14-3:藍
14-3:藍
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流誠は相変わらずだ。
迷い一歩を踏み出せない所も、そのくせ、誰かをまるで騎士のように守り抜こうとする所も。
あの頃から、変わっていない。
短所も長所もあの頃のままだ。
「前から、思っていたけど、あんたって一人じゃ駄目な人間よね」
藍と流誠。
二人の物語は既に終わっている。
二人とももう別々の道を歩んでいる。
流誠の物語のヒロインはもう、藍ではないのだ。
でも、今、彼の物語にヒロインは不在らしい。
なら、美味しいところを持っていく脇役として前ヒロインがゲスト出演しても、良いだろう。
「ねえ、流誠、知ってる?
騎士って、一人じゃ絶対に主人公になれないのよ。守るべきお姫様がいて、初めて騎士は主人公になれるの」
「藍、いきなり、何?」
「いいから、良く聞きなさい。元恋人として、あんたのことをきっと世界で誰よりも知ってる三本指に入るあたしが、あんたの背中を押してあげるんだから」
夜風が吹き、藍の銀髪が拡がった。
「この世界には、自分と同じ顔をもつ人が三人はいるって言うわ。それって考えるまでもなく、凄く運命的な出来事よね。
だから、藍は思うの。
きっと世界には、運命の人が三人はいるって」
「それ、全然関係ない事だよ」
「こら、ちゃちゃ入れない。折角、格好いいこと言ってるんだから」
「ごめん。つい、昔の癖で。藍って昔から、とんでも理論を語り出す所があったから」
「悪かったわね。でもね、あんたは藍みたいに、大きく物事を考えられないから、何時までも悩んでいるのよ。
それで、何処まで話したっけ?」
本当、こんな軽口が吐けるのなら、彼はもう大丈夫なんだろう。
後、彼に必要なのは、本当、誰かが背中を押してあげること。
本当は、そんな役目、元恋人のすることじゃないけど、まあ、今回ばかりはしょうがない。
「あ、そうそう。それで、世界には運命の人が三人いるって藍は思うわ。
それでね、流誠。あんたは、既に藍という運命の人を一人逃しているの。
だから、後二人。
で、その上、今あんたは二人目まで、逃そうとしている。
なに、ふざけたことやってるの。ここで二人目さえ逃したら、あんた、もうこの60億人世界の中で運命の人が一人しか残ってないのよ。60億分の1、そんな確率、一生会っても出会えるか分からないのよ。
知ってる、60年って20億秒無いのよ。
だから、」
そこで、一息つき、
藍は大きく息を吸い込んだ。
「こら、流誠!!! 何突っ立てるのよ!! 守りなさい!! 戦いなさい!!」
息が続かないから、
もう一度息を吸い込み、叫ぶ。
「一人で悩むな!! あんたはね、運命の人を守ってないと駄目な人間なのよ!!!!」
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かつての恋人がいなくなった土手で藍は一人、月を見ていた。
あれだけ、怒鳴りつけてやったんだ。
流誠はただ一言『ありがとう』とだけ言って、何処かへ走り出していった。
これで、流誠とは本当にお別れなんだろうと、藍は確信していた。
彼は次の物語を歩き出していた。
藍のいない世界で、藍とは別のヒロインと共に。
悲しみの涙も、期待の笑みも浮かんでこない。
ただ、藍の心にあるのは、一つのことが確実に終わった確信とそれに伴う喪失感だ。
「さあ、この仕事が終わったら、藍も次の運命の人真剣に探そう」
そう言って、藍も歩き出した。
己に架せられた物語を歩むために。
藍と流誠の物語。
それは別々の物語であり、しかし、けして別の物語ではなかったのだ。
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