私のいう事をお聞きくださらないでしょうか」

「あの男の仲間なんて!」


 バジルを殺した。バジルを殺した!! あんな男と結婚なんて冗談じゃない! 舌を噛み切ってでも死んで拒否してやる!


「いいえ、私は仲間ではありません。……哀様、貴女と王を婚姻させようとした神官は、あのコカート王子に斬首されました。彼は私の……可愛い甥でした……」

「え……」

「そして私がこれから言うことをお聞き下さい。私が考えている事は、まさに天をも恐れぬ行為です。それを貴女にやってもらおうとしている」




 ――――数ヵ月後、哀とコカートの婚姻が大々的に行われた。王妃の髪色や目に眉を顰める者もいたが、本人はのほほんと笑っているばかりだった。やがて子供も産まれる。第一子は男で、王位継承者が生まれたと世間は喜びに包まれた。そして不思議な事に、これ以降二人には子供が産まれる気配がなかった。王妃の専属医師は「元々身体の強い方ではない、最初の出産が無事だっただけでも奇跡。かなりの早産だったのだから」


 王子――今は王となったコカートは、最初こそ哀を人とも思わぬ冷遇を続けていたが、哀がそれに対して不満も愚痴も言わずにいたことが、時間が経つにつれコカートに罪悪感と信頼を与えた。


「哀……お前は俺が憎くないのか?」

「どうして? 私は陛下のものですわ。神が決められた婚姻なのだから、最初からね」

「お前は……素直で健気なのだな」

「まあそんな」

「早く第二子が欲しいものだが、無理はすまい」

「……ええ」


 世間も二人の仲の安定ぶり、そして哀の模範的な王妃ぶりに徐々に哀を認めだした。


「まあ、神様が選んだなら仕方ないのかね」

「神が異世界より花嫁を降臨させる……今まで黒い人はなかったけど、だからって黒い人じゃないとだめって話もなかったし」

「まあ、こんなこともあるよね! 王妃様も水に流してくださっているようで何より!」




 やがてコカートと王妃は年老い、第一子である長男を跡継ぎと定め、コカートは王妃と隠居生活に入った。


「お前と二人だけの生活。少し照れくさいな」

「そうですの? 私はずっと待ち望んでおりました」

「哀は見かけによらず積極的だな……ごほっ」


 コカートが不意に咳をする。


「大変。風邪かしら。引き始めが肝心ですわ。薬草を入れたお茶をお持ちします」

「ああ。いつもすまないな」



 そんな一幕から数日。コカートの症状は最初風邪かと思われたが、見る見るうちにやつれていくその姿に、悪性の病であることは誰にも察しがついた。




「すまない……哀。お前を置いていくなんて……息子もまだ頼りないのに……」


 苦しい息の下でそういうコカート。しかし、哀はひたすら冷たい目で睨む。


「あんたの息子じゃないわよ。馬鹿みたい。死ぬならとっとと死んで。私はあんたと同じ空気を吸うのもずっと苦痛だったんだから」

「あ、哀……?」


 豹変した哀の姿にただ目を見開くばかりのコカート。そんなコカートを嘲笑ってから哀はなおも語る。


「バジリスクを覚えている? あんたが追い出し殺した男。私の最初の夫で、息子の本当の父。馬鹿ね。あんたずっと他人の子供を育ててたのよ!」


 大笑いする哀。いつも物静かに笑っていたのに……そんな彼女にいつしか好意を覚えたのに……。


「私のやったことって神様への反逆かしら? いいえ違うわね。私は正しい血統を残したのよ。あんた、バジリスクのほうを連れ子だと資料を改竄してまで追いやったものね、自分が王になるために。罰されるのならあんたよ! 聞いてるの!」


 そこまで言って、コカートが動いてない事に気づく。共犯たる医師を呼び、確認する。


「ご臨終ですな」

「そう。こっちはまだ言いたり無かったのに。根性無いわね」

「さて、国民にはどうなさいますか? 真実を広めますか」

「んー……やめる。だって結局血統は無事って安心するだけじゃん? あいつらは私を王妃様って崇めてればいいよ。この腹黒異人をさ」


 そう言って高笑いをする哀に、甥の言葉を思い出した。


『伯父上……私は神の言葉をお聞きする身です。それゆえに、大変なことを知ってしまいました』

『どうしたのだ? どんな内容か知らないが、神殿のことを人に話すのはご法度では』

『しかしそうせざるをえないのです! 王子が、王子の素性が』

『素性がどうしたというのだ?』

『王子が実はよそ者の子であると。そして今度の花嫁はどうあろうとも本物と婚姻する運命を背負った者だと』

『なっ……』

『しかし、私はあの方に仕えてきて、情がわいてきてしまっているのです。それに、良き(まつりごと)をするのなら正直、頭が誰であろうと……。神にお伺いを立てましたところ、コカート様が花嫁に愛情を持って接することだけが回避できる道であると』

『お前、血統を絶やすつもりか』

『……大事(おおごと)にして無用な混乱を引き起こしたいなら話してどうぞ。けれど、そもそも運命から逃れるのは難しいことです。これに逆らおうとする私も……伯父上、このことを話したのは、後を頼みたいからです。……どうか、頼みます』


 偽物の王子を守ってやってくれ、とのことだったような気がするが、そんなのどうでもいい。庇おうとしたお前を殺した人間なぞ、惨めな末路がお似合いだ。ただ……。


 「夫の死を前に平静を保ちながらも悲しみに溢れた妻」 を演じるために仮面を貼り付ける哀。

 結局は連れ子として殺されたバジリスク。

 悪事を働きながらも、最後は改心していたらしいコカート。

 甥の遺言を無視し、敬愛する人を死へ追いやった自分。

 何も知らない庶民達。


 この世界の神は、残酷だ。

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