16-3:皆、彼女を待つ
16-3:皆、彼女を待つ
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炎が吹き荒れている。
地球に空気が当たり前のようにあるように、この世界には炎が当たり前にそこにあった。
ここは、次元監視者、来名秋生が在住している世界。
他の次元から切り離されたこの世界は、小さな洋館がたった一つだけある小さな世界。
そんな小さな世界にいるのは、来名秋生と、そして、次元を飛び越え、他の次元に危険をもたらした犯罪者、ティーカ・フィルポーズの二人のみだった。
その世界に響く音はただひとつ、秋生がコインを弾く音のみ。
この世界に来て以降、どんな拷問の前にも、ティーカは一言も語らない。
まるで、何かを待つかのようにただ、耐えていた。
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「久我流誠か」
昨日、宝石展覧会から奪った桜色と銀色が混じり合った宝石を眺めつつ近衛乱は呟く。
結局、この宝石も乱が探している宝石ではなかったが、その落胆を補ってあまりある収穫が昨日はあった。
あの時、自分を追ってきた青年、久我流誠との出会いだ。
魔法を知り、次元監視者を知り、そして、別れを知る彼は、乱に利用されることを承知の上で、迷い無く『プロミス・オブ・AS』を手に取った。
「そこまでして、守りたい奴があいつにもいるって事か」
乱は窓の外を眺める。
この安いアパートで唯一の売りである桜の木がそこにはある。
この季節、もう枯れてしまっているその姿は、乱の心をえぐり取る。
黒き騎士が迎える桜色の季節はまだまだ遠い。
「お前一人ぐらいなら、私が守ってやるからな」
それは、騎士の誓い。
果たせずとも、守り抜かねばならない、乱と彼女との約束。
そして、乱は胸ポケットから新たな漆黒のカードを取り出した。
そう、『プロミス・オブ・AS』は一枚ではなかったのだ。
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近衛乱と出会った次の日、流誠はいつものように教卓に立っていた。
いつもと同じようで、何処か違う流誠の姿に気づいた生徒は果たして何人いたことか。
だが、少なからず、かつて流誠と元にクレデターと戦った事のある彼は気づいていた。
今の流誠の瞳は、紫騎士であった頃のように輝いていることに。
(久我先生、何か良いことあったのかな?)
流誠の講義など、そっちのけで小歌は、流誠の身に何が起きたのか考える。
本当なら、彼に直接聞けばよいのだが、先の戦いで流誠にではなく秋生の加勢をした小歌にはもうそんな資格はない。
(本当は、資格とかそんなんじゃないんだろうけど。でも、先生はあれ以降、小歌を憎んでいるからね。ま、当たり前なんだけど)
あの時、秋生の加勢をしたことを後悔していない。
していないが、やはり、大好きな流誠に嫌われてしまった事はちょっとだけ悲しいし、もうティーカに会えないのはかなり寂しい。
(先生。先生はティーカちゃんの騎士なんだよね………)
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切り札は一枚。
近衛乱から受け取った漆黒のカードを手に、紫騎士はもう一度立ち上がる。
あの朱天使から紫の妖精を助け出すための、戦う力は手に入れた。
『流誠、銀の魔力石は私が探す。貴様は、金色のブレスレットをしたMSデバイサーを探せ。この二つが、合わされば、次元の扉が開けるぞ』
乱が教えてくれた、ティーカへの道。たどり着くための手段も彼は流誠に照らし出してくれた。
残るは、流誠の手で、つかみ取らなくてはならない。
紫騎士として、全て他人の掌で踊らされているようでは、ティーカとの再開時に合わせる顔がないから。
「ボクは君を守る騎士だ。そして、それ以上に、キミの事が……」
その先にある言葉は、今ここで口にするべきではない。
あの紫の彼女とまた出会えたときに、彼女にだけに伝えなくてはならない、流誠の想いだ。
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